第15話 謎な洞窟 ~むっつめ~
《奥まった洞窟に鎮座する石像は、人々の魂を舐めて力をつけてきた邪神像。物理攻撃は効かない。弱体化しか出来ず、決定打が足りない。.....墨絵のアマビエを具現化させろ。これのエネルギー源は邪な気。邪気を浴びるほど光り輝き、具現化したアマビエは闇を打ち払うぅぅ、ちくしょうぅぅっ!!》
オールマイティを誇る雑学で朏に1クリされたGMは、秘匿案件の裏情報を洗いざらい吐く。
この世の終わりみたいな悲鳴を迸らせるGMを無視し、それならと翔が特攻役に挙手した。
『体力だけは化け物級だ。俺が適任だろう。.....万一発狂したら。GM! 申請だ、武器の携帯は可能か?』
《これ以上、なんも出せないぞっ! 情報だけでも格安バーゲンセールだわ、ぼけっ!! だいたい、外なる神々やその眷族に武器は通用しないっ!!》
キャン×キャン吠たえるGMの声に自嘲気味な笑みを浮かべ、翔が軽く首を振った。
『自爆だよ。俺の所持品にテルミットがある。それを携帯しておきたい。.....焼けただれれば、ある意味正気に戻るかもしれないし? 少なくとも行動不能にはなるだろう』
しん.....っと静まり返る洞窟内。つまり、他の探索者らを害しないよう、発狂した自分を殺せと翔は言うのだ。
思わず朏が反論しようとする前に、GMが人の悪い笑みを浮かべた。そう感じる雰囲気がありありと醸されている嫌な声。
《面白いね、自滅かあ..... その狂気は美味しそうだ。おっけ、幸運半分でダイスさせよう。ペナルティはSANチェックな》
『ば.....っか言えぇぇっ! ダメだよ、翔さんっ!!』
朏が叫ぶより早くサイコロを転がす翔。その出目を見て、周囲が小さな悲鳴を上げた。
サイコロの数字は四十と一。半分の幸運値なら、まず上まわれない出目である。
しかし翔は大きく破顔し、拳を突き上げて高らかに笑った。
『成功だっ! 持っていくぜ、テルミットっ!!』
絶句したGMが絞り出すように声を震わせる。
《お前ら二人、幸運90越えとかデタラメすぎだろうぅぅっ!!》
なんと。どうやら翔も鉄壁の幸運持ちらしい。
.....なのに、SAN値28なんて。ああ、あの星のダイスが逆だったら彼のSAN値も高くなったかもねぇ。90越えの幸運でダイス出来たら、きっと低くはならなかったはずだわ。
とつとつと、無意味なたらればを考えていた朏は忘れている。ステータスの付与は、二回振ってからされたということを。つまり、リアル運の出目だったのだ。
えらくリアル運の偏った翔は、どちらにしろ同じ結果になったはずである。
.....そいや、さっきのSANチェックでもデカいの食らってたし? ダイスの出目の波が大きすぎるよね。
そんな益体もないことを考える朏の視界で、翔は取り出したテルミットを菜摘に渡し、万一が起きたら使ってくれと頼んでいた。
『私より高橋さんの方が.....』
ちらっと朏に視線を向ける菜摘に、翔が重々しく首を振る。
『彼女はダメ。この街をよく知らないし、執着もない。きっと俺を殺す選択が出来ない。君なら和真を救うために俺を殺せるだろう? 俺はリライブチケットもあるし、大丈夫』
ああ.....とまでに、菜摘は頷いた。
『ちゃんとダイスを振って、効果の指定を忘れずに。普通に破裂すれば周囲を巻き込みかねないから』
『ええ、分かっているわ』
何かを示唆する二人の会話。どうやら、この御伽街には、朏に分からない不文律や暗黙の了解があるようだ。
でもそんなん、朏の知ったこっちゃない。
.....やらせるかよ。
『アマビエは邪気を昇華し闇を払う。その効果は病に発揮される。間違いないよね?』
《間違いない。それがシナリオをトゥルーエンドへと向かわせる条件だ》
その言い回しを耳にし、朏の眉が挑戦的に跳ね上がる。
このGMの言葉は非常に巧みだ。うっかり気づかないでいると、簡単に煙にまかれてしまう。
GMが口にしたのは、トゥルーであってハッピーではない。ノーマルでも。シナリオ作成していた朏は知っていた。
NPCと探索者、全て生還でハッピーエンド。探索者のみ生存ならノーマルエンド。探索者も全て死亡なら事件は永遠に闇の中。バッドエンドだ。
しかし、犠牲者たる行方不明者らは既に死んでいる。ハッピーエンドの選択肢は潰れた。だがGMはトゥルーとしか言っていない。
トゥルーとは真相であって、ハッピーでもノーマルでもなかった。
張り紙のクリア条件は、被害者を救いだして事件を解明すること。
つまり、まだ誰かが死ぬ可能性が残っている。一人でも生き残って、探索者ギルドに事件の真相を報告出来たなら、トゥルーエンドは成立するのだから。
なので朏はサイコロを振る。
少しでも生存のパーセンテージを上げるため、彼女は真のアマビエを顕現させた。
「アマビエは負けないっ! 全ての攻撃が急所に直撃するっ!! 幸運でダイス!」
.....体力、7マイナスとか容赦無さすぎる。.....邪神に慈悲なんてないだろうけどさ。
.....ヤバかった、アタシなら速攻で気絶だわ。松前さんがいてくれなかったらどうなっていたことか。SAN値は平気かな?
