第4話 種族の壁④

「生まれ持った種族の能力差。難しい問題よね」

ヴィロミアが静寂を破ってくれた。

助かった......次は空気を悪化させないように気をつけよう。

「種族の現れ方で最近有力なのは、種族因子説ね。種族の元となる情報が詰まった因子がそれぞれ先祖から蓄積されていて、それがランダムに発現して種族が決まるって説ね」

ウィローラが興味を示し、ヴィロミアに尋ねる。

「へぇ~。じゃあ、たとえば獣族とエルフ族の子供が竜族だったとしたら、そのご先祖様の中に竜族がいたってことになるんですか?」

「種族因子説に基づくなら、その可能性は十分に考えられるわね」

確かに、私の産みのシスターも兎の半獣人だった。


「その信仰、ちょっと変わってますね。役割は誰から授かるんですか?」

ウィローラが首をかしげるように問うと、ヴィロミアは少し考える素振りを見せて答える。

「役割が必ずしも必要だとは限らないわ。ある人にはあるし、無い人には無い。あるいは途中で見つける人もいるかもしれない」

「う~ん、私の信仰とは違いすぎてよく分からないかも。私にとって、この体は神様がくださった贈り物で、何かを成し遂げるために役割があると信じてるんです」

静かに会話を聞いていたケレアニールが、嬉しそうに口を開く。

「私もウィローラちゃんと同じ考え!この力は私だけのものじゃない!」

「そう!私もそう思う!」

ケレアニールとウィローラが再び意気投合し、楽しげに盛り上がっている。


「役割か……」

思わず口をついて出た言葉に、向かいに座るヴィロミアが反応する。

「お悩み?」

「はい。どうにも役割っていうのがピンとこなくて。私には誰かを助けられるほどの力はないですし......羊毛を使って服屋でもやるのかなと思ったりもしましたけど、そこまで興味も湧かなくて」

ヴィロミアは少し考え込んでから問いかけてきた。

「教会では、役割についてどう教わったの?」

「ウィロやケレアニールと同じで、種族や役割は神様から与えられたものだと教えられました」

「じゃあ、メーケシャさん自身の考えは?」

「正直に言うと...わかりません。私みたいな凡人に役割なんてあるのかな、って思ってしまいます」

「もしかしたら、そこに目が向いていないだけで、既に与えられているのかもしれないわよ」

ヴィロミアの言葉が引っかかる。

「どういうことですか?」

「神様はもうあなたに役割を与えているのに、それに気づいていないだけかもしれない。あるいは、まだ気づくべき段階に来ていないとか」

なんとなく言いたいことは分かる気がするけれど、完全に腑に落ちてはいない。


「なるほどです...でも、私にはケレアニールみたいな力もないし、そもそも成し遂げられる役割なんてあるんですかね」

「そうね、まず役割を考える前に、今あるものを再認識してみるのはどうかしら?」

「私に今あるもの......当たらない雷魔法と、羊毛を増やせることくらいですかね」

「羊毛にはどんな特性があるの?」

羊毛の特性……あまり考えたこともなかったな。服屋で聞いた程度の知識しかないな。

「水をよく吸う割に通気性が良くて乾きやすいのと、燃えにくいことですかね。あ、あと絡みやすくて困ってます」

最後に苦笑いしながら答えると、隣のウィローラが指を指して付け加えてきた。

「毛を膨らませられるじゃん。それに、包まれていると暖かいとか!」

確かに、それもあるけれど...なんだろう、地味だな。服屋とか布団屋とか?でも特にやりたいわけでもないし......

腕を組んで考え込む私に、ヴィロミアが笑顔で言う。

「素敵な特性がたくさんあるじゃない!」

フォローしてくれているのかな。優しい人だ。


「でも、戦闘には使えなさそうです」

「そんなことないわ。ただぶつけるだけが力じゃないし、使える選択肢が多いことは強さの幅を広げることでもあるわ」

強さの幅......どういうことだろう。

「難しいですね。例えばどう使えますかね?」

「そうね......ぱっとは出てこないけれど」

ヴィロミアが腕を組み、考え込む様子を見て少し申し訳ない気持ちになる。迷惑をかけているかな。


しばらくして、ヴィロミアが顔を上げた。

「吸水性を生かして、水魔法の威力を減衰させるとかどうかしら?」

「ああ、なるほど」

森での戦闘が多いから、そんなことは考えたこともなかった。森にこだわりすぎるのも良くないのかもしれない。

「まあ、すぐに思いつくものでもないと思うわ。大事なのは、使えないと早合点しないことね」

「わかりました。少し考えてみます」


隣のウィローラが唐突に会話に割り込んでくる。

「まあ、私に憧れる気持ち、わからなくもないよ。せいぜい精進するんだね!」

いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、私の肩にポンと手を置いてくる。

なんなんだこの酔っ払いは……。

「あんたも私と同じで固有魔法はクソザコじゃん。憧れるならケレアニールの方でしょ」

その言葉にケレアニールが、照れくさそうに頭を掻きながら答える。

「私の魔法もなかなか厄介よ。体が耐えられないから、温度や影響範囲の調節が欠かせないし、一番困るのは結晶化させるまでに時間がかかることね」

無敵に見えたケレアニールの魔法にも、弱点はあるんだな。でも……。

「でも、一撃の威力は高いよね」

「そこは私も長所だと思ってる」

「いいよね~」

肘を机につき、組んだ手の上に顎を乗せてぼんやり呟く。するとヴィロミアが反応する。

「強大な力に憧れる気持ちはわかるけれど、どんな種族にもそれぞれの良さや得意なことがあるものよ。大切なのは、自分にあるものに目を向けて、それと向き合うことだと思うわ」

種族によって得意なことが違う……言われてみれば当たり前のこと。でも、あまり意識してこなかった。もしかしたら、意識しないようにしていたのかもしれない。


「考え抜いた末に服屋になったらどうしよう」

冗談めかして言うと、ヴィロミアが口元を押さえて小さく笑った。

「それは面白いわね。でも、服屋になるとしても、“仕方なくなる”のか、“悩み抜いて選んだ”のかで、本質が変わってくると思うわ。それはやりたいことになっているはずだから」

「ヴィロミアさんの話、たまに難しすぎてついていけません」

悪意のない笑みを浮かべながら、正直な感想を伝える。

「そうかしら?伝わりやすさは意識しているところではあるのだけど、専門外の話をするとどうしても小難しくなっちゃうのよね。ごめんなさいね」

「いえ、全然大丈夫です」

ヴィロミアの優しさは十分に伝わってくる。

「じゃあ最後に、私の好きな言葉を一つだけ。友人の哲学者が教えてくれたものなんだけど、気に入ってくれたら嬉しいわ。余計なお世話だと思ったら聞き流してね」


彼女はそう前置きして、私の目をまっすぐ見つめながら一言だけ告げた。




「自分自身になる勇気を持て」

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