ダンス・マカブル

ダンス・マカブル

　ほんとにね、あれは何が起こったんだか未だによくわかってないのよ。まるで私が見た夢だったんじゃあないかと思ってしまうぐらい。

　今から一か月前の土曜日ね、B区の××小学校学習発表会――昔でいう学芸会ね、それを見に行ったわけ。

　うちの一番下の子がそこに通ってる5年生でね、クラスで合唱と合奏をやるから楽しみで家族総員で見に行ったのよね。

　発表はね、すごーく良かったわ。特に合奏が。名前なんていったかしら、ほら、あの有名な映画音楽を作ってる作曲家、……そうそう、ジョン・ウィリアムズ！　その人の有名な曲を2曲ぐらい5年生の2クラスで演奏してね。うちの子もアコーディオン頑張ってて、写真いっぱい撮っちゃったわ。ほほほ。

　……ごめんなさい、話が逸れたわね。でも、こうでもしていないとおかしくなっちゃいそうで。

　問題のダンスがあったのは、1年のクラスの発表が終わったあとだったわ。

　発表の順番って学年順じゃなくてね、バラバラなのよ。5年生の後に1年の発表っていう感じでね。

　うちの子の出番は終わったけど、せっかくなら他の学年の子のも見たいじゃない？　みんながんばっててかわいいし。それで、体育館後方で見たわ。……ええ、もちろんすごく良かったわよ。うちの子たちの小さかった頃を思い出して涙ぐんじゃったぐらい。

　それで、1年生の発表が15分ぐらいで終わって、お昼休憩の時間ですっていう先生のアナウンスが入っていたときにね。明るかった体育館ステージの照明がバッて消えて真っ暗になったの。

　体育館にいた子供たちも私たちPTAもびっくりして固まったわよ。「なんだなんだ、何が起きたんだ」って。放送でしゃべってた先生の声も「はっ？」って言ったきり、途中で止まっちゃってね。

　ステージの照明がまたついたのは、1分ぐらい経ってからじゃないかしら。多分全員、そっちの方を見てたわ。「目が釘付け」ってやつね。

　ステージの真ん中に、ピエロの恰好をしてた男の人が一人立ってたわ。顔を白く塗って、目元は青で唇も真赤に塗ってね。

　右手を身体の前で曲げる、丁寧というかわざとらしいお辞儀をして、こういった。

「レディースアンドジェントルメン。ご注目ください」

　スピーカーのスイッチが入るブツって音が聞こえてから、音楽が流れ始めたわ。どこかで「おい、これどうなってるんだ！」と怒ったように叫ぶ男性の声も聞こえた。何も知らない先生たちが慌ててたんでしょうね、きっと。

　流れてきた音楽が何の曲なのかはさっぱり。でも、悪くない曲だったわよ。明るくて思わず踊りだしたくなってしまいそうな感じ。

　……え？　ショパンの英雄ポロネーズ？　それに似てたっていう話もあるの？　ふーん、そうなのね。私はそういうの詳しくないからわかんないけど。

　その曲が始まってから、ピエロの男の人は踊り始めたわ。ダンスっていっても色々あると思うけど、いまどきの若い子が踊るようなものじゃなかったわね。片足でくるっとターンしたり、跳ねたり。そうねえ、バレエみたいな感じかしら。

　その踊りがねえ、すごく上手だったのよ。見ていてそつがないの。振付の一つ一つに心を込めてるっていえばいいのかしらね。「まあ、こんなに踊れる人がいるのね」って見とれてたわ。

　体育館にいた私以外の人たちも見とれていたんだと思うわ。子供も大人も、そろって同じ方向を見たまま動かなかったから。

　そのうちステージ脇の階段から舞台上に上がる人たちが出てきて、彼の両脇を囲んで踊り始めたの。大人も子供もいたわ。きっと、彼のダンスを見て身体がうずうずしたんでしょうね。

　映画みたいな光景だったわ。みんな、思い思いのダンスを踊っていたの。音楽が始まって5分以上は経っていたと思うけど、音楽が鳴りやむ様子はなかった。

でも、ちょっと表現がやりすぎな人もいたわねえ。ステージ脇のカーテンに飛びついて頭をガンガン揺らす人もいたし、わけの分からないことを大声で叫んで、ステージから飛び降りる人もいたり。

　そこで、これは変だって思う人がいたんでしょうね。私の後ろの方で「逃げろ！」って金切声が聞こえたわ。

　そこからが大変だったのよ。体育館の入口めがけて、逃げようとする人たちが走っていってね。そうね、ニュースで聞いたわ。詰まった入口で転んだまま、人に踏まれ続けて亡くなった人も数名いたみたいね。今振り返ったら本当に異常事態だわ。

　……それがねえ、わからないのよ。踊っていたピエロは誰なのか。誰かが呼んだ救急車が来て、体育館が落ち着き始めたころに先生たちが学校中探したみたいだけど、ピエロなんてどこにもいなかったの。騒ぎに紛れてこっそり逃げ出したんでしょうけど。いつの間にか音楽も止んでいたし。

　あ、でもMちゃんのお母さんが、前に辞めた先生に似てたかもって言ってたわね。そう、ピエロが。

　1年ぐらい前にね、うちの子の学校を辞めちゃった先生がいたのよ。仕事が大変すぎたとかで、心を病んじゃってね。Mちゃんのお母さんは「その先生にそっくりだった。メイクしててもわかった」って言っていたけど。真相はどうかしらね。

　……あのう、急でごめんなさいね。ずっと我慢していたんだけど、そろそろ限界みたい。

　私も彼の踊りを見てから、インスピレーションみたいなものが沸いてきちゃってね。「ああ、私だったらこう踊るのに」とか「私の踊りを誰かに見てもらいたいなあ」とかずっと思ってしまって。

　そうそう、彼が踊ってた曲も見つかったの。携帯に元から入ってる音楽アプリあるでしょ？　そこで自分の曲を整理してるときに見つけたのよ。私としては入れた記憶なかったんだけど、いつの間にかプレイリストの一番最後に入っててね。まあ、不思議だけどそういうこともあるわよね。世界は広いし。

　じゃ、再生するわね。もちろん、ここで一曲踊らせてもらうためよ。

　……あら何よ、別にいいでしょ。踊るぐらい。法律に触れるわけじゃあるまいし。

　……いやよ、放してよっ。私は、ここで、おどるんだから！　あなたたちに見せたいからよっ！……

（ここで、取材対象者のHさんが錯乱状態に陥ってしまったため、取材は中止となった。なおHさんは現在入院中で、取材は不可能な状態である）