第4話 種族の壁③

酔いが回り、程よくお腹も満たされた頃、ウィローラが私に目を向けて言った。

「そういえば、メーケってケレアニールちゃんと同郷なんだよね。買い物中も仲良さそうに話してたし。同じ教会出身だったりする?」

不意にケレアニールと目が合う。彼女は笑っている。

忘れかけていた記憶が徐々に蘇るにつれ、心臓の鼓動が不自然に速くなり、胸の奥が息苦しくなる。酔いが少し醒めるのを感じた。

「そうだよ。同じ時期に生まれたから、一緒に教育や戦闘訓練を受けてた」

努めて軽い口調で返す私に、ケレアニールが言葉を足す。

「小さな村だったからね。教会も一つしかなくて、子供も私を入れて六人だけだったよね」

私は頷いた。彼女の言葉に異論はない。

確かにそうだった。シスターも三人しかいなくて、子供たちはいつも一緒に過ごすのが当たり前だった。ケレアニールと私は特に。

蘇る懐かしさと、それに絡みつくような胸の痛み。


「やっぱり、二人は同じ年だったんだ」

ウィローラが私たちを交互に見ながら頷く。

「教会が一つしかないって、相当小さな村ね」

ヴィロミアが興味深そうにケレアニールに尋ねる。

「そうですね。村全体でも五十人ほどしか住んでいませんでした。なので子供も大人の手伝いで、農業とか、魔物の討伐や解体とかの日々でしたね」

その言葉に私は小さく息を飲む。

彼女が当たり前のように話すその中に、私のできなかったことが一つだけ混じっていた。

「魔物の討伐はケレアニールしか参加してなかったでしょ。私は弱かったから」

思わず口に出す。

「そうだっけ?」

ケレアニールは首をかしげ、覚えていないような様子を見せる。その態度に、心の奥底に小さな苛立ちが芽生える。

子供の頃の記憶なのだから忘れていても仕方がない。それはわかっている。

けれど、私はあの光景を鮮明に覚えている。大人たちに混じって魔物討伐へ向かう彼女の小さな後ろ姿をーーまるで私とは違う、手の届かない存在のように感じながら。


「じゃあ、あんまり遊んだりする余裕は無かったの?」

ウィローラが問いかけてくる。その声に彼女の方へ向いて、答える。

「そんなことは無かったよ。昼食後には多少自由時間があったし、一緒に教会で暮らしていたから、夜は皆で過ごしてたし」

ケレアニールが微笑みながら小さく頷き、つぶやくように言った。

「私、メーケシャの毛で作ったベッドで昼寝するのが好きだったな~」

「わかる!あの、ふわふわな雲に全身が包まれる感じ、あれは一度体験したら忘れられないよね!」

ケレアニールとウィローラが意気投合して盛り上がる。

「あ~、良いわね~。今度体験させてもらえないかしら」

ヴィロミアが期待に満ちた目を向けてきたので、軽く頷いて了承の意を示した。


ケレアニールに目を向け、心の中に浮かぶ言葉を発する。

「でも、魔法ならケレアニールの方がすごいでしょ。よく物語に出てくる剣とか城とかを氷で再現してたじゃん。あれ、すごく綺麗だったな~。光に当たるとキラキラして、無数に輝いてさ」

「伝説の剣とか好きだったからね。懐かしいな~」

ウィローラとヴィロミアはお酒を片手に、私たちの話を楽しそうに聞いている。

「それに、何より強かったよね。氷の剣を飛ばして魔物を貫いたり、真っ二つにしたりするの、すごく憧れた。あの姿は今でも目に焼き付いてるよ」

ケレアニールの話をしていると、あの頃の光景が浮かんでくる。大人たちに混ざり、魔物討伐へ向かう彼女の背中。その姿に圧倒され、自分との差を感じて情けなくなった。まるで「お前にはできないことを私はできる」と語りかけられているようで、どうしようもなく嫌だった。


「そんな風に思ってくれていたなんて知らなかった。なんで言ってくれなかったのよ?」

ケレアニールが驚いたように目を見開いて言う。

なんで言ってくれなかったのって――言えるわけがないだろう。言えば、もっと惨めになるだけだ。少しは私の気持ちを考えてくれ......

胸の奥で渦巻く感情を抑えきれず、言葉が溢れる。


「恥ずかしかったんだと思う。ケレアニールみたいになりたいって思ったこともあったけど、私は羊で、竜にはなれないってことは最初から分かってたから......討伐に連れて行ってもらっても足手まといになるのは、子供ながらに理解してたし......」

酔いのせいか、それとも苛立ちのせいか、余計なことまで言ってしまった気がする。空気が重い。このままでは駄目だーー話題を切り替えないと。誰か、何でもいいから話してくれ......


意識を紛らわすため、グラスのお酒を一気にあおり、網の上にいくつか肉を置く。それをじっと見つめる。顔を上げるのが怖い。惨めなやつだと思われたくない。胸が締め付けられるような居心地の悪さが、じわりと広がっていく。

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