02 出会い

「お疲れ様でしたー」


 そんな間延びした声と共に、とあるコンビニのバックルームから短い黒髪の青年が出てきた。眠たそうに欠伸をしつつ、そのまま店を出る。このコンビニでの夜勤が終わったところだ。あとは家に帰って洗濯をして、昼前には寝られるだろう。

 自転車に乗り、のんびりと走る。まだ早朝なので人影はまばらだ。だから少し急いでも、大丈夫だろう。

 そう思っていると、物陰から飛び出してくる人影があった。


「うわ!?」


 慌てて急ブレーキ。だが当然間に合うはずもなく、その人影に思い切りぶつかってしまった。その人はとても体重が軽いらしく、人影の方が簡単に転がっていってしまう。

 それを認識した瞬間、青年は顔を真っ青にした。

 ゆっくりこいでいる時ならともかく、急いでいた。それなりのスピードが出ており、その状態でぶつかってしまったのだ。しかも一瞬だけ見えた人影とあの軽さから考えれば、おそらくは、子供。


 無事だろうか。賠償金なんて一応保険もあるので気にしないが、さすがにもしこれで大怪我をされていると心が痛くなる。すぐに人影へと駆け寄り、その姿を見て。二重の意味で驚いた。

 まず一つ目は、やはり子供だったこと。それなのに、見た限りでは傷一つないこと。擦り傷すら見当たらない。服の中にあるのかもしれないので、油断はできないが。

 そしてもう一つは、どう見ても外国人だったことだ。


 髪はふわふわに見える金髪に、顔立ちも日本人のそれとはどこか異なる。ただ、おそらくは女の子だろう。服装も見ないもので、いわゆるファンタジーのゲームのローブに見えた。そのローブも高級品のようだ。肌触りが全く違う。いくらするのか皆目見当もつかない。


「君、大丈夫か?」


 女の子に声をかける。すると女の子はあっさりと目を開けて、そして青年の顔を見て、次に何故か大きく目を見開いた。その表情は、恐怖などではなく、とても嬉しそうなものだ。そして女の子は、叫んだ。


「おとうさん!」

「はい?」


 意味が分からなかった。




 周囲を探しても人の姿は見えず、かといって置いていくこともできず。救急車を呼ぼうと携帯電話を取り出せば、何故か圏外。一先ず保護かと思ったが、家に連れ込むことはできない。よく考えなくても誘拐犯である。

 仕方なく女の子の手を引き、近くの公園へと向かった。

 その公園は滑り台とジャングルジム、ブランコと鉄棒があるだけの公園だ。遊具はそれだけであり、あとは遊歩道や広場があるだけとなる。休日や夕方なら子供たちが遊び回っているが、さすがに平日の早朝となると人は少ない。ただ、今のように皆無というのは初めてだが。


 青年は女の子をベンチに座らせて、次に携帯電話を確認する。相変わらずの圏外。正直意味が分からない。こんな場所で圏外なんて初めてだ。

 ここは都会というわけではないが、かといって田舎というわけでもない。今までこの地域で圏外になんてなったことがなかった。できれば救急車を呼びたいところなのだが。

 女の子はにこにこと笑顔で男を見つめている。何がそんなに嬉しいのか分からない。


「えっと……。とりあえず、自己紹介しておこうかな」

「じこしょーかい!」

「うん。俺は霧崎修司だ。二十歳で、あー……。コンビニで働いてる」


 青年、修司がそう説明すれば、女の子は不思議そうに首を傾げた。


「こんびに?」

「え……。まじで?」


 コンビニが通じないとは思わなかった。いや、外国では違う言い方なのだろう。特にこの子の国の言葉では全然違う言葉なのかも……。

 そこまで考えて、修司は固まった。

 何故、言葉が通じている?


「えっと……。君は、日本語が分かるんだね」


 努めて優しく声をかける。女の子の返答は、


「分からないよ? まほーで、ほんやくしてるの」

「そ、そっかー。魔法かー」


 魔法。そんな馬鹿なと思うと同時に、まさか、なんてことも思ってしまう。修司の視線は、その子の耳を見ていた。他とは違う、ちょっとだけ尖った耳。まるで物語に出てくるエルフだ。


「えっと……。そうだ。君のことを教えてもらえるかな?」


 修司が聞くと、女の子は嬉しそうに答えてくれる。


「メルティア! エルフ! 本当はハーフエルフだったんだけど、神様のしゅくふく……? でね、ハイエルフになったの!」

「そ、そっか。かみさまのしゅくふくか! ……そうかー……」


 頭を抱えた修司を一体誰が責められようか。

 本当なら、ただの妄言とか、子供特有の遊びとか、そんなことを思うはずだ。だが目の前にいる女の子は日本人ではなく、耳まで尖っている。いや、それぐらいならそういった特徴のある子供として捉えてもいいかもしれない。

 きっとそうだ、そうに違いない、いやあ変なこと考えてしまった恥ずかしい、なんてことを考えながら視線をメルティアと名乗った女の子へと向けると、


「うぬぬ……。みずー!」


 そう可愛らしく叫んだ瞬間、目の前にぽんと水の玉が現れた。口を半開きにして固まる修司の目の前で、メルティアはその水球に口をつける。こくこくと可愛らしく喉を鳴らして、すぐにぷは、と口を離した。


「それは……。魔法?」

「うん! まほー!」


 いやいやそんなばかなあはははは。修司はおもむろに立ち上がると、水球の上へと手を伸ばす。糸はない。その周囲も調べてみる。宙に浮く水球の周りには支えるものは何もない。


「まじか。まじかー……」


 修司は手品には詳しくない。だがさすがにこれが手品とは思えない。そもそもこんな小さい子供が自分を騙す必要があるとも思えない。

 魔法。修司も昔は憧れたものだ。いや、多くの子供が一度は憧れるだろう。魔法を使いたい、なんてことは。


「おとうさんも飲む?」


 メルティアがそう聞いてくる。そうだ、と修司は思い出した。


「どうして俺がお父さんなの?」

「おとうさんはおとうさんだよ?」

「そ、そうか……」


 まったくもって意味が分からない。そしてどうしていいかも分からない。


「えっと……。警察に、行く? 迷子、だろ?」

「ちがうよ! おとうさんを探してたの!」

「へ、へえ……。それって、俺?」

「うん!」

「どうして俺がお父さんなの?」

「おとうさんはおとうさんだよ?」


 戻ってしまった。どうやら答えを聞き出すことは難しいらしい。


「…………。仕方ない……」


 あまり迷惑はかけたくないが、この場合は仕方ないだろう。修司は大きなため息をつくと、メルティアへと手を差し出した。


「ちょっと一緒に行こうか」

「うん!」


 はたから見たら誘拐犯だな、なんてことを考えながら。

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