第9話


「あれは事故じゃないと?」

 ミュミ婦警は怪訝な顔をして、僕を見つめ返した。

 警部さんが入れてくれた緑茶を飲み干したあと、署内を案内してくれるミュミ婦警に付いて歩きながら、僕は心で準備していた質問をぶちかましていた。

 「誰かが、何かを目的で起こした爆発だとは考えられないのですか?」

 「…どうして、」ミュミ婦警は眉間に皺を寄せた表情で。「どうして、そう思うの?」

『せめて、この爆発の原因くらい知りたいとは思わないのか、少年?』

 正直に言ってみる。「声がしたんです」まっすぐ見つめ返して。

「声?」

 「変なことをきく子だなんて思わないで下さい」前置きはしてから。「あの爆発現場に、もう一人誰かいませんでしたか?」

 ミュミ婦警の眼が険しくなる。

 3秒間、沈黙が降ってきた。

 これが答えだと直感した。

 誰かいたんだ、やっぱり。

 ミュミ婦警はきょろきょろと辺りを見渡した。とても警官とは思えない不審な行動だ。

 「森之介くんも見たのね?」

 『も』と言うことは、他にも誰かいるということで、『は』でも『が』でもないわけだ。僕は国語は得意なんだ。小学校3年生の第2外国語を免除してもらえるほど。

 「僕の意識が大火傷で焼かれていなかったのなら」小学生にしては生意気な返答をしてみせる。「僕を炎の中から救い出してくれた男の人がいたはずです」

『せめて、この爆発の原因くらい知りたいとは思わないのか、少年?』

 再び耳の中で声が甦る。

 あの機械腕の感触も。

 「その通りよ、森之介くん」ミュミ婦警がふーっとため息をついていた。「炎の中から、あなたを抱きかかえた男が出てきたわ。そして、」もう一つ、深い息をはいて。「消えた」

 「その人は?」

 ミュミ婦警は首をふる。「顔を上げると、もう姿がなかったの。夢か幻のようよ。それから、あっと言う間に人が集まってきて、私があなたを助け出したと報道されたわけ。報告書には見たままのことを書いたけど、書き直しか精神分析医の保護下2週間かどっちかを迫られて、前者を選んだわ。怒ってる?」

 「いいえ、」あわてて首を横に振る。僕だって、誰も信じてくれないんじゃないかと恐れて今まで口にしなかったんだから。でも、「でも、ホントにいたんだ」幻じゃなかったんだ。

 「だとしても、」ミュミ婦警は真剣な眼差しで小さく言った。「これは私たちの秘密になりそうね」

 僕も小さく頷いた。

 機械の腕を持った男で、炎の中から出てきて、炎の中に消えて行ったなんて、いまどき、三文小説にすら出てこないぞ。

 ガチャ。

 ミュミ婦警は、この話はここまでとでもいうように、次のドアを開けた。

 古い畳と汗の匂いが鼻の奥をつく。

 「森之介くんは、柔道する?」

 答える間もなく、首根っこをつかまれた。

 !

 宙に浮いた手足をどたばたさせる。

 ウソだろ、華奢なミュミさんに、こんなバカ力…。

 ウソだった。

 「ミュミの新しいボーイフレンドかぁ?」野太い声が響いた。一生懸命、首を回して、声の主の姿を見ようとする。

 「ちがうわよぉ」ちょっと甘えたようなミュミ婦警の声。

 「気をつけろよ、坊主」豪快な笑い声とともに、僕は畳の上に、ゆっくり降ろされた。振り向くと、見上げるような大男が一人。ブラックベルトが僕の目の高さ。「ミュミは年下の美少年キラーだからな」髭面が崩れて笑う。

 ちょっと、恐ろしいゾ。

 「乱暴ねぇ」口調はやわらかいまま、ミュミ婦警が抗議してくれた。

 無意識のうちに、つかまれていた首筋に手をやる。痛くはないけど。

 「交通課のタブロー巡査よ」やわらかいままの視線を大男に向けて。…なんだ?「昼休みには走っているか、ここで柔道の稽古をしている力持ちの巡査」

 「走るのは朝だ。柔道は昼だけ」タブロー巡査は、ミュミ婦警による紹介を訂正しながら僕を見下ろした。「お前が、松本の親父ンところの孫息子だな?」

 え?

 「俺は、親父さんに柔道を仕込んでもらったんだ」

 あちゃー。じいちゃんの弟子だ。警官OBのじいちゃんは、今は引退して補導員をしているが、現役時代は、鬼刑事だったらしい。

「お前も、柔道するんだろ、坊主?」あー、なんか嫌な予感するなぁ。この人、柔道着きてるし。「どうだ、いっちょ、相手をせんか?」

 「あ、いや、僕は」こんな時、とっさに断る理由を見つける才能にかけては天才だと思うよ、我ながら。「まだ、ちょっと、傷が痛むから」

 「まぁ、そう言うな…」

 ドドドドドド…………!

 急に足下の畳がやわらかくなり、次の瞬間には床がパックリ割れていた。

 「な、なにっ!!!」

 誰も答えられない質問が喉をついた。

 「ふせるんだ!!!」

 有無を言わせない力が僕を押し倒し、汗くさい柔道着の下に押し込まれたのと同時に、地鳴りが腹の底から聞こえてきた。

 ゴオォォォーーーッツ!!!

 拳を握りしめ、身を固くした。世界の全てが降ってくる…。

 …え?

 ふっと何も聞こえなくなり、身体がふわりと軽くなる。

 これは…。

またしても、知らないうちに閉じていた目を開いた。

 「あ…」

 視界に機械腕が飛び込む。

身体が自由になる。

 「爆発の原因はわかったのか、少年?」

 「え?」

 あの男の人だ!

 僕を爆発の炎の中から救い出してくれた…!

今度は顔をはっきり見た。

 …父さん?いや、違う。「誰?」

 男は、にやりと笑った。「身辺に気をつけろ、少年」そして1歩さがる。

「待って!」

 が、まばたきすらしていないのに、もう姿はなかった。

と、それまで音量をしぼっていたスピーカーが金属音をかなぐりあげるような音が耳に飛び込んできた。

 kkkkkkkkkkkkッツ…!

 あわてて耳を押さえ、そして、目の前の惨状に息をのむ。

「ミュミさん!」

崩れ落ちた壁と畳の山の中に、血まみれのミュミ婦警の姿…。

その中で、僕だけがその場にいなかったかのように、埃すらかぶっていなかった。


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