第二話 プレーリーオイスターを奢るよ

「ぃやったあああ~~~!!」

 首都のとあるスポーツバーはかつてない歓声に包まれていた。客同士がテレビを指差して抱き合い、肩を叩き合い、涙を流している。ブルーソックスは常々下位争いに参加してばかりのチームだが、今夜の試合は一味違った。

「やった! やったよツキちゃん! ブルーソックスが勝ったァ!」

「やりよった! ワシァこういうブルーソックスが見たかったんじゃあ! うおおお~ッシャノ坊! こうしちゃおれん、飲むぞぉ!」

「ビール追加してくるねェ!」

 店側も、注文が入るより先にじゃんじゃんビールを注いでカウンターに置いてゆく始末だ。それも、じゃんじゃん置かれ、じゃんじゃん持って行かれる。盛況も盛況だった。テロップでの速報まで流れている。

「嬉しい~! 泣きそうだよゥ」

「今季もど~せドンケツらぁて思うちょったがこらぁ期待できるのう! あんなんされたらさすがに火が点くじゃろて」

「んねェ~。場外のサヨナラかァ~……フィクションみたいだねェ」

「おん、えらいこっちゃで」

 ジョッキをゴチンとぶつけ、ツキとシャノアールは景気よくビールを飲み干す。さっきまで飲んでいたのと同じ銘柄なのに、まったく別物の爽快感がある。

「や~、ツキちゃんとここで飲んで長いけどさァ、こんなに盛り上がったことなかったよねェ」

「そうやのぉ。ま、ブルーソックスで盛り上がるこたあ元から少ないがの!」

「えー、でも昔はすごい強かったんでしょ? 僕全然最近のファンだからさァ、最盛期とか知らないんだよね」

「あー、まあ、昔はの、獣人とかようけおって……お、ヒーローインタビュー始まるか。あのカロライナにヒーローて、ただの元の職業じゃろが」

「んなはは、確かにィ」

 そこかしこでカロライナの話に花が咲いている。ブルーソックスファンが、こんな異例のゲストを快く受け入れたのは、トキシカへの信頼と、カロライナの持つスター性に限った話ではなかった。周囲のブルーソックスファンたちは、インタビューを見ながら誰にともなく話している。

「やっぱトキシカっていま仕事無えってことになんだよなー」

「あのカロライナが、こんな万年下位チームのゲストに来てくれる時代かあ」

「オラパなんてもうレディースリーグ作れちまうんじゃねーか」

「絶対勝てねえだろそれ! なんならメジャーチームがボロ負けするわ」

 先の異邦人大量発生事件から、少しばかり時が過ぎた。トキシカは本来の職務である異邦人対策や穴の修繕等のすべてを、一時的に喪失している状態にあった。事件以来、魔法界に異邦人も穴も出現していない。市井の人々はずっと首を捻ってばかりだが、発生するメカニズムも不明だったものが、終息するのもメカニズムが不明というのは、追うにも追えない。

 ひとまず市井の混乱が落ち着いたところで、次に問題となったのが、トキシカの面々の動向であった。対応すべき仕事それ自体がなくなってしまったのだから、職無し同然である。ディギーのように、元の職業がある者はひとまずそちらに戻っていったが、トキシカで長年を過ごしてきた者たちには初めてのことだ。どうしたものか、と、全員が頭を抱えたとき、発案されたのが、「とりあえず、バイト」なのであった。

「このまま球界に入ってきたら、パワーバランスすごそうだよねェ」

「あー、そらない。たまさかブルーソックスとベルズやったからできたことじゃ」

「そなの? なんでェ?」

「おま、獣人やのに知らんのかえ。ああ……まあ、若い連中はもう気にせんのか」

 一応シャノアールも、ツキがかなりの年上であることは把握している。が、無精髭とボサボサの髪でも隠し切れないほど、ツキの顔は若く美しい。実年齢を感じさせることのない顔なので、時代錯誤な存在に見えることもある。

「獣人差別がまだ酷かった頃にの、使い魔上がりの獣人は行き場が無うての。そこをわんさか雇ったんがブルーソックスとベルズやったんじゃ」

「へー!」

「ほんでま~そン時ァえらい強かったんじゃ! 毎シーズンがブルーソックスとベルズとの首位争いでのう! けンどそれもしばらくしたら終いじゃ。獣人はそも、ステータスが違うろう。力自慢が多い、足も速い、目もええからようけ打つ。獣人選手を拾えんかった他チームから文句が出たんやわ」

「あ、わかった。獣人労働力がどうとか、そういう文句つけられたんだ」

「よおわかったの。耳障りのええこと言うて、世論様も乗っかってしもうてのー。だいぶ数は減ってもうたけど、ほんでも獣人選手を入れ続けとんのは、ブルーソックスとベルズだけじゃ。どんだけ弱ぁても、ええチームじゃろ」

 中継が終わる。カロライナと、ベルズの投手を務めたホン選手との握手のシーンが切り抜かれている。

「そっかァー……獣人差別って意外とどこにでもルーツ持ってるんだねェ。僕らの世代ってさ、あんまそういうの、聞かされないからさァ。もう差別とか存在してないから別に改めて知る必要ないじゃん、ってのが、よく出る意見だけど。意外とさ、そんなことないよねェ。こないだもブリーダーの逮捕とかあったしさ」

