世紀末ダンスバトル

笹 慎 / 唐茄子かぼちゃ

***

 ダン


 ダダン


 俺は足を踏み鳴らす。


 ダンダダン


 息を大きく吸い込み


 パァアアアン


 手のひらを打ち合わせ大きな柏手を鳴らした。


 ドゴウゥウウウ!!


 柏手の衝撃波によって挑戦者は場外へと吹っ飛ばされる。


「勝者、赤コーナー・カシワデタタキィィイイイイ!!」


 ふん。弱い、弱すぎる。


 俺は敵が弱すぎて、この競技への熱が冷めかけていた。


 そう、ダンスバトル。


 ダンスによって生じる衝撃波の威力を競い合う。単純明快な競技だ。


 もうチャンピオンを防衛し十年が経とうとしている。


 どいつもこいつ俺にとっては春のそよ風だ。


 俺は会場の壁にめり込んだ敗者に一瞥をくれるとリングから降りた。


 控え室に帰ると、元グラビアアイドルをしていた豊満なスタイルを持つ妻が出迎えてくれた。抱きつかれて頬に熱烈なキスをしてくる。


 押し付けられた妻のおっぱいは良いものだ。中身はシリコンかもしれないが、天然よりも養殖の方が美味しい時はある。


 ぼよん。ぼよん。


 手早くシャワーと着替えを済まし、ファンが出待ちする通用口へと向かう。ファンたちが差し出すペンを取りサインをし、セルフィーに応えてから、妻と共にリムジンへと乗り込んだ。


 ふぅ。俺は大きくため息をついた。最近は気分も落ち込み気味だ。好敵手の不存在は俺を孤独にする。


 暗い顔をしていたからか、妻は俺の顔を不安そうに覗き込んできた。時々、妻の顔はヒアルロン酸やボツリヌス菌によって変わるが、度が過ぎなければ良いと思っている。おっぱいのシリコンと同じである。


「ねぇ、ダーリン。気晴らしに、ニュージーランドへ旅行へ行きましょうよ! 今の時期はトリの降臨が見られるそうよ!」


 なぜ、ニュージーランドなのか。ブロンドの髪に包まれた妻の脳みそから導き出された結論に疑問がないわけではないが(特に「トリの降臨」なる風物詩がなんなのか皆目見当がつかない)、俺はなんだかんだ行って妻のことはシリコンにヒアルロン酸やボツリヌス菌ごと愛しているので、彼女からの提案には弱いのだ。


 二日後、俺たちはファーストクラスでニュージーランドへと飛び立った。もちろん、ファーストクラスだからブランケットなどというケチなものではなく、掛け布団は羽根布団だ。俺は羽根布団じゃないと寝られない。


 ただ、ひとつガッカリしたことがある。それは俺はコアラを抱っこするのを密かな楽しみにしてたのだが、「それはオーストラリアですね」とガイドに笑われてしまった。解雇するか一瞬悩んだが、妻にけつの穴が小さな男だと思われたくなくて我慢した。


 妻は行きたい場所があるらしくガイドへ何やら伝えていたが、俺はコアラに会えないことで割とテンションがガタ落ちしていた。


 ガイドの車に揺られること数時間。ケツが痛くなってきた。もっと高級車はなかったのか。俺はガタガタと貧乏ゆすりをする。妻がそっと俺の膝に手を当てた。妻はこんなところまで何を見たいのだ。貧乏ゆすりをやめる代わりに、俺は目を瞑り寝ることにした。


 ーーーーーーー……


 遠くから音が聞こえてくる……


 ……パネ!  ……ウパネ!


 バシンッ


 ……ィチ テ ラー!


 バシンッ


 ダンダダン


 車台がリズミカルに揺れる。俺が目を覚ますと、妻はガイドと共にマオリ族の青年のハカを見ていた。


 俺も車から降りる。妻は振り返り、手招きをする。


 青年と目が合う。彼は目を見開き、舌を思いっきり出した。


「カマテ! カマテ!」


 彼が声を張り上げ、大地を踏み鳴らし、体を叩くたびに、世界は揺れる。


 それはもう「衝撃波」などという下品なものではなく、神への捧げ物のようなソニックウェーブ。


 素晴らしい。俺は気がつくと、涙を流していた。


 青年と対峙する。俺は上着を、ワイシャツを、靴を、靴下を脱ぎ捨てた。


 ダン


 ダダン


 俺も彼に応えるように、大地を踏み鳴らす。


 俺の柏手に、彼のハカが共鳴する。


 俺たちは何時間も踊り狂い、戦い続けた。


 夜になり再び日が上る頃、ついに俺たちは力尽きて、その場に大の字で寝っ転がった。


 初めての好敵手との出会いに、俺は打ち震える。


 妻はきっと彼に俺を会わせようと、ニュージーランドへと誘ったのだ。


 ああ、なんて愛しいのだ。


 妻に「抱擁を」と起き上がり、彼女を探す。


 妻もガイドも姿がなかった。


 どういうことだ!


 俺は必死に探した。そして、彼女の着ていた服と靴を見つけた。あたりにドロドロに溶けた肉塊が散らばっている。五メートルほど離れたところに、シリコンバックは破れることなく転がっていた。


 シリコンバックを手に取り、俺は絶望で膝をついた。全力のダンスバトルによって愛する妻を殺してしまったのだ……。


 朝陽に照らされた分解された車、ガイドは岩にめり込んで死んでいた。


 青年に肩を叩かれる。もう帰ることはできないと、俺は悟る。天を仰ぐと、空には大きな鳥が旋回していた。これがトリの降臨なのだろうか。


 妻の屈託のない笑顔を思い出し、シリコンバックを胸に抱きしめた。涙が頬伝い、零れ落ちる。


 俺はひとしきり泣いたあと、青年が差し出す手をとり立ち上がった。


 もう世界を壊すまで、踊り狂おうじゃないか。我が好敵手よ。


 ダン


 ダダン


 俺は足を踏み鳴らす。


 ダンダダン


 そして、息を大きく吸い込み、柏手を打った。


 パァアアアン!!


(了)

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世紀末ダンスバトル 笹 慎 / 唐茄子かぼちゃ @sasa_makoto_2022

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