第5話 入森行程書①
扉を開けると、独特な刺激臭が鼻をついた。湿った土の熱気に、獣が冬籠りした洞穴のような濃い獣臭が混じり合った匂いだ。胃の中が逆流しそうな吐き気に襲われ、口内に酸味が広がる気がする。
うっ......ぐぅっ......一体なんだ、これ......
頭がくらくらする。
目の前には大皿に山盛りになった黒い物体。それを笑顔で食べ続ける三人。空いている席に腰を下ろすと、隣のヴィロミアが微笑みながら声をかけてきた。
「安心して。あなたの分はちゃんと取り分けておいたわ」
ーーえ!? なぜ!?
「あ、ありがとうございます......」
動揺しつつも、なぜかお礼を口にしてしまう私。
「これはなんですか?」
「睾丸焼きよ」
ーーなん......だと......?
目の前の皿に積まれた大量の睾丸焼き。それを食べ切らねばならないのか。この、1日分の食事にも相当する量を......まだ味も知らないのに...周りを見渡すと、黙々と食べ続ける三人の姿。皆、目が泳いでいる。
なんなんだ、この異様な空間は......なぜ誰も話さない? なぜ水すら出てこない?
目の前がぐるぐると回り始める。気づけば、手にしたフォークでその黒い物体を突き刺し、ゆっくり口へと運んでいた。
「やめろ……頼む、止まれ! 止まれぇぇーーー!」
ーーはっ!?
突然、意識が布団の中の自分へと戻った。
そうか......夢か。夢だったのか......
悪夢だ。明日は「悪魔のキノコ味わいセット」が出てくるかもしれない。誰か助けてくれ......
いつも通りの日課を終えた私は、街の地図を片手に「新緑のキノコ亭」へ向かう。
あの悪夢を現実のものとしないためにも、早めに行動しておこう。せめてメインの大皿だけでも普通のものを頼みたい。
そもそも睾丸焼きの大皿が本当に存在するのかも怪しいが。激臭をスパイスで誤魔化している料理が、大皿で出てきたら部屋中がその匂いで埋め尽くされるだろう。そんな匂いを好む種族でもなければ頼む人はいないはずだーー多分。
そんな考え事をしながら店へと向かう途中、ふと昨夜のことを思い出す。
ヴィロミアさんの解毒魔法、あれは本当にすごかった。適度に酔いを残しつつアルコールをゆっくり分解してくれるという彼女のオリジナル魔法。おかげで、今の体調は絶好調だし、昨夜は酔いの心地よさを楽しみつつ、思考に集中する時間も得られた。
「血液中のアルコール濃度をうんたらかんたら、脳機能の麻痺をどうこう」ーー彼女が説明する原理はさっぱり理解できなかったが、「急に酔いが冷めて、現実に引き戻されると惨めな気持ちになる」という言葉には深く共感した。
私も飲んだ後はアルコール解毒草で淹れたハーブティーを飲むくらいで、次の日に残ったら解毒魔法を使うことにしている。
歩きながら昨夜からの議題ーー
吸水性と絡みやすさを生かして掃除用スポンジにする。羊毛は無限に増やせるから汚れたらすぐ交換できるし、使い勝手は良さそう。でも、戦闘には役に立たないよな......
膨張性を利用して壁を作るのはどうだろう? 木と木の間に羊毛を膨らませて絡ませれば、即席の壁になるかもしれない。中に硬いものを入れれば投擲物くらいは防げそうだ。ただ、森の中では視界が悪いのに、さらに遮るのは下策だよな......
あるいは、膨張性を利用して敵の体内で膨らむ? いや、どんだけ大きい敵を想定してるんだ。呼吸は止められるかもしれないけど、私も呼吸できなくなって死にそう。それに、わざと敵に食べられるなんて絶対に無理。怖すぎる。
保温性を活用して、冬場に体を包む暖房具にするのは現実的かもしれない。だが、動かない時には良いけれど、移動中の服として使うには枝に絡まって歩きにくそうだ......
やっぱり、今度ヴィロミアさんに相談してみよう。彼女ならもっと良いアイデアをくれるかもしれない。
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種族ガチャハズレでも生きてるんです、 井理山さき @iriyamasaki
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