03 施設
修司がメルティアを連れてやってきたのは、児童養護施設と呼ばれる場所だ。何らかの原因で親と離ればなれになった子供たちがここで暮らしている。ここは地域や、かつてここに通っていた者たちからの寄付金だけで運営している施設だ。
ここまでの道のりは一時間。だがメルティアは特に不満を言うこともなく、元気よくここまでついてきた。これには修司も驚いている。
「ここ、なに?」
「児童養護施設。分かる?」
「じどーよーごしせつ! ……なに?」
分からないらしい。それも当然かもしれない。幼い子供がこの施設のことを詳しく知っている方が問題だ。ある意味では大人の闇に関わるものだ。もう少し大きくなってから知ればいいはずのものだと思う。
「そう、だな……。もしかして、孤児院とかなら分かる?」
「分かる! えっとね、戦争とかで一人になった子供たちが暮らす場所!」
「そっちは分かるのか……。戦争ではないけど、ここでは児童養護施設って言うんだよ」
「そうなんだ。覚えておく!」
「あはは……」
別に覚える必要はないが、まあいいか。修司はさてと視線を戻す。
庭付きの、二階建ての建物だ。それなりに大きな建物で、幼稚園のようなものだと言えば分かりやすいだろうか。今は朝食の準備中なのか、建物の中から賑やかな声が聞こえてきている。
修司が門にあるインターホンを押すと、すぐに幼い声が聞こえてきた。
「はい! どちらさまでしょう!」
聞き覚えのある女の子の声に修司は薄く笑い、言う。
「俺だよ」
「俺俺詐欺ですね! 帰れ!」
「おい!? 修司だよ!」
「シュウ兄ちゃんだー!」
すぐに家の扉が開かれ、子供たちが飛び出してきた。こうして飛び出してくるのは幼年組だ。門を挟んで向こう側で、修司へと手を伸ばしてくる。
「何をしにきたの?」
「遊んでくれるの?」
「おもちゃ! ゲーム!」
「ただメシ!?」
「最後のやつ喧嘩売ってるだろ。院長先生はいる?」
修司が聞くと、子供たちがすぐに家へと駆け込んでいく。次に戻ってきた時は、初老の男が一緒だった。
その男はにこにこと笑っている好々爺といった人だ。爺、というほど年を取っているわけではないが、見るからに気さくな人で、地域の人の評判も良い。
「よお、シュウ。何しにきた?」
ただし口は悪い。これも含めて院長の魅力なのかもしれないが。
「いや、ちょっと困り事」
修司はそう言うと、意外と人見知りなのか、さっきから黙って後ろに隠れているメルティアを前に出した。メルティアはどこか緊張した面持ちで顔を上げた。
子供たちが、かわいい子だと口々に叫ぶ。その度にメルティアはおろおろと慌てていて、それが年相応でとてもかわいい。思わず頭を撫でてやると、ふにゃりと笑ったのが分かった。
「ふむ……。入れ。聞こう」
院長はそう言うと、側の男の子に鍵を渡して家に戻っていく。門の鍵を開けてくれたその男の子に礼を言って、修司も家へと向かった。
玄関は大きな靴箱がある広い場所だ。靴箱には等間隔で名前が書かれていて、ここで生活している子供たちの靴が並んでいる。
玄関の先はちょっとした広間で、子供たち全員が集まっても余裕のある部屋になっている。この部屋から左右に延びる廊下があり、食堂やリビングといった部屋に行くことができる。部屋の奥は階段があり、修司はメルティアと共に階段を上る。靴を脱ぐという習慣があまりないのか、戸惑うメルティアはやはり日本の生まれではないらしい。
二階は子供たちの部屋などの居住空間に繋がっている。それらの廊下の奥に、院長部屋がある。扉をノックするとすぐに、入れ、という声が届いた。
扉を開けて中に入る。執務机の他、来客用にソファなどもある部屋だ。院長は二人をソファに座らせると、ジュースで満たされたコップを置いてくれた。
「おとうさん、これなに?」
「ん? オレンジジュースじゃないかな。美味しいぞ」
「んー……」
コップを持って、恐る恐るといった様子で口をつける。一口飲むと目を見開いて、勢いよく飲み始めた。
「ジュースを飲んだことがないのか?」
戸惑う院長に、修司は分からないと首を振る。怪訝そうに眉をひそめる院長に、修司は今朝のことを話した。
簡単にだが全て聞き終えた院長は、頭をかいてため息をついた。
「意味がわからん」
「うん。俺もわからん」
院長と二人、顔を見合わせ、次にメルティアへと視線をやる。小さな少女はジュースにご満悦で、満面の笑顔だ。思わず修司と院長の顔が綻んだ。
「とりあえず俺はこの子の両親を探してみるよ。悪いけどここで預かってもらえないか?」
「え? わたしのおとうさんは、おとうさんだよ?」
不思議そうに首を傾げるメルティア。会話はしっかりと聞いていたらしい。院長が視線を鋭くして修司を睨んだ。
「お前、いったい誰を襲ったんだ……?」
「変な言いがかりつけるなよ! そんなわけないだろ!」
「おう。言ってみただけだ」
「妙な迫力があったんだけど!?」
この院長は笑顔が消えるととても怖い顔つきだ。だからこそ笑顔を絶やさないようにしているらしいが、分かっていても怖いものは怖い。
「疑うわけじゃないんだが、俺にも魔法ってやつを見せてくれ」
院長の言葉に従い、メルティアに頼んでみる。メルティアはどこか誇らしそうに引き受けてくれた。
「むむむ……。みず!」
メルティアが手をかざし、唸って叫ぶ。するとそれだけで、メルティアの手の前に水の固まりが現れた。先ほどと同じ現象だ。院長もやはりその水球の周りに何もないか調べ、ふむと頷き、
「なるほど分からん」
「うん。知ってた」
「他には何ができる?」
院長が聞いて、メルティアは少し悩んでから、
「いろいろ出せるよ! 初級だから、かんたん!」
「ほう。初級ということは、もっと難しいものがあるのか?」
「うん! 中級も、上級も、使える!」
中級。上級。なんだろう、ちょっとだけ心惹かれるものがある。院長も同じなのか、好奇心で瞳を輝かせた。
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