心配げな朏の視界で、墨絵を盾にしつつ必死に瘴気を払う翔。
ガリガリ削られる彼のSAN値だが、不思議なことにその減少は何かと相殺されている。
朏が精神分析を使うまでもなく、獰猛に眼を輝かせて、翔は正気のまま噴き出す瘴気を墨絵で押さえ込んでいた。
それは神々しく光る墨絵の効果。
アマビエの癒す力は肉体のみならず、その精神にも及ぶのだ。彼が心の底からこの病を滅したいと願う気持ちが、絵姿でしかないアマビエに同調し、その力を倍増させる。
殺されてたまるかっ!! .....と。
.....推奨技能に戦闘がなかったわけだわね。戦うのは探索者でなく、アマビエだったんだもん。
一進一退の膠着状態。
だが突然、加勢していた朏の視界が目映い光で掻き消された。無尽蔵に垂れ流される瘴気を限界一杯まで吸収した墨絵が覚醒したのだ。
そこに輝くは深いエメラルドグリーンのモノノケ様。
ぎょろりと煌めく大きな眼が冴えた光を一閃させた瞬間、その鋭い嘴と力強い脚を、見事石像に打ち込む。
びしっと音をたてて無数のヒビが石像に走る。ぴぴっと入った亀裂から白い霧を立ち上らせ、元凶はガラガラと音をたてつつ瓦解した。
ぶわりと巻き起こる風が瘴気の残滓も霧散させ、砕かれた石像の残骸周りは静寂に満たされる。
アマビエ降臨により、勝負は一瞬で決着した。
それを見下ろしつつ、具現化した物の怪が、朏にふくりと微笑む。
何事もなかったかのように、ぽてぽて歩いて元の墨絵に戻るアマビエ様。
.....終わった?
しん.....っと静まり返る洞窟内。そこへ身を切るように切ない呻き声が轟いた。
《~~~~~~っ!! セッション終了っ! 全探索者生存っ! ノーマルエンドだっ!! こんちくしょうめらがっ!!》
虫の息でも生存していた和真達は、セッション終了と同時に快癒する。
おお.....っ、と誰ともなく溜め息のような驚嘆がもれ、次には慟哭のごとき雄叫びに変わった。
「うおおおぉぉっ! 生きてるっ?! 生きてるぞぉぉっっ!!」
「助かったのねっ? 還れるんだわっ、私ぃ!!」
あああぁぁっと号泣しつつ、涙の泡沫を飛び散らせて抱き合う探索者ら。
そんな彼らを余所に、相変わらず不機嫌極まりない声音が洞窟に響いた。
《くっそ..... ゴミ虫の分際で、しぶといな。だがまあ、ルールはルールだ。くれてやるよ》
どこからともなく降り積んでいく闇。溶けた雪のように天井から滴ったそれは、探索者らの頭上で不可思議な数字を瞬かせる。
「.....2? おいおい、単発シナリオでっ?」
「俺もだ、え?」
「私も? 死にかかったから?」
「私もだわ..... 2ポイントなんて。どれだけ短編をこなしたら手にはいるか」
呆然と立ち竦む探索者。しかし、その彼らですら驚愕する朏と翔のポイント。
二人の頭上には、5の文字が燦然と輝いていた。
「5.....? 俺が? .....やった、これでSAN値を増やせる.....?」
感無量な面持ちで、己のライセンスに浮かんだ個別ポイントを見つめる翔。
良かったなと和真が翔の肩を抱く姿が微笑ましい。.....が、朏はそれどころでない。
周り同様、探索者ライセンスを確認した彼女は、そこに表示される数字に言葉を失った。
燦然と輝く305の文字。
通常のTRPGで貰える個別ポイントは、色々加味して百五十~二百が妥当だ。その1.5倍。どう考えても異常な数字だった。
何が何やら分からず、絶句する朏の脳内に再び忌々しげな声が響く。
《やりたくはないがな。ルールだから仕方ない。初クリアでMVPだった者には+50%のクリアボーナスがつく。個別ポイントにもな。あああ、ホント、ウっザいわあ、お前ぇぇーっ! 途中まで愉しく進んだのにさあっ?! 阿鼻叫喚の満ちた絶望がどれだけ美味くて至福か......っ! この疫病神ーっ!!》
けたたましい絶叫で朏の脳内を大きく揺らすGM。その絶叫でキィーンと響くドップラー効果を残しながら、GMは朏らを元居たロビーへと戻した。
「邪神に疫病神って呼ばれるとか..... ある意味、最高の賛辞ね」
「ん? どうしたの? 朏さん」
安堵と興奮に高揚する周りの顔。それを見て、どうやら先程の会話は朏にだけされていたようだと気づき、彼女はお口にチャックした。
.....個別チャットかね? どこまでもゲーム様式なんだなあ。
終わり良ければ全て良し。
思わぬ戦果に色めく人々。
こうして、朏の初セッションは大成功をおさめたのだった。
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