侵略者、熊対策で詰む

「緊急事態発生」


「司令官、スーパーマーケットみのわやに熊が立てこもり、精肉コーナーで試食会を始めたとの報告が入りました」


Z-34は、つかの間の安堵を覚えた。区長選に向けた準備や消防団の訓練、さらには来週の敬老会の段取りに追われる中、ようやく侵略者としての有用性を示せる機会だ。ここで信頼を勝ち取り地方自治から侵略していく第一歩となるだろう。


「早急に向かう」

司令官は操縦席に向かおうとして足を止めた。


「司令官、今朝も差し入れが...」

A-3が申し訳なさそうに報告する。


操縦席は里芋の山。助手席には規格外の大根が積まれ、計器類は朝採り枝豆で覆われていた。後部座席には「形が悪いから」と言って届けられた巨大なカボチャの群れ。床には「今年は不作だから」と箱いっぱいに詰められたキュウリの束。


「このジャガイモは?」


「田中さんの『イノシシが掘り返す前に』です」


「玉ねぎは?」


「鈴木さんの『腐る前に』です」


「なすびダンボール5箱は?」


「『孫が嫌いだから』と佐藤のおばあちゃんが」


「しかも、我々の食事は濃縮液体栄養素のみなのですが...」

母星では固形物を摂取できない体質であることを説明しようとするZ-34。


「あ、山田さんから『今年は里芋が良すぎて』って、また来るみたいです」


「艦内冷蔵システムの容量が限界です」とA-3。

「断る方が申し訳なくて受け取ってしまうんですよね」


Z-34は深いため息をつく。

「何度我々の体が固形物を受け付けないことを説明しても『もったいない』と言われるだけだしな...」


C-404「ゴミ箱の代わりだと思われてたりして…」


現場に急行すると、すでに町内会長が警察や消防と対策会議を開いていた。今朝の草刈りの集合場所でもあったみのわやの駐車場には、三台のパトカーと野次馬が数人。そして、なぜかアップルトゥデイの中継車も。


案の定、クマ特集で視聴率を稼ごうという魂胆だろう。


「熊を追い払うのに宇宙人の力を貸してもらえませんかねぇ」

町内会長が真剣な面持ちで割り込んでくる。


「では、まず外交プロトコルに則り、第一段階としてこの契約書に締結をお願いしたく」

「まあまあ、そんなこと固いこと言わずに」


いつものようになあなあで町内会長に扱き使おうとしてくる。先週は「お茶とお茶菓子」を報酬に、反物質分解装置で空き家を解体。


先月などは、法事で艦内ホログラムに故人を投影する際、「この際だから」と親戚一同の思い出も各人の脳から再現することに。故人は遊び人だったようでロクデモない映像ばかり出てきて、あわや警察沙汰になるところだった。当事者同士が既に歯がなかったので噛みつきも致命傷にならなかったが…


さらに宇宙船は、週末の「みのわやスーパー」への買い物ツアーの送迎バスと化していた。高齢者に好評な「瞬間移動」サービスは、いつの間にか定期運行になっている。


A-3が通信越しに小声で補足する。

「この一件、うまく対処できれば町内での信頼度が増します。できれば動画撮影も行い、SNSでの拡散も視野に入れた戦略的なアプローチを」


C-404も興奮気味に。

「これで区長選は確実ですね!撮影は私に任せてください。最近インスタの使い方も覚えましたし」

「我々は、そんな打算的な考えで動くべきではない。本来の目的は侵略であり、地域コミュニティへの貢献などは」

Z-34が言いかけたが、最近の草刈り当番の出席率の低さを思い出し、黙り込んだ。


「なにより」とA-3が続ける。「このままでは月末のみのわや感謝祭に影響が出ます。婦人会からの信頼も」


「了解した」

Z-34は決意を固める。町の行事を守るため...いや、侵略計画のために、この熊との交渉は成功させねばならない。


誤算1:熊との外交失敗


「こちら帝国軍総司令官Z-34。平和的な対話を...」


精肉パックを豪快に頬張る熊を前に、Z-34は生物間意思疎通量子デバイス(通称:アニマルボイス)を起動した。思っていた以上の巨体に、思わず一歩後ずさる。確かに帝国軍の装甲は高度な技術を誇るが、アルコールで溶けてしまう繊細な皮膚では、爪一発でも致命傷になりかねない。


「本日中に森に戻っていただければ、明日以降、定期的に食料供給システムを構築いたします。具体的には地域住民との合意の下、森の入り口に給餌ステーションを設置し、栄養価を計算した適切な量の...」


