第8話 Back up. Please be careful.

 ジャーネンバ元陸軍中尉の自宅は、ギルドからそう遠くない住宅街にあった。


 閑静であり、長閑。


 近くには公園もあり、そこでは子供がボールを蹴っている。


 とても大はしゃぎしていた。


 サシバはコートの下に小銃を無理やり隠しながら、その家の前に立つ。


 鍵は開いていた。


 どうやら急いで出てきたから閉め忘れてしまっていたらしい。


「お邪魔しまーす」


 異臭がしていた。


「おやおや……これは」


 地下室に入ると、半透明の物が蠢いていた。非常に不快感を促し、吐き気を催すものだった。


 それは薄ら赤く、中には骨があった。


「お初にお目にかかります、ジャーネンバ元陸軍中尉殿のお母様であらせられるでしょうか!」


 それは答えない。


「わたしは彼と共に戦地を生きたサシバ・チドリであります! まさかこれ程近くに住んでいたとは知らず、今日は手土産を持参しました! 王都で購入したお茶請けでございます! 甘いものはお好きでしょうか!」


 それは答えずに。


 身体から境目のない触手を鋭く伸ばし、襲いかかる。


「わたしの言葉が分からないのですか。さようですか。でしたら万国共通の言語で話して差し上げましょう」


 その共通言語とは!?


「銃声にございます」


 懐から年季の入った回転式拳銃を取り出すと、それをそれに撃ち込んだ。


 しかし、それは弾け飛べど、すぐに集まって元の大きさに戻った。


「ほほぉ。再生力というのが凄いらしい」


 頭痛があった。

 じぎん、と痛む頭をサシバは咄嗟に抑えた。


 目の前にいたあの不可解な生物が非常に愛らしくなった。


 母。


 母だ。


 この生物はサシバの母だ。


「母上」


 サシバは動揺していた。


 というのも、サシバの母親は大昔に結核で亡くなったはずだった。


 生きているはずがなかった。


 その生物はその動揺にたんと喜んだ。


 きっとこの動揺のしようをみるに、このサシバはきっと母を愛していたのだ、と。


 ならば母だと思い込んでいる自分との再会に喜ぶはずだ、と。


 ならば母である自分を殺さない、と。


 サシバは動揺していた。


 結核が蔓延する。


 ならばどうする?


 無論。


 殺す。


 前も、そうしたのだから。


 サシバはマッチを擦った。


 ──それは海洋生物であった。もとは脂質の多いクラゲの死骸であった。


 気がつけば浜に上がり、そこには蟻の群れが居た。やめろ、私を蝕むな──と。


 ただ、そう思えば。


 気がつけば。


 自分はそれになっていた。


 明確に生きている。

 新たな生命になって生きていた。


 生まれ変わり、明確な新たな生命として、自分の使命を受け取っていた。


 火には弱い。


 やめろ、と言おうとするが、口はない。


 サシバの耳から身体の一部が飛び出すと、サシバはそれを母ではなく、不気味なそれと見た。


「そういう、ことか」


 サシバは故に。


「そういうことか、きさま」


 顔面にヒビをのさばらせ。


「きさま、きさま、きさま」


 怒っていた。


「もともとおかしかったんだ。あの人が……あの人が、結婚記念日にあんなところでおかしなことをするはずがないんだ」


 此処に来る前、サシバはジャーネンバの犯行動機を聞いていた。


 母に飯を、分け与えなくてはならない、と。


 その話の中で、ジャーネンバは妻を殺していることを知った。


 その動機についても語っていた。


「あの人はパンを食うと、いつも周りに自慢するんだ。『恋人は、はじめてのデートをする時に、サンドイッチをつくってくれたが、とても美味い』と。それが嬉しくて、よく憶えてるよ。『結婚記念日には作ってもらいたい』ってさ」


 赤い光は、青くなる。


「貴様、顔が青いぞ」


 そこでその生物は悟る。


「死相でも見えたか」


 この男には手を出してはいけなかった、と。

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クーゲル・クリュプトン 這吹万理 @xxx_neo

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