リタと聖夜の贈り物

ミクラ レイコ

聖夜の贈り物

 もうすぐ聖夜が来ようとしている。孤児院で暮らしている八歳のリタは、同じく孤児院で育ったアビーや他の子供達と共に教会を訪れていた。リタたちがいる孤児院では、聖夜が近くなると、教会で慈善活動をする風習がある。


「今年もこの季節が来てしまったわ……」


 リタ達を乗せて来た幌馬車ほろばしゃが走り去ると、アビーが溜息を吐きながら言った。


「アビーは、この行事が嫌いなの?」


 リタが聞くと、アビーは顔をずいっとリタに近付けて言った。


「当然よ! 去年何があったか忘れたの? 酒に酔った浮浪者が教会に入り込んで暴れたじゃない! 他にも、色々なトラブルに巻き込まれたわ!」

「それはそうだけど……」


 リタは、この行事が嫌いではなかった。教会周辺の掃除をした後シスターに笑顔で「ありがとう」と言われると心が温かくなる。



「あらあら、今年も来てくれたのね。ありがとう、みんな」


 礼拝堂に入ってきた子供達を見て、シスターが笑顔で出迎える。


「それでは、今回も掃除をよろしくね」


 シスターの言葉を合図にして、子供達は各々掃除を始めた。



「枯葉とかゴミが多いわねえ……」


 箒で庭を掃きながら、またアビーが溜息を吐いた。


「もうすぐ昼食の時間だし、頑張りましょう?」


 同じく庭を掃きながら、リタが苦笑して言う。


 そして大分庭が綺麗になったところで、二人は昼食を食べ始めた。庭にあるベンチに腰掛けて二人がパンを食べていると、一人の男性が近付いて来る。


「もし、お嬢ちゃん達。教会で食料を配っているという話を聞いたのだが、場所はここでいいのかな?」


 その男性は若い声をしていたが、ボロボロのコートに古そうなシャツを着ていた。髭や帽子で隠れていて、顔はよく見えない。いかにも浮浪者といった感じだ。


「食料を配る行事は明日の予定ですよ」


 リタが微笑んで言うと、男性は困った顔で言った。


「そうか、明日か……。参ったな。昨日から何も食べ物を口にしていないのに……。仕方がない。出直そう」


 本当に困った様子の男性を見て、リタは自分の持っているパンを見つめた。そして、男性に言った。


「あの、よろしければ、このパンを少しどうぞ」


 パンをちぎったリタを見て、男性は目を見開いた。


「いいのかい? お嬢ちゃんの食べる分が少なくなるよ」

「いいんです。私は今朝もパンを食べてきたから」

「そうかい……ありがとう」


 そう言って、男性はパンの欠片を受け取った。


 アビーが、呆れた顔でリタを見て言う。


「本当に、リタって優しいわよね。……いいわ。私のパンをほんの少しだけリタにあげる」

「ありがとう、アビー」


 そして、パンを食べながら笑う二人を見て、男性は優しく微笑んだ。


         ◆ ◆ ◆


 それから一年以上が経った。今夜は聖夜。リタは、同室のアビーと二人で窓から暗くなった空を見上げていた。


「今日は、雪が降るかしら」

「寒いから、降るかもね……ねえ、リタ、今年は、先生からプレゼントをもらえるかしら」


 孤児院の子供達は、毎年孤児院の先生からこの時期にささやかなプレゼントを貰っていたが、このところ孤児院の経営状態は良くない。プレゼントを貰えるかどうか分からなかった。


「貰えなくても仕方がないわ。親の居ない私達が暮らしていけるだけでも感謝しないと……あら?」


 リタは目を見開いた。こんな時間に、孤児院を訪れる馬車の姿を見かけたからだ。


「こんな時間に誰が何の用かしら」

「さあ……」


 しばらくすると、リタ達の部屋のドアがノックされた。ドアを開けた先生が優しい笑顔で話しかける。


「リタ、アビー。あなた達にお客様よ」

「え、私達に?」



 二人がリビングに入ると、そこには一人の男性がいた。質の良さそうな茶色いスーツに身を包んだ、三十代後半くらいの男性だった。


「やあ、二人共。久しぶりだね」


 男性の顔に見覚えが無かった二人が首を傾げると、男性は苦笑して言った。


「覚えてないかな。私は一年前、君達に助けられたんだ」


 そう言って、男性は側にあったカバンから付けひげを取り出し、自身のあごの辺りに当ててみせた。


「あ、あの時の浮浪者!!」


 アビーが叫ぶ。リタも思い出した。一年前の出来事を。


「こら、浮浪者なんて言ってはいけません! この方は、貴族なのですから」

「え……えええええ!!」


 先生の言葉に、リタとアビーは揃って驚きの声を上げる。


 聞けば、男性は貴族なのだが、遺産相続問題で親族と揉めて命の危険を感じ、一年前王都からこの地域に逃げてきていたのだという。


「身元が分からないように浮浪者の格好をしていたんだけどね。君達と会った一か月後くらいに騒動が落ち着いて、王都に帰っていたんだ」


 男性は、笑って事情を説明した。


「それで、どうしてまたこの孤児院に?」


 リタが聞くと、男性は穏やかな笑みを浮かべて言った。


「あの頃の私は、頼る者がいなくて、本当に食べるものに困っていたんだ。そこで君達に出会い、心も体も救われた。……それで、君達に恩返しがしたくてね」

「恩返し?」

「ああ。……君達、学校に通う気はないかい? 通うのなら、私が学費を出そう」


 願ってもない申し出に、リタとアビーは驚いた。しかし、アビーは戸惑いながら言う。


「でも、私まで、いいんでしょうか……私はパンをあげていないのに……」


 男性は、笑顔で言った。


「君がリタを大切に思っているのは伝わったよ。だから、君も一緒に学校に通わせてあげられたらと思ってね」

「……ありがとう……ございます……」


 アビーは、涙ぐんで礼を言った。リタも、頭を下げて言う。


「……本当に、ありがとうございます。一生懸命勉強します」


 そして、リタは思った。聖夜になんという素敵な贈り物をもらったんだろう。この贈り物を、一生大切にして生きていきたいと。

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