04
「上級魔法を見せてくれるか?」
「だめ!」
即座の拒絶。院長が一瞬怯み、何故、と聞く。
「きけん! あぶない!」
「ふむ?」
「上級は、大きな家がふきとぶよ」
「よし分かった見せなくていい。俺が悪かった」
院長の顔が引きつっていた。修司も少し引きつっている。
「ちなみに、大きな家というのは、どの程度の家だ?」
まだ少し興味があるのかそう聞く院長に、メルティアはえっと、と言葉を探す。
「山みたいな家? てっぺんがとがってたり、高かったり、とっても広いよ」
「…………。城?」
「城、だろうな」
城が吹き飛ぶ。それほどの威力なら、こんな施設、塵も残らないだろう。よしと院長は気持ちを切り替えたようで、
「今後のことについて話し合おう」
そういうことになった。
「メルティア。一つ聞きたいんだが、君はどこから来た?」
これには修司がはっとなった。それを聞いていなかったことを思い出したためだ。どこから来て、そしてどうやってここに来たのか分かれば、送り返すことができるかもしれない。
メルティアへと視線をやれば、笑顔ではっきりと答えた。
「世界樹のまち! ユグドラシル! エルフが住んでる!」
「ほう。どうやってここに来たんだ?」
「まほー!」
「ほうほう。つまり君の世界から迎えが来る可能性もあるな」
どうやらこの子供を預かるのは短い間で済むらしい。院長と共に安堵して、
「多分来ないよ?」
修司と院長が固まった。
「ど、どうして?」
「んっとね。こっちに来るまほーはね、すごく魔力を使うの。私がぎりぎりだったから、あっちの世界だと誰も使えないよ?」
「そう、なのか?」
「うん。ゆうしゃとまおうなら、協力すれば使えると思うけど。せんそー中だから、あり得ないよ」
「戦争?」
「ひととまぞくのせんそー」
いよいよもってファンタジーが強くなってきた。だがどうやら、ゲームでよくあるような勇者が旅して魔王討伐、というようなものではないらしい。おそらくはこの世界で同じような戦争、国と国の殺し合い、なのだろう。でなければ戦争なんて表現はしないはずだ。
「でも、それなら余計に親が心配してるだろ? お父さん……」
「おとうさんはおとうさんだよ」
「う……。お、お母さんとか!」
修司がそう言った瞬間。メルティアから表情が抜け落ちた。感情のない無表情で、しかし声だけは震えて、
「ないよ」
短く、そう言った。
「修司」
「……っ。あ、ああ……。ごめん、メルティア。忘れてくれ」
「うん」
にぱっと笑顔を浮かべる。それだけで、安心してしまう。
「まあ、なんだ。周囲の人はどうだ? 友達とかいるだろ? メルティアなら帰れるなら帰った方がいい」
院長の言葉に、メルティアは悲しげに眉尻を下げた。
「戻りたくない」
「ふむ……。どうしてかな?」
「せんそーに利用されるから」
な、と凍り付く修司と院長。だがすぐに、思い当たることがあった。
先ほどメルティアは、ここに来るための魔法が使えるのは自分だけだと言った。勇者や魔王といった存在すら、お互いに協力しなければ使えないのだと。
わざわざ比較対象として出すということは、勇者や魔王の二人は他よりも魔力というものをずっと多く持っているのだろう。その二人以上の魔力を持っているのが、メルティアということになる。魔力が多ければどうなるのかははっきりとは分からないが、回数を多く使えるか効果が高くなるか、そんなところだろう。
勇者と魔王よりも、つまりはおそらく世界一魔力を持っているメルティア。利用しない手はない。
「ああ……。くそ」
修司は頭をかくと天を仰いだ。メルティアが不安そうにこちらを見てくるのが分かったので、その頭を撫でてやる。それでもまだ、メルティアは不安そうだ。
「院長、この子は俺が面倒を見るよ」
元の世界に帰れば、メルティアは幸せになれない。だからこそ、メルティアは逃げてきたのだ。そうしてたまたま見つけた修司に助けを請うてきた。お父さん、なんて媚びを売って。
幼い子供がそこまでしているのだ。それを助けないほど、修司は人でなしではないつもりだ。
それが分かっているのだろう、院長は仕方ないと肩を揺らして笑っていた。
「つまりはお前の家に連れて帰るってことだな」
「ああ」
「だめだ」
「はあ?」
意味が分からない。何故反対されなければならないのか。それは確かに子育ての経験なんてないが、だからといって放り出すわけにも……。
「お前のきたねえ部屋に預けられるか!」
「あ、はい」
自分の部屋、いわゆる典型的な男の一人暮らしの部屋を思い出し、修司は頬を引きつらせた。反論が一切できない。指摘されると頷ける。あの部屋はだめだ。教育上よろしくない。
「だからメルティア、君はここで暮らして……」
「や! おとうさんといっしょ!」
メルティアが修司に抱きついてくる。そんな演技なんてしなくていいのに、と戸惑いながら、修司はメルティアを撫でてやる。
「メルティア。そんな無理してお父さんなんて呼ばなくていいから。ここならたくさん友達もできるし……」
「おとうさんはおとうさんなの!」
「う、うん……?」
おかしい。何かがずれている。
修司が困惑していると、ふむと院長が顎に手を当てて言う。
「どうやら、お前を父と呼ぶのは今までの話とはまた違う理由からのようだな」
「あー……。いや、でも、当たり前だけど子供なんていないよ俺」
「おとうさんはおとうさんなの! ……おとうさんは、私のこと、きらい?」
上目遣いで見つめてくる。潤んだ瞳で見つめてくる。それは卑怯だ。だが、あの部屋は、だめだ。連れて帰れない。
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