第16話 謎が謎を呼ぶ、御伽横丁


「お、朏。元気そうだね」


「ああ、翔も。あれからSAN値は増えた?」


「増えたような減ったような..... 死に戻りしたりもしたから、しょうがないけどね」


 まるで世間話のよう飛び交うゲーム用語。これが日常になって、早一ヶ月。

 翔とは呼び捨てなくらい仲良くなり、朏も御伽街に慣れ親しみつつあった。


 そして訪れた驚愕の結果。




『.....なんでアマビエがいるの?』


 きゅるんっと大きな眼で朏を見上げる物の怪様。


『あ~、聞いたことはあるかな? 邪神に混じって、ちょいと気の良い化け物もいるとか? そういった奴らは人に協力してくれたり助けてくれたりするっていうよ?』


 そういえば.....と、朏は行きのヘリコプターで読んだ御伽街の概要を思いだした。


《中には友好的な生き物もいるだろう。彼らの手を借りるも良し、用心深く距離を取るも良し。その判断は本人に任せる》


 .....こういうことか。


 何が条件なのか分からないが、どうやらアマビエ様は朏のことを気に入ったようだ。

 普段は《収納》の中の墨絵で眠っているが、彼女がセッションを始めると、チョロチョロ出てきて手伝ってくれる。


 そして、そのお力も健在。




『アマビエ様っ! よろしくっ!』


《きゅあっ!》


『助かります、アマビエ様』


 梟サイズのアマビエを肩にのせ、翔はセッションの前線に立てるようになった。削られるSAN値を補う最強タッグ。

 そしてそれを後押しするは、個別ポイントを応急手当と精神分析、そして回避などに極振りした朏。

 場合によっては回避盾として、翔と共に特攻していく。

 万一、翔が発狂しても、朏が精神分析で回復するし、負傷も同じだ。相手が呪いや瘴気ならアマビエ様の独壇場。

 体力、腕力だけは人一倍な翔が加わり、三人は瞬く間に時の人となった。


 ここに爆誕する無敵トリオ。


 一人、一人は極端に偏った数値の半人前だが、三人揃うとその力は爆上がりする。




「攻略組のパーティーが、朏達を欲しがってるって聞いたけど?」


「それは翔込みででしょ? うちらだけじゃ癒し特化で後方支援しか出来ないじゃない」


 少し照れくさげに微笑む翔。


 誰かに必要とされる今の暮らしが、過去の卑屈な彼の生活を一掃した。

 バーサーカーと呼ばれ、鼻つまみ者だった以前の自分。それを補い、支えてくれる仲間に、彼は感謝の言葉もない。


 だから翔は、今日も彼女に寄り添う。


 .....少しでも。君の役にたてたら。俺のために個別ポイントを支援系へ極振りしてくれた恩を返したい。


 カフェのテラス席で向かい合って座る二人に、店員が飲み物を運んできた。

 如何にも長閑な日常風景。


 しかし忘れるなかれ。ここは異世界、御伽街。日常が非日常に早変わりするのも御約束である。


 二人が飲み物を口にしようとした時、それは起こった。


 どこからともなく流れてくる厳かなキャロル。色んな動画でお馴染みのソレを耳にし、朏がバッと空を見上げる。


 .....なんでっ?! これを現実で聞こうとはっ!!


 その彼女につられ、翔も天を振り仰いだ。


 見慣れた太陽にかかる蕩けた闇。それは空をおおい尽くして、御伽街を囲うよう宙を流れていった。

 ぽたり、ぽたりと辺りに降り積む漆黒。雪ようなソレも大地に染み入り、怪しい影を生やしていく。

 触手をうねらせて這い出る何か。蹄を高らかに鳴らして駆け回る樹木のような何か。終いには、噴水などいたるところの水場から陸にあがるは、人間に似た形な半人半魚。


 突然起きた怪異に戦き、朏は瞳を凍りつかせる。どれもこれも彼の神話で描かれている異形達だ。


「外なる神々の降臨? うそでしょっっ!」


「セッション外で? え? これ、怪異なのかっ?!」


 そして地を割るように凄まじい振動が響き渡り、一筋の光を打ち立てる。鈍色にも近いその光は、銀にみまごうばかりな荘厳さを携えていた。


 .....灰色の光? まさかっ?


「クァチル・ウタウス.....? 世界が終わるじゃん.....」


 塵のものと呼ばれる邪神の登場だ。彼の降りた場所は全て灰燼と化し、そこにはクァチル・ウタウスの足跡しか残らないという。


 呆然とする朏の呟きに、思わず狼狽える翔。


 そんなこんなで、二人がわちゃわちゃしていた頃。

 

 遥か遠方で誰かが呟いた。




「.....結局、ダメだったのかなあ? 我が社どころが、世界が終わりそうだよ、高橋君」


 彼の視界一面に広がる、くすんだ灰色の光景。そこに跳梁跋扈する異形を見下ろし、朏の上司は深い溜め息をついた。




《.....やりなおしのチャンスを。今度こそ、滅ぼしてみせますからっ!》


《.....どうしようかしらね。もう。.....御姉様の顔をたてて、邪神の片隅に置いてあげてたけど、貴方、詰めが甘いのよねぇ》


 ふう.....っと溜め息のように細い紫煙を燻らせる誰か。


《御伽街ひとつ滅ぼせないんじゃあ、邪神を名乗れないわよ?》


 その誰かは、苛立ったかのように煙管を灰皿へ打ち据える。コーンっと響いた音に肩を竦めて、御伽街を滅ぼせなかった誰かが悔しげに唇を噛んだ。


 .....と、そこへ別の誰かがやってくる。


《御姉様に会わせる顔がなくってねぇ? ジルぅ》


《お前..... 何しに来たんだよ。これは、私と御姉様の賭けだ。一人前の邪神となるための.....》


《それが叶いそうにないから手伝いに来たんだわぁ。ったく、面倒ぅぅ》


《手伝い? まだ続けるというのかぇ?》


 怪訝そうな誰かは、新たな煙草を煙管に詰め込み、ぽ.....っと指先で火を灯す。


《左様でしてよぅ。今しばらく、この愚弟を見守ってやってくださいませぇ》


 愛らしい声に気を良くし、細い紫煙を吐き出しながらほくそ笑む誰か。


《ま、クァチルに頼んでおくわ。》


 こうして、人間の与り知らぬところで話はつき、御伽街の時間が巻き戻される。


 何度も。何度も。何度でも。


 しくじったと思われる箇所まで時間は巻き戻され、邪神見習いと朏や翔のゲームは繰り返された。

 しかし、一度上書きされた箇所は巻き戻せない。要はセーブと同じである。


 ゲームを繰り返すたびに、少しずつズレていくセーブポイント。


 未来は未確定。


 人間と邪神のゲームは、まだ終わらない。


 ~了~

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 生と死の狭間、御伽横丁 ~異世界転勤とか、ふざけんなっ!~ 美袋和仁 @minagi8823

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