第33話
「わーくさーい! あつーい!」
真美が楽しそうに砂浜を走っていく。
そのあとを、ゆっくりと拓海が追いかけた。
そのあとを和服の少女――優美も追いかけていく。
厚樹や瞳、直也は、それを見届けてから海に入っていった。
真美が海につかりながら拓海に振り向く。
「ねぇお父さん、お母さんと綾女さんは?」
拓海が優しい笑顔で応える。
「二人はホテルでお留守番だよ。
圭太や健太郎には、ここは暑すぎるんだ」
「ふーん、もったいないね」
浜辺から真美を見守る優美に、厚樹が告げる。
「オーナーは海に入らないんですか?」
「儂はこの服じゃからな。
濡れると後が面倒じゃ」
しばらく真美が海で遊ぶのを見届けると、優美が直也に告げる。
「儂はホテルに戻る。真美を頼むぞ」
「おう! 任しておいてくれ!」
久しぶりに豪快な声で笑った直也に、優美は微笑んで手を振った。
真夏の江の島を、和服の少女がホテルに向かって歩いて行った。
****
ホテルの一室では、真理と綾女が赤ん坊をあやしながら言葉を交わしていた。
「綾女さん、本当に外に行かなくていいの?
直也さんに子守りを代わってもらったら?」
綾女がクスリと笑って応える。
「紫外線対策が面倒ですもの。
それに直也さんじゃ、健太郎がぐずった時に対応できないわ」
ドアがノックされ、真理がドアを開けた。
優美がペットボトルのお茶を手に、室内に入ってくる。
「差し入れじゃ。圭太と健太郎はどうじゃ?」
真理たちがペットボトルを受け取りながら、自分の子供を優美に見せる。
「寝てるわよ。少し泣き疲れたみたい」
優美が残念そうに応える。
「そうか、つまらんな。
――まぁいい、夜までは共に居てやろう」
ベッドに座った優美が、寝ている圭太と健太郎を見やった。
真理と綾女はその様子を見て、顔を見合わせて微笑んだ。
****
一泊二日の帰り道、真理は車内で眠る真美を見つめていた。
「遊び疲れたのかしら。
子供ってエネルギーが尽きるまで遊ぶわよね」
拓海が微笑みながら応える。
「初めて見る海に、大興奮だったからね。
早く圭太にも見せてやりたいな」
「それはもう数年あとかしら。
――あら? 厚樹さん? 瞳さん?」
厚樹と瞳は、肩を並べて居眠りをしていた。
真理がフッと笑って告げる。
「この二人も、不思議な関係よね」
「趣味仲間という奴だろう。
気が合う仲間――だけど恋愛対象じゃない。
そういう関係があったって、構わないさ」
真理が窓を見ながら、ぽつりと告げる。
「美代子さん一人で、お店は大丈夫かしら」
「彼女は立派なバリスタだからね。
問題ないだろう」
「……いつか、あの店の味を美代子さんが受け継ぐのかしら」
拓海は少し考えてから応える。
「真美や圭太が受け継がないなら、そういう未来もあるんじゃないかな。
秋元さんになら、親父の味を分けても構わないよ」
二台の車は炎天下の高速道路を、横浜に向かって走っていった。
****
カランコロンとドアベルを鳴らし、セーラー服の真美が入ってくる。
「ただいま~。暑い! お父さん、アイスココア!」
カウンターの中で、髪に白いものが混じり始めた拓海がうなずいた。
カウンター席に座る優美が、真美に告げる。
「随分と様になってきたな。
どうじゃ? 高校は楽しいか?」
「楽しいよー!
友達もようやく増えてきたし!
――あれ? 圭太は?」
真理が厨房から出てきて、アイスクリームを真美の前に置いた。
「友達と遊んでくるって、飛び出していったわよ?」
「うへぇ~、あいつ元気だなぁ。
よくこの炎天下で遊ぶ気になるよね」
アイスココアとアイスクリームを味わいながら、真美は鞄から教科書類を取り出していく。
優美が楽し気に微笑んで告げる。
「真美は外で遊ぶ子供ではなかったからのう」
べっとココアで染まった舌を優美に付きだして、真美が応える。
「内向的で悪うございました!
いいじゃん、ここが居心地良いんだし!」
美代子がカウンターの中で、感慨深げに告げる。
「真美ちゃんも大きくなったわよね。
私も歳をとるはずだわ」
真美がきょとんとして応える。
「なに言ってるの?
美代子さんだって若い方じゃん」
クスクスと美代子が笑みをこぼした。
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
優美がため息をついて告げる。
「儂から見れば、全員が
拓海が苦笑を浮かべて応える。
「そりゃそうだよ、一緒にしないでオーナー」
明るい笑い声が響いた後、真美が真剣に宿題に手を付けた。
拓海がぼそりと、真美を見て告げる。
「真美もそのうち、お嫁に行っちゃうのかな」
美代子が隣でクスリと笑った。
「行かない方が良いんですか?」
「それも困るんだよねぇ。
難しい問題だ」
真理と美代子がクスクスと笑みをこぼす。
優美は静かに、全員の笑顔を見守っていた。
****
チャペルの親戚控室で、拓海はうろうろと落ち着かない様子を見せていた。
真理があきれながら告げる。
「もう、いい加減に落ち着いたら?
それじゃあまるで、お父さんみたいよ?」
「同じ立場になって、ようやくお義父さんの気持ちがわかったよ。
こんなの、落ち着ける訳がないじゃないか」
ドアがノックされ、ウェディングドレスを着た真美が姿を見せた。
あきれた顔で真美が告げる。
「おとうさ~ん、少しは落ち着いてよ」
「そうは言うが、僕が失敗したら真美が恥をかくんだぞ?!」
真理がぽつりと告げる。
「言うことまでお父さんと一緒だし」
苦笑する拓海を見て、真理と真美がクスクスと笑っていた。
ドアがノックされ、ウェディングプランナーが顔を出した。
「千石さん、出番です」
拓海が背筋を伸ばし、緊張した顔で真美に肘を差し出した。
その肘に、真美がしっかりと手を乗せる。
ゆっくりと歩きだす拓海たちのあとを、真理は微笑みながら追いかけた。
チャペルの一番後ろで、真理はバージンロードを歩く拓海と真美を見守っていた。
祭壇の前には、白いタキシードを着た新郎と、和服の少女の姿。
――私の時も、こうだったんだろうなぁ。
緊張する拓海と、感慨深そうに歩く真美。
そんな二人を優しく見守る、優美の眼差し。
いつか真美の子供も、こうして結婚式を挙げるのだろう。
それを見届ける日が楽しみだと、真理は涙ぐんで式を見守った。
始めは偶然、喫茶店に入ったことだった。
それから優美の手によって、真理の人生は大きく変わっていった。
今こうして幸せを噛み締めて居られるのも、優美のおかげだ。
変わらぬ姿で優しく微笑む座敷童が、真理を導いてくれた。
思いを馳せているうちに式が終わり、目の前を新郎と真美が通り過ぎていく。
真理は拓海と共に、ゆっくりとした足取りでチャペルをあとにした。
カランコロンとドアベルが鳴る。
「――拓海、ブレンドとショートケーキじゃ」
変わらぬ声が、『カフェ・ド・アルエット』に響き渡った。
横浜あやかし喫茶~座敷童が営む店~ みつまめ つぼみ @mitsumame_tsubomi
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