第8話
一太郎が、迎えにきた母さんのベンツに不満げに乗って行くのを見送ってから、僕はバスに乗った。ミヨシの市街地に出るには、じいちゃんかばあちゃんと一緒でないといけないと、じいちゃんと約束したのだけど、今日は特別。許してもらう…ことにする。だって…。
六つ目のバス停で降りた。
真っ正面に灰色の建物がドーン!と建っていた。
ミヨシ警察署。
僕はトコトコと正面玄関に近づくと、警備の若い警察官に尋ねた。背負ったバックパックの肩ひもをギュッと握って。
「防犯課少年補導係はどこですか?」
正面入り口の若い警察官に教えてもらった通り階段を上ると、そこに「少年課」とかかれた扉があった。
ここだ。
ここに、あの婦警さんがいるんだ。
最初に一太郎たちにイジメられているとき通りかかって「助けて」くれて、そして、爆発事故のときも助けてくれた。あまりはっきり覚えていないのが悔しいけれど。あのとき、現場から救出してくれた。
救出してくれた御礼と、そして、ひとつ、確かめたいことがあった。
『せめて、この爆発の原因くらい知りたいとは思わないのか、少年?』
あの聞き覚えのある声の持ち主。助けてくれたのは婦警さんだ。でも、確かに、もう一人いた…はず。
僕は、もう一度、背負ってるバックパックの肩のストラップを握りしめた。そして、ちょっとだけ深呼吸…ちょっとだけだから浅呼吸かな?をして、扉に向かった。僕は9歳だけど、トーキョー育ちだから、ミヨシの同じ年齢の平均身長より高いのだけど、やっぱり、大人の身長ほどはない。だから、ちょっと、右手を上げて扉ののぶを回した。
ドラマみたいに、カッコいい刑事さんたちが、厳しい顔つきでわらわらしているのを想像しながら。
キー。
時代がかった音がして、少年課の扉が開いた。
中に、年輩のおじさんが一人いた。
「こんちは」
そっと挨拶してみる。
「ん?」おじさんは机から顔を上げた。眉間に皺がよっていたけど、僕の姿を見つけると、急ににこやかな顔になった。「こんにちは」そして、机をぐるっと回って、僕に近づいてきた。「どうしたんだい?」
「え、いや、その…」
僕は、あわてて部屋の中を見渡した。おじさんの他に誰もいない。
「ん?」
おじさんは、僕の目の前にしゃがみこんでいた。
「えっと、…その」
ここで、やばいことに気が付いた。あの婦警さんに会うためには、ここにくればいいと11歳でも推測できたけど。実は、…知らないんだ。何をって、あの婦警さんの名前。『婦警さん、いますか?』って間抜けな質問なんかしてみろよ、ここは警察署なんだから、わんさか婦警さんはいるわけだし。だからって、ここで3歳児みたいに泣きべそかきはじめるわけにはいかないし。まいったぞ。
「ん?」
おじさんは、さらに、顔を近づけてきた。
「僕は、松本森之介といいます。9歳。ミヨシ第2小学校の3年生です」とりあえず自己紹介してみた。怪しい人物ではないと言っておかなければね。テロリストに間違えられても困るしさ。
「森之介くん?」おじさんは、ふっと考え込んで、僕の顔を見た。「駅前の爆発事故に巻き込まれたボクだね?」
「そうです!」いいぞ、おじさん、さすが警察官。話が早いや。
「はぁ、怪我は大丈夫かな?」
「はいっ!」
「まぁ、入りんさい」
「…あ、はい」
おじさんについて部屋の中に3歩入る。背後で扉が閉められる音がして、もう後戻りできない気がしてきた。
「元気になって良かったね」すすめられるまま椅子に座ると、おじさんが緑茶を出してくれた。
「はい、ありがとうございます」小学3年生らしく返事をする。
「今日は、なにかな?」
…う。「そ、その」
そのとき、物語でよくあるように、背後で扉が開く音がした。「あら?」
その声の持ち主は、まさに…。
振り返ると、あの婦警さんがいた。「こ、こんちは!」
「おー、ミュミくん、」おじさんが婦警さんに言う。「松本森之介くんだ」
ミュミさんっていうのか。
その名前を、絶対忘れないところにインプットする。
「もう、大丈夫なの?」
「はい!」ミュミ婦警の笑顔にとろけそうになりながら僕は元気良く答えた。「転校生は打たれ強いんです!」
ミュミ婦警の顔がふっと曇る。「まだ、いじめられているの?」
お弁当のたまご焼きをとられるのはイジメかなぁ?「いいえ」
「まぁ、」ミュミ婦警は僕の前に置かれている緑茶を見てクスクス笑った。「警部ったら、小学生に緑茶はないでしょ」
え?
「そっかー?」
おじさんって警部さんなの?
「そうですよ」
そうだよな、警察署にいるんだから、ただのおじさんってわけないもんな。
面とむかって『おじさん』呼ばわりしてなくて良かったと、心の底でそっと胸をなでおろす。
「もぉ、警部ったら、おじさんなんだからぁ!」
あらら。面と向かって言っちゃってるよ。
「こりゃあ、すまんことをしたな、森之介くん、」警部は照れて笑っていた。煙草のヤニがついた歯がみえる。「おじさんが悪かった」
こう『おじさん』を連発するなら、なぁんだ、言っても大丈夫だったんじゃないか。
それでも、トーキョー育ちの僕は、とりあえず子供らしくない気をつかう。「いえ、僕、お茶、好きです。緑茶、大好きです」
全てを見越したかのような微笑みをミュミ婦警は浮かべていた。
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