「ありゃ悪徳じゃったのお。ああ、シャノ坊は現場にいたんやったか」

「うん。聖母様のお手伝い! いま思えばすーっごく光栄だよねェ。獣人差別って、聖母様が立役者になって撤廃されたんでしょ? そんなひととあんなヤマ踏めたのはさァ、すごいよねェ」

 ツキはモニョモニョと複雑そうに口元を歪めたが、特段何かを言うことはなかった。が、苦々しく、続けた。

「シャノ坊はよう平気でおれるの。大魔女なんざ、ワシにゃおっかないばっかしじゃ。エメくらいじゃ大したことないんは」

「そりゃ確かにすっごい魔女さんたちだから、すっごい魔法いっぱい出るけど、いいひとたちだよ? 怖いことないよォ。僕もルビーさんには良くしてもらってるしィ」

「錬金術のとか!? あれが一番いっちおっかないちゅうんに……シャノ坊は怖いもの知らずじゃの……」

「ツキちゃんこそ、パーティさんと知り合いとか、さすがだねェ」

 軽く笑ったところで、ツキのポケットから電話の鳴動音がした。画面を見て、ツキはすぐさま切った。そしてメッセージに切り替える。

「どしたのォ?」

「あー……同居人じゃ! 試合も終わったし帰ってくるやろー、て、な。やからワシァ今日は上がるき! ほれ、これで足りるろう。ほいたらまたの」

「あ、うん! またね~!」

 どこかそそくさと、後ろめたいことでもあるかのように店を出るツキ。シャノアールはしばらく、ぽけっ……とした顔で、狭い出入口を見守る。手元に置いて行かれた現金も、取り残されたジョッキの数も、いつもとは違う。

「……僕も帰ろ」

 支払いを終え、差額はとりあえず、ペーパータオルに包んでおく。冷たい風に、雪が乗っている。季節外れの寒気で、ここのところ雪が続いていた。

「あれ? ツキちゃん、もういない……」

 まだ姿が見えるだろうと踏んでいそいそと出てきたのだが、残念ながら見当たらない。代わりに、別の知り合いの姿が見えた。雪だというのに、傘をさしていない。持ってもいない。傘を持つはずの両手には、未開封の酒瓶があった。

「お、シャノアールくんじゃ~んスか」

「パーティさんどうもォ。今日もパーティですか?」

「そのつもりだったんだけどさー、なんか今日お祭り? 野球はチンプンカンプンなんだよねー。どっこもかしこも中継で、全然馴染めなくてさ。酒だけ買って帰るとこっス。てか珍し、シャノアールくん、飲み屋とか行くんスね」

「僕、一応、ブルーソックスファンなんで。飲み友達とお祭り騒ぎしてきたとこです」

「へー以外」

 重そうなシルエットのロングコートを風にはためかせながら、エメラルドはさほど意外でもない声色で話す。

「あ、そうだ。パーティさん、知り合いだと思うんですけど。ツキちゃん、見かけませんでしたか? お釣り……」

 これにはエメラルドは絶叫で返した。

「お釣り!? ツキちゃんが!?」

「え、あ、はいィ」

「あ、あり、ありえないっスよ! あのツキちゃんだぜ!? 絶対ない、なんかの間違いっスよ! ちょ、ちょちょレシート見して」

「間違ってないですよゥ。僕もちゃんと計算しましたもん。てかツキちゃん信用ないなァ。普段どんな飲み方してるんですかァ?」

 エメラルドは酒瓶を迷いなく積もった雪に突き刺すと、携帯端末の電卓と格闘しながら計算をする。

「間違ってねえ……あのツキちゃんが……釣りの残るような金の渡し方するなんざ……天変地異っスよ! この季節外れの雪はまさかそのせいか!?」

「ええ……いやまあ、ツケといて~ってことのが多いですけど、でも次とかに大雑把に渡してくれますよ? 今日ちょっと急いでたみたいで、多めに出しちゃったんじゃないですかねェ」

「急ぐ……? なんで……?」

「用事も許されないのォ……? や、なんか、同居人の方からご連絡があってェ……」

 またしても絶叫するエメラルド。

「同居人!? おい、嘘だろ、ゴミ捨て場暮らしのウサツッキーが、同居!? マジで天変地異じゃん!」

「ええ、な、なんでそんなにいろいろ……え? ゴミ捨て場?」

「ツキちゃんが屋根あるとこにいるのなんざねえ、飲み屋にいるときくらいっスよ! な、何が起きてる……! え? 連絡ってことはさ、じゃ、つまり、スマホ持ってた……って……コト!?」

「そうですけど。え、そこも!?」

「ウッソだろマジかよ信じらんねえ! こうしちゃおれねえ、情報収集だ! あー、その酒、惜しいけどあげます。味の感想はまた後日頼んます。じゃ!」

 背負っていた機械化箒を下ろしエンジンをふかすと、エメラルドはいつもの、法定速度ギリギリのスピードで飛び去った。ぽかんと見送るしかないシャノアール。ふと酒瓶を振り返ると、雪に埋もれていた岩に直撃したのだろう、中身がすっかり、雪に溶け出してしまっていた。

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