「うまうま、なに?」

立ち上がった熊の身長は優に2メートルを超えていた。


思わなぬ体躯にZ-34は恐怖を感じながらも、押し殺して続ける。

「そうですね。代替案として、緊急的な措置を講じさせていただきます。我々の量子保存技術を用いれば、生鮮食品を最大300日保存可能です。その技術を活用し、森の生態系を乱さない範囲で...」


「肉!」

熊が前足を上げた瞬間、Z-34の全身のセンサーが警告を発した。マイナス273度の体温を持つ彼らにとって、この生物の体温ですら脅威だった。


「蜂蜜のような甘い食べ物も含めて、年間を通じた安定的な供給体制を...」

「うまうま違う!肉うま!」


事前に調査分析していた黄色の熊とは大きく趣向が違うようだ。この個体はとてもピンクの兎などと良い関係を保てそうにない。


Z-34は困惑の表情を浮かべる。

A-3が小声で解説を始める。

「アニマルボイスの解析によると、この個体の知能指数は通常の熊の1.6倍を示していますが、時間的概念の理解が極めて限定的です。つまり、明日や年間など時の概念がなく、今しかわからないものと思われます…」


「あ!特上ロース!うまうまうまうま!」

熊は陳列棚の上段まで器用によじ登り、「本日限り半額」コーナーに到達した。


「交渉は無理みたいっすね」

プラスティックケースごと食べながら、満面の笑みを浮かべている熊を見ながら、C-404がつぶやいた。


誤算2:武力行使


「まどろっこしいので、退治しちゃいましょう。制圧用光線銃で...」

C-404が武器を取り出した。


「危険物発見!」

スーパーの警備員が駆けつける。


「いえ、これは熊対策用で、我々は町内会に依頼を受けて対策しているのですが…」

「凶器所持の現行犯確保!」


「しかし我々は宇宙人であり、日本の法律の範囲からは外れており…」

「おまわりさんこっちです!」


A-3がふと疑問に思って町内会長に尋ねる

「実は、腕の立つマタギの田中さんという方がいらっしゃるそうですが、何故その方に依頼しないのですか?」


町内会長が首を振る。

「ダメだよ。先月、隣町で熊を撃ったマタギさんが逮捕されちまった」


「え?町に頼まれて対処したのに、なぜ...」

しかし、その事については誰も答える事は出来なかった。


C-404は手錠を嵌められ、警察に連行されながら、写真を撮ってとジェスチャーをしている。

「司令官、私のインスタ投稿、お願いします。これはバズりますよ」


「もはや思考がインフルエンサーなのよ」

A-3の冷ややかな声が響く。


シーン:緊急連絡網の罠


その時、全員の通信機が一斉に鳴り響く。

「なぜこんなに通信が...」


Z-34が混乱する中、A-3が状況を説明する。

「あの...先日、C-404がホームページを作成したそうで。『宇宙人のお問い合わせはこちら』というページに、通信回線番号を掲載してしまったようです」


「ホームページ?」

「はい。『クリックすると宇宙船が飛び回る』アニメーション付きで。あと、『工事中』マークと訪問者カウンター、『このページは800×600ピクセルで制作しています』という注意書きも...」

「背景は星空のGIFアニメで、BGMは自動再生」とC-404が誇らしげに。

「お問い合わせフォームはまだ作成中なので、とりあえず電話番号を...」


「なるほど、この緊迫した状況で通信するのは、緊急性の高い情報に違いあるまい」


アップルトゥデイの中継を地方局のネットワークで見た視聴者からだろうか。


「はいZ-34です。どうされましたか?」

『命を守る行動を!』

名乗りもせずに開口1番意味不明な事を言ってくる。


「?誰の命をですか?どなたでしょうか?」

『熊さんに決まっています!』


Z-34は声の調子から推測する。40代後半、女性、イントネーションから察するに東京都在住。状況を説明すれば...


「気をつけます。しかし、みのわやスーパーは、この地域唯一の商店でして、お年寄りの買い物には欠かせません。今週末の敬老会の準備もありますし、なにより来月の運動会の景品も全て...そのため状況によっては…」


『命を守る行動を!精肉コーナーに近づかないでください!』

「売り場の商品が無駄になりますし、何より地域のコミュニティの場として地元民にとっては大事な場所でして」

『命を、守って!特売品は諦めて!』

「ですが、毎週水曜日の惣菜半額デーを楽しみにしている高齢者の方々が...また、他のスーパーなどもないため…」

『とにかく!命を!守って!』

Z-34は熊の方を振り向いた。

「むしろ熊の方が話が通じる気がするな...」


その後、次々と新たな着信が。

『大阪ですけど、今すぐ逃げたほうが...』

『神奈川から心配して...』

『埼玉の主婦ですが、スーパーなんて諦めて...』

『名古屋から応援してます!でも命の方が...』


A-3はため息をつきながら、次々と鳴り響く通信を一斉切断した。


「直近5分で28件。全て関東圏以西からです。現場の300メートル以内に住んでいる人からの連絡は、たった1件もありません」


C-404が首を傾げながら。

「なんで同じ人間の暮らしより、熊の命の方が大事なんですかね?地球の倫理がよく分からないですね」


(作者の声:大丈夫です。日本人もわかりません)


