第三話 教訓教訓、知らないひとに会ったらついて行きましょー!
遊園地にまで来ているというのに、ロッキーの機嫌は悪い。親友たちは、特段気を使っているわけではないが、踏み込むことはしない。どうせカロライナとかなり些細なことで意見が食い違ったのだろうとか、どうせカロライナと食の好みがわずかにズレていたことが発覚したのだろうとか、彼らからすれば「くだらない」ことで、腹を立てているのだろうと踏んでいる。
「おまえら、昨日の野球中継、見たか」
「見たとも! さすがはカロライナだ、素晴らしい活躍だったじゃないか!」
「野球全然わかんねーけどマジでスゲーことしたことだけはわかった!」
「相手が不憫になるくれぇえれぇ試合だったな」
「そうだ。カロライナはすごい。カロライナが、すごいんだ」
詳しく聞くため、三人はテーブルに身を乗り出す。
「おれはあのインタビュワーが嫌いだ」
「何言ってたか全然覚えてねーけど、カチンとくるよーなこと言ってた?」
「言ってた! 言いまくってたぜあの野郎ッ! カロライナがスゲェのは、獣人だからじゃあねえ! カロライナがスゲェから、だろうが! FCでもかなりの叩きコメが出るくれえ、あのインタビュワーはリスペクトに欠けるッ!」
トキシカに仕事がなくなっても健在の、カロライナFCページ。会員専用ページ内の掲示板をロッキーが開くと、リアルタイムでコメントが更新され続けていた。一夜明けても、議論は留まるところを知らないようだ。
「おお、カロライナのファンクラブは活動熱心だね!」
「いまに始まったことでねえべ。どらどら? ああ、まあ、この口振りだら、確かにリスペクトァねえな。獣人差別と絡めてえだけでねえのかこれ」
「そ……なの? えっと……どゆこと?」
タオはまだ、魔法界の歴史に疎い。大体の物事の、大体の年代も、あまりピンときていない。友人たちはインタビュワーの発言の文字起こしをした記事と、荒れ狂うコメント欄とを並べて見せた。
「獣人差別は、無魔力者の差別よりもデリケートな問題なのだよ」
「ウチらも生まれる前の話だっけどもよ、獣人を魔女と魔法使いたづの使い魔にでぎる時代があったんだどよ」
「人間である獣人が、獣人だからという理由で使い魔にされるのは、筋が違ェだろ?」
「そっか。獣人って別に、動物に近い特徴があるとか、変身魔法が使えるとかの、普通に、そういう人種なだけだもんな。確かに」
「つーわけで、獣人に対して、獣人だからこういうのができるんだろ、とか、できねえんだろ、とか、そういう決めつけをすンのは、タブーってわけだ。ま、ここらへん気にしてンのは、身近に獣人がいるヤツばっかだけどな……」
ロッキーの機嫌が悪かった理由が判明したところで、三人とも深く納得して頷いた。それならば、ロッキーは非常に気にする部分だろう。特に、カロライナという個人を崇拝しているロッキーであれば、なおのことだ。
「異邦人が片付いたんなら、次は獣人の話になるのは、自然かもしれねえが。おれは強く出てナンボだと思うからな。カロライナの悲しむ姿だけは、見たくねえ」
「ロッキーらしいぜ。あ、あれだよ、あれ! あのシアター!」
タオがかつて臨時バイトとして活躍した、とある遊園地の小ステージ。「とりあえず、バイト」の方向性のトキシカに属する四人はいま、改めてバイトの面接に来ていた。すっかり完治したイエローが、入口付近からタオに向かって手を振ってくる。
「タオ! 久しぶり!」
「久しぶり、イエロー! 元気か?」
「おかげさまで、この通りさ。トキシカではずいぶんと大活躍だったじゃないか。勧めて良かったよ。友達も連れてきてくれたんだな、助かるよ」
とっくにアウターを脱いで、その下のカーディガンまで脱ぎかけたナルキスを引き留めながら、リリーとロッキーも会釈する。初めて来る場所で緊張している。
「この後の回、席を用意してあるよ。ああそれと、実は今日、デザイン原案の日長先生もいらしてるんだ。きみたちの話をしたら、ぜひ会ってみたいとのことでね。きみたちさえ良ければ」
「日長先生! ああ、なんてことだ、あの漫画家の!」
「あっカーディガンいかれた畜生ッ!」
「ああ、こんなに嬉しいことはない! ぜひとも、お会いしなくてはね! 僕はなんといっても、先生のファンだ! こんなことなら、先日の個展のカタログを持ってくるんだったよ!」
ナルキスに上着を着せながら、舞台袖の方へと通される四人。ずらりと並んだ楽屋の一室に、「日長先生ご在室」と書かれた札が下がった部屋があった。イエローがノックをすると、「はぁい」と元気な声があった。
「日長先生、トキシカの子たちが来てくれましたよ」
「わあ! ほんとほんとほんと!?」
どたばたと物音がして、すぐさまドアが開く。オーバーサイズの眼鏡をかけたショートヘアの女性が飛び出してくる。派手な柄合わせのコーディネートだが、彼女であれば着こなせるだろうという、謎の安心感を与える印象だ。
「うわあ、勢揃いだ! 嬉しいな~会いたかったんだよ!」
「なんてことだ素晴らしい! ええ、ええ! 僕も貴女にお会いしたかったのですとも! おお、先生、感動的です! 握手を、ぜひ!」
ナルキスはせっかく着せられたカーディガンを思い切り脱ぐ。もうあとは、他を脱がないように止めるしかない。三人は警戒しつつ、日長の方へと向き直った。タオは、面識こそなかったが、アメジストから度々話を聞いているので、知っている。
「私も嬉しいよ~! ささ、入って! ゆっくり話そう!」
「俺はこれで。次の公演はアナウンスが入ったらお客さんを入れるので、そのときにお席にお越しください」
「どうもね~!」
歓待を受け、ナルキスは舞い上がっている。いつ、トップスを脱ぎだすか、わからない。
「改めて、挨拶しようか。私は、日長というペンネームで漫画を描いたり、絵を描いたりして暮らしてる者だ。さっきの彼から聞いたかもしれないけど、ここの衣装というか、キャラクターのデザインも、私がやっててね。久しぶりに公演を観にきたところだったんだ。でもまさかきみたちに会えるなんてね!」
「光栄です先生! しかし、なぜ、僕らのことを?」
「そりゃあトキシカの新星ともあれば、一度はお目にかかりたいものだよ。トキシカの隊員さんたちは、絵になるからねえ~! 動きがダイナミックだし、各部隊ごとに特色があって、そこもいい。あ、そうだ。クロッキーのモデルになってもらってもいいかな? 写真も撮ってほしい!」
日長はずっと笑顔を浮かべたままで、うきうきとステップまで踏み始める始末だ。カバンを漁り、ペンケースとノートを取り出す。
「まあ、本当のとこは、ジス先生から聞いたからなんだけどね。知り合いがブルーミアで頑張ってるらしい、って話から始まって。私も魔女の端くれだし、トキシカは誰がなんと言おうと、私らにとっちゃヒーローだよ」
「へえ。アンタ、魔女なのか」
「端くれだってば。漫画家ってのもあって、絵筆の魔女なんて呼ばれたりもするけど」
「ジスせんせーと似てんね。じゃこないだのって念願のコラボなんじゃん?」
「その通り! ははあ、さてはきみがタオくんか。ジス先生によろしく伝えてよ」
日長がさらさらと鉛筆を走らせる。みるみるうちに人間の輪郭が描き上がり、タオの立ち姿になってゆく。興味深そうにそれを覗き込む四人。
「挨拶程度に魔法もお見せしようかな? やー、今日の私は浮かれポンチだ!」
あっという間に完成した、タオのクロッキー姿。クロッキーとは言うが、短時間のうちにかなり観察をしたのか、細かな特徴まで拾われ、精緻だ。
「出ておいで、出ておいで。少しの間でいいからさ」
呼びかけに応えるように、紙からヌッと、線画のタオが立ち上がった。描かれた微笑みの表情から、ニカッ!としたタオのいつもの笑顔に変わる。
「おー、すんげ。絵が出できて動いてら」
「私の画力次第だけど、描いたものならなんでも動かすことができるよ。紙でも壁でも、人間の肌なんかもね」
「先生のタトゥーでしたら、オラパの仲間にもいましたよ。傷の上からアートとして刻んであって、それがまた、芸術的に動くさまといったら!」
「そうそう、そんな感じでやらせてもらってるよ。いやしかし、この話題を振るのはどうかと思うかもしれないけどさ。昨日の野球中継のインタビューは酷かったね! 仕事柄、知り合いは多いし、獣人ももちろん多いからね。気になってしょうがなかったんだよ!」
線画のタオの隣にどんどん他のメンバーを増やしていきながら、日長はロッキーの方を見た。ロッキーは力強く頷いてそれから、寂しそうに俯いた。
「でも、カロライナは、全然気にしてない、そういうモンだろ、って……」
「ああいう物言いに慣れてる獣人は、そうやって言うんだよね」
「へー……なんか、オレの周りの獣人ってそーゆーの話さないから、オレも知らないんだよな。みんなその手の話って、どこで知るわけ?」
「オメェはいー加減電話ァ持てよ」
最新機種以上のスペックのマシンと常に暮らすリリーは、携帯端末やらスマホやらを一切持たずに暮らせているタオの在り方にまったく共感できない。
他愛ない会話の中、再び、楽屋のドアがノックされた。
「失礼しやす。あれ、おひとりでなかったのかい? おやま」
男とも女ともつかない、落ち着きはらった声。真っ白な姿が、入ってくるなり視線をあちこちに動かした。
「おやおや! これは驚いた。
「オサキさん! なんでここに」
「アタシは、仕事さね。なんたって、ここなお舞台のお衣装は、アタシが作っているんだから。今日は日長先生のお出ましに合わせて、新しい生地のご提案」
白いが艶のある美しい長髪が、質の良い生地で仕立てられた和服にかかっている。目を引くのは、その頭についた狐らしい耳と目尻に引いた朱、極めつけは、羽織からのぞく揺れる尾であった。
「ありゃー、オサキ先生とも知り合いなんだね。あれこれ縁がつながってくみたいで、面白いねえ」
「午の字とは同郷なのさ。長我曽村の外れに、アタシのお
「オサキさん、こんなとこにまで販路を広げてたのか。てっきり、ひとを雇ってるんだと」
「嫌だよ、アタシはアタシの口しか信じちゃいないんだから、他所の誰かを雇うなんざは御免だね。アタシの生地を一等上手く話せるなァ、アタシだけさね」
オサキが風呂敷包みを広げると、何着かの衣装と、端切れの台帳が出てきた。
「午の字て?」
「オサキさん、妙な渾名を付けるタイプのひとでな。おれの名のロックローズってなァ花の名でもあるわけだが、別の呼び名でゴジアオイっつーんだと。そんで午の字」
「へー。パパもなんか、おもしれー渾名付けるよな。そーゆーの好きなタイプが周りに多いんかなオレら」
オサキは細い目を精一杯に開いて、これまで以上の驚きを示していた。衣装を広げていた手も止まっている。
「
「うん。オレあのー……いろいろあって、大魔女とはみんな知り合い!」
「そうかえ、そうかえ。滅多なことじゃあ知り合えない御方たちだ、今後とも仲良くするんだよ」
「はーい」
「さてさて、幕が上がる前に、仕事にかかるかね。日長先生、ご覧あれ」
「今日は本当にいい日だ! 新芽ちゃんと、気の置ける仕事相手たち。うんうん。いいね」
線画の人物たちが手を振る中、四人は楽屋を後にする。イエローが衣装を着込んでマスクを持っているところに出くわす。
「こんなこと滅多に言うものじゃないが、日長先生は魔女にしちゃかなり接しやすいと思わないか?」
「こんなこと滅多に言うもんじゃねーけど、それはマジ」
「オサキさんも、結構面白い方だよな」
「昔からああだぜ。ずっと面白え」
開演前であることを伝えるブザーが鳴る。客席は徐々にひとで埋まってきている。
「仕事人は、総じて独特なものだ。自分がそうとは、悪いが、言い切れないが。でも精一杯やるから、そこは楽しみにしててくれ。じゃ、きみたちは客席、俺は舞台で、な」
イエローの微笑みに押される形で、四人は座席に向かった。
「仕事人は総じて独特、か。僕もそうなれるかな」
「おい、オメェ、わざと言ってんでねえか?」
「どういうことだい?」
The Great Escape #season4 有池 アズマ @southern720
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