第7話

 一太郎の親父さんも疫病で死んだらしい。兄さんも、叔父さんも。一太郎は母さんと一緒に、最初のシャトルで衛星に疎開していたのだ。

 疫病が南半球で猛威をふるいはじめた頃、難民を乗せたシャトルが打ち上げられた。遺伝子なんとかの権威とか、科学者とか、お金持ちの政治家とか、その親戚とかを乗せたシャトルが地球を脱出したんだ。このシャトルに乗るには「一般」とか「普通」って人は除外された。シャトルを見ることすらもできなかった。一太郎は、母さんの祖父さんってのが「エラい」政治家だったそうで「特別」に乗れたらしい。

 シャトルは3隻打ち上げられた。1隻は第2人工衛星へ。1隻は火星基地へ。そして1隻は銀河系の外へ。このうち、火星基地に疎開した人たちは全滅した。シャトルの操縦士が疫病の感染者だったのだ。火星に到着して1週間で、基地全体が汚染され、駐屯していた軍隊もろとも全滅した。噂では、まだ基地内には腐乱した死体が放置されているらしい。銀河系の外に出たシャトルは、その後どうなったか誰も知らない。地球はもう駄目だと思って、乗組員全員が冷凍睡眠にはいり、自動操縦で新天地を探し続けているはずだ。

 一太郎は、最初のシャトルに乗って人工衛星に疎開し、2年をすごし、疫病に効くワクチンが完成してから地球に戻ってきた。そして家族の大半が死んでいる現実に直面したのだ。大人たちは、僕たち9歳が子供っぽくないとか、大人びていて可愛いげがないとか、無責任に言うけれど、肉親の死を10歳までに体験した子供が、無邪気に笑っていられると思うかい?

 「今日、母さんと犬をもらいに行くんじゃ」一太郎は里芋を手に、無邪気に笑っていた。「一緒に来るじゃろ?」

 「犬?」

 「依頼人の飼い犬だったんと」一太郎の母さんは弁護士なんだ。「留置所で犬を飼うわけにはいかんけぇ」有能な弁護士でも、依頼人の100パーセントを救うわけではないのだ。「でっかい軍用犬だって。来るじゃろ?」

 「うーん」僕は悩んだふりをした。実際、悩みたくなる話だった。軍用犬なんてトーキョーに住んでいたときでも見たことなかった。

 「来るよな?」

 でも、見せてもらうのは明日でもできるだろう。「今日はやめとく」

 「なんで?」

 一太郎は意外な返事がかえってきたもんで、里芋を食べる口をとめて、抗議の目を僕に向けた。

 「今日は、ちょっと、予定があるんだ」

 僕は意味ありげに首をかしげて答えて、罪滅ぼしに、最後のたまご焼きを一太郎の飯の上に乗せた。


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