誤算4:メディアの暴走


「ちょっと待ってください!」

スーツ姿の男性が慌てて割り込んでくる。

「アップルトゥデイのプロデューサーの山下です。今の会話、熊さんと話せてるんですよね?」

「ええ、まあ。生物間意思疎通量子デバイスを使えば...」

「これは大チャンスです!宇宙人と熊の異種格闘技戦...いえ、歴史的な異文明対談として

熊と意思疎通が出来れば、世界的なスクープ…いえ、熊問題の解決につながるかもしれません」


「いや、我々は熊を山に返さないと…」


「視聴率は確実に取れ…いえ、熊が帰る手助けも出来るかもしれません」

興奮気味のプロデューサーは、すでに電話で指示を飛ばし始めていた。

「照明!カメラ!音声!全部持ってきて!」

「ですが、現状は危険な...」

「熊さん!ちょっとご相談を!」

プロデューサーは、何食わぬ顔で精肉コーナーに近づく。

「うまうま?」

「これ以上の名シーンはありません。歴史的瞬間の演出をお願いできませんか?」

「...うまうまでいいの?」

「はい、それではアクション!」

アップルトゥデイのディレクターが声を上げる。

「もっと激しく攻防を!C-404さん、右に避けて...そう!熊さん、もう少し威圧感を出して...完璧!」

「こ、こんな凶暴な熊は、3000の星系でも見たことが...って、あれ?次なんだっけ?」

C-404が棒読みで演技する。

「カット!もう一度!今度は熊さんが棚を倒すシーンから!」

「うまうまドーン?」

熊が素で聞き返す。

A-3が小声で解説する。

「現在、ライブ配信の視聴者数が10万人を突破。SNSでは...」


『#宇宙人VS熊』

『#かわいそうな熊を追い詰めないで!』

『#スーパーの商品がもったいない』

『#マタギをよべ』

『#宇宙人何で素手(笑』

『#宇宙人は帰れ!』

『#熊の気持ちも考えて!』

『#AI生成乙』

『#Bear vs Alien. Classic.』

『#这就是外星科技?我们早就超越了。』

『#علامة الساعة』

『#우주인도 한국 기원이네』


「あ、熊さん、C-404さんをまだ食べないでください!クライマックスまで取っておいて...」


Z-34は深いため息をつく。

「なぜこうなった...」


町内会長も呆れ顔で。

「テレビもテレビだが、熊も芝居が上手すぎやしないかね。凄い迫力ですよ」


熊はC-404を見つめながら。

「あれ、新鮮、うまそう」


「熊演技だって忘れてませんかね...」

A-3はヨダレを垂らしながら、C-404に距離をジリジリと詰める熊の様子を見ながら、いぶかし気につぶやいた


### 新たな最終報告書


「本部への報告:

熊との交渉は予想外の展開を見せた。


当初は精肉コーナーでの試食会から始まった事態だが、最終的に熊が我が宇宙船の居住区画に移住を決定。理由は『あの青い血の宇宙人がめっちゃうまかった』とのこと。どうやら喧嘩中に齧ったC-404の味が忘れられないらしい。C-404の次の当直表を熱心にチェックしている姿が目撃されている。


C-404は凶器所持の容疑で逮捕。後に外国人無罪?(宇宙人も適用されるのか?)で釈放。


「宇宙の平和のための武器です」という供述が逆に事態を悪化させた。その後、熊との格闘シーン撮影中に齧られ1ヶ月の緊急入院。特殊防護服を着用していたため一命を取り留めた。

そのシーンは地方局ながら高視聴率となり、今もYouTubeでは繰り返し再生されている。


なお、都市部からの『命を守る行動を!』という謎の通達は4時間継続。具体的な指示は一切なし。通信機が使用不能なレベルで混雑している。


私は来週の『熊と人との共生を考える会』の実行委員長に任命された。加えて、移住してきた熊の住民票の件で、役場と協議中。最初の一回の議題は会の名前は熊と人がいいか、人と熊がいいかとなっている。何故関係のない宇宙人が委員長なのかは誰もわからない。


本作戦の中止を進言する。

理由:C-404の警護で手一杯。


追伸:Netflixから『宇宙人 vs 熊 ―境界を越えて―』という企画のオファーが。A-3は監修、宇宙人ヒロイン役として参加を検討中とのこと。

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