侵略者、日本の田舎で詰む

「情報戦での失態は許されない」


帝国軍総司令官Z-34は、作戦会議で厳かに宣言した。前回のメディア戦略の失敗から2週間。彼らは新たな侵略計画を練り上げていた。

「私が『めざまし!ハッピー』で披露した『萌え袖ダンス』は、確かに視聴率20%を記録した。しかし、それは我々の威厳を著しく損ねる結果となった」


通信操縦士A-3が静かに補足する。

「司令官、『紅白歌合戦』の出場オファーも来ております。なお...」と一瞬ためらいながら、「大手芸能事務所からも専属契約のお話が数件...」


「却下だ。我々は侵略者であって芸能人ではない」

やや強めに言い放つZ-34。


「あ!」C-404が突然思い出したように声を上げる。「茂木坂99さんの後田さん出来婚報道出てましたね。司令官が打ち上げで彼氏いないか何度も聞いてたのに地球人は直ぐに妊娠するんですねー」


気まずい静寂が流れた....


「承知いたしました『紅白歌合戦』はキャンセルと,,,」


答えるA-3だったが、通信画面には『天然キャラ覚醒!?崖っぷち番組を救った美人の宇宙人A-3ちゃん持ち歌は可愛くてごめん feat. ちