侵略者、多様性で詰む
■プロローグ:思わぬオファー
宇宙船の司令室にて、Z-34とA-3が作戦会議を行っていた。先月から宇宙船内の冷凍室を占拠し始めた熊が、今度はさらなる家族を連れてきたという報告が入ったのだ。
「リビングルームまで占拠されては、統制が取れなくなります」
A-3が映像を指し示す。
母熊に姉妹、おじさん熊まで。さながらアジアの結婚でよく見る「親族の呼び寄せ」状態である。3階の居住区画に派遣されていたC-404からの映像では、彼が震える手で通信機を操作している様子が映し出されていた。自分が「ごちそう」として注目されているからだ。
その代わりといっては、農家の皆さんから頂いた野菜類は大分消化されたように思える。
満腹になっているのかお腹を膨らませて、横になっている熊たちがいびきを立てている。
そんな混乱の中、通信が入った。
「Webflix社のD&I推進部からお呼び立てを受けました」
A-3の報告は少し興奮を含んでいた。
Z-34は眉をひそめた。
「D&I?」
「Diversity & Inclusion...多様性と包摂性です。ハリウッドの大物俳優も関心を示していて...」
A-3の目が輝く。
「これは...侵略の新たなルートかもしれません。富裕層とのコネクションを作り、そこからトップを落としていく方が早道かもしれません」
「なるほど、彼らの言う多様性とは、宇宙規模の種の保存と相互理解を指すわけか。シリウスの可変生命体は触れただけで周囲の物質を溶解させ、ブラックホール知的生命体に至っては半径50光年以内の物質を強制特異点化してしまうが...そういった危険な生命体との共生について語り合える素晴らしい機会となりそうだ。3000の星系での外交経験を活かせる」
Z-34は、地球人が想定する「多様性」とは全く異なる、銀河レベルの致死的な危険との共生について熱く語り始めていた。
「光子生命体との接触時の放射線対策や、反物質知的生命体との面会時の対消滅防止プロトコルなども共有できそうですね」
A-3もうなずく。
「おや、C-404の反応がいつもより鈍いな」
A-3が言いよどむ。
「飲み込まれていますね...」
もはやオリジナルとの区別がつかない熊が満足げに腹をさすっている。制服の一部がまだ口からはみ出ていた。
■誤算1:宇宙の多様性
C-404をなんとか助け出し、Z-34、A-3はWebflixの会議に出席していた。
C-404は熊だけでは心配なので、お留守番だ。Z-34的にはC-404の命が一番心配だが...
Webflixの会議室は、妙に広く、必要以上に人が多かった。壁際には何も発言せず、ただ立っているだけの若手社員が10名ほど。机の周りにはプロデューサー、脚本家、D&I担当者など、肩書きの異なる人々が所狭しと並んでいる。
「本日は特別アドバイザーとして、シリコンバレー発インクルージョン・コンサルティング『DIVERSE』社CEOのケイトリン・スミスもお呼びしております」
宇宙人たちが入室した瞬間、会議室が静まり返った。まるで高級な磁器で作られたような透明感のある肌と、完璧な左右対称の顔立ち。光を受けて虹色に輝く髪(のように見える光子の集合体)に、誰もが息を飲む。
「まず、皆様の多様性についてお聞きしたいのですが」
うっとりとした表情を必死に抑えながら、企画担当者が切り出す。
「はい。我が一族は、アンドロメダ座第四象限における最古の知的生命体の末裔でして。現在確認されている38京個の星系の中でも、特に洗練された...」
「あの、もう少し個人的な...例えば私は身長が低いことにコンプレックスがあるのですが」
若手社員の一人が勇気を出して発言する。
「ああ、私にもコンプレックスはあります。原子再構成の際の完成度が99.99999%しかなく、0.00001%の誤差が...」
「すみません、参考までに...私の数値はどのくらいなのでしょうか?」
若手社員が恐る恐る尋ねる。
Z-34は分析装置を起動する。
「えーと、あなたの場合...原子の配列完成度は43%程度ですね。まあ、生命体として生存できているだけでも...」
「43...%...」
「ああ、悲観することはありません!地球の生命体で50%を超えるものはほとんどいないですし。私の故郷では、40%を超えていれば上位層として扱われ...いえ、本当に!」
「でも、先ほどの99.99999%という数字に比べると...」
「あ、この話は忘れてください。というか私たちの方が異常なんです。通常の生命体が43%で完璧に機能するように設計されているのに、我々は無駄に数値を上げすぎて...」
会議室の空気が凍りつく。
多様性アドバイザーのケイトリンだけが、
「優越的謙遜による配慮...」
とメモを取り続けている。
若手社員が話を変えようと口火を切る。
「私は人前で話すのが苦手でZ-34には身体的、精神的コンプレックスなどはあるのでしょうか?もし、あれば視聴者は親近感を覚える気がします。」
「えっ?それはどういうことでしょうか?」
Z-34は本気で困惑した表情を浮かべる。
「その...大勢の前で話すと緊張して...」
「緊張?申し訳ありませんが、概念が理解できません。我々の種族は集合意識を持っており、300億個の意識を同時に共有できるようになっており、今この会話も母星の全人口に共有されている状態であり、自然のことなのです。」
「人間には全く想像がつかないですね.,,,」若手社員はしまったという顔をしている。
「質問内容からすると、不完全さに価値を見出そうとしているようですね..それらにフォーカスを当ててどうするのでしょう」
A-3が冷ややかにつぶやく。
「むしろ意識を共有できないことの方が困難を感じます。今この瞬間も、母星の120億の同胞と思考を共にしていますが...あ、今320万個の意識から『地球人は何を言っているんだ?』という反応が」
多様性アドバイザーのケイトリンは、
「集合意識による完全なインクルージョンの実現...」
とメモを取っている。何故かはわからないが、宇宙人の思想が非常に刺さっているようだ。
「私は...ハーフなので、アイデンティティに悩むことが、どちらの国にも所属していないような気がしています。Z-34にはそのようなことはありませんか?」
若手社員の一人が切り出す。
「アイデンティティ?ああ、種の統合についてですね」
Z-34は明るく答える。
「我が銀河でも、最初は数百万の異なる意識体が存在していました。しかし、3000年に及ぶ統合戦争の末、ようやく単一の意思による完全な調和にまとまっております。」
「単一?所属や国というものはないのですか?」
「ええ、我々も統合前は大変でした。単体意思による個の統一という目標を持った組織が推進、実現したのですが、反乱分子の抹消に120万年を要しましたし...」
「あの...」
「今では全ての個体が完全に統一された意思の下で...ああ、歴史上、単一意思に反したと反逆罪で人口の9/10の400億の同胞が粛清された時代もありました。まあ、今は本当に平和です。また、人口が減ったことで有限リソースが持続可能なレベルになりました。その代わり数千年は生き残った人口の殆ども疑心暗鬼で血で血を争うような争いをしたそうで、その後に1/10に減ったそうですが。」
会議室が静まり返る。
多様性アドバイザーのケイトリンが、
「強制的な画一化と究極のサステナビリティの実現と」
と書きかけて、ペンを止めた。
会議室の隅で企画担当者たちが小声で相談している。立っているだけの若手たちは、相変わらず無言で事態を見守っている。
「あまりにも整いすぎた容姿では、多様性の象徴として...」
「これでは視聴者が共感できない...」
「コンプレックスのなさが怖いですね...」
「サステナビリティの推進のエスカレートが少し怖くなってきましたね...」
多様性アドバイザーのケイトリンが熱心にメモを取っている。
「彼らの『優越的コンプレックス』は新しいアプローチかもしれません。ダイバーシティの新境地、強制画一化によるサステナビリティの実現」
「もしよければ、強制的な画一化の手法に関して、ぜひ具体的な話を伺いたいのですが、.なぜなら、世界では各民族、主義の違いによって争いは耐えることなく、それを1種にまとめることができれば、争いのない世界が実現可能となるかもしれません。」
ケイトリンの左翼魂に火が付いたのか説明を始めようとする。
「ああ、それはですね」
軍事、歴史好きのZ-34はこのような説明をするのが非常に好きなZ-34は嬉々として答えようとする。
「本日は他の方のご意見も伺いたいので...」
企画担当者が慌てて話題を変えた。
Z-34、ケイトリンは少し不満な顔が見られた。
■誤算2:数の暴力
「マイノリティの代表として、ぜひご意見を...」
「申し訳ありません。その定義について確認させていただきたいのですが」
Z-34は真剣な表情で切り出した。
「我々の人口は120億。これは確かに地球の80億人と比較すると多数派となります。しかし、プレアデス星団のα-7では一つの個体が毎分分裂可能で、現在の人口は推定10の34乗。シリウス系に至っては計測不能なほどの数に...」
Z-34は計算機を取り出し、真面目に数値を確認し始める。
「仮に、銀河系全体の知的生命体に対する比率で計算すると、我々は0.0000000...」
「いえ、地球における...」
「失礼、では太陽系に限定した場合、確かに人類は80億で我々は120億なので多数派...しかし、木星のガス状知的生命体が先月1000億に達したという報告が...」
若手社員が収拾がつかなくなると思ったのか、慌てて割り込む。
「あの、地球でのマイノリティとは、主に欧米での人種的少数派のことを示していまして」
Z-34が首を傾げる。
「そうですか。それでは例えば、アジアにおける西洋系の人々は...」
多様性アドバイザーのケイトリンが咳払いをする。
「それは...異なるコンテキストになります」
「現代における多様性とはアメリカや西欧での白人マジョリティへのカウンターであり、今まで虐げられていた黒人や黄色人種の....」
ケイトリンの左翼魂に火が付いたのか説明を始めようとする。
「特定の人種を優先したり、それ以外の人種を区別するのであれば、多様性という言葉と既に大きくずれた政治的意図を持つ言葉のようですね...」
A-3が冷ややかにつぶやく。
「本日は他の方のご意見も伺いたいので...」
企画担当者が慌てて話題を変えた。
Z-34の疑問は深まるばかりだった。
誤算3:思わぬ展開
「では、Z-34様とC-404様の関係性について...」
「はい、上官と下級兵士の関係です」
「いえ、お二人の『絆』についてです。SNSで『ゼトC』という素敵なカップリングが...」
「申し訳ありませんが、我々は非生殖種族でして。生命の継続は分裂による増殖で行い、その際には原子レベルの再構築を...」
「いいえ、そういう生物学的な話ではなく。例えば、階級や性別を超えた深い絆とか...」
「ああ、集合意識のことですね。確かに私とC-404は4200億個の意識を共有していますが」
「もっと個人的な...」
「個人...?申し訳ありません。我々に『個人』という概念は...あ、C-404が今、私の意識に『SOS』というデータを送ってきました」
Z-34が宇宙船の映像を空中に投影する。
するとC-404が熊の家族に囲まれているのが映し出された。
子熊「うまうま!(これ、今食べていい?)」
母熊「うまうま!(お行儀よく順番に食べましょう)」
おじさん熊「うまうま!(年長者からだろ)」
「まあ、なんて微笑ましい光景...種を超えた絆というのは、こういう形で...」
企画担当者の目が輝く。
「いいえ、これは完全な捕食行動です。今すぐに救助が必要で...」
「家族のような絆を結んでいるのですね!」
「ちょっと待ってください。明らかに危険な状況で...」
多様性アドバイザーのケイトリンが熱心にメモを取る。
「種の境界を超えた新しい家族の形...」
Z-34は諦めて通信機を取り出した。
「本部、緊急救助要請を...」
誤算4:脚本会議の暴走
「キャスティングについて、素晴らしいアイデアがあります」
脚本家が目を輝かせながら切り出す。
「Z-34役には黒人のゲイアクティビストを起用します。抑圧された立場から権力に抗う姿を...」
「我々は性別も人種も関係ない種族なのですが...」
「C-404役にはラテン系の若手俳優を。マイノリティとしての苦悩と、上官への秘めた想いを...」
「そして!A-3役には、アジア系トランスジェンダーの新人を。性別の概念を超越した美しさと、内なる戦いを表現できる方を...」
突如、会議室の空気が凍る。A-3の全身が青白く発光し始めた。
「私の存在を...このような浅薄な解釈で歪めるというのですか」
量子分解銃が静かに起動する音が響く。
「これは現代社会を反映した芸術的解釈として...」
一瞬の閃光。脚本家のいた場所に、微細な塵が舞い落ちる。
長い沈黙。
企画担当者が小さな声で。
「では...オリジナルキャストで...」
多様性アドバイザーのケイトリンは、震える手でメモを破り捨てた。
「司令官」とA-3。「母星に報告を。この惑星の知的生命体は、我々の存在を完全に曲解し、自らの都合で歪めようとしています。統一評議会の承認を得て、即座の浄化を...」
「却下する」Z-34は静かに答えた。「彼らの愚かさは理解できなかったとはいえ、一つの種を消滅させるには及ばない」
■最終報告書
「母星の諸君へ。予定されていたWebflix作品は、我々の出演シーンが全てカットされた状態で放映された。理由は『制作上の都合』とのこと。
なお、A-3が企画会議参加者全員の量子座標を記録していることが判明。定期的に彼らの動向を監視しているようだが、今のところ追加の粛清は行われていないと思われる。
ただし、脚本家の突然の『原子崩壊』を不審に思った関係者が、全員転職し、保守派に鞍替えしたとの情報もある。
また、多様性アドバイザーのケイトリンは強制的な画一化手法に非常に興味があるようで、しばしば連絡をコンタクトを取ってくる。多様性という概念を大切にしているのであれば、正反対のアプローチだと思うのだが...
特に理解できないのは、彼らの『多様性』の定義である。チンパンジーとヒトの原子構造の差異は0.01%に過ぎないにもかかわらず、なぜか『多様性』の枠組みから除外されている。一方で、同じヒトの中での微細な色素沈着の違いが重要視される。
地球の『多様性』という概念は、我々の理解をはるかに超えており、こちらを利用して富裕層へのアクセスは難しいようだ。むしろ我々は『完璧すぎる』という新たな差別を受けているのかもしれない。
追伸:帰った時にはC-404と熊だけしかおらず、熊の親戚一同の姿が見えないのだが、何が起きたのか聞けないでいる...また、どことなく熊がC-404に服従しているようだが...
侵略者、地球で詰む んじゃらもん @seiya062009
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。侵略者、地球で詰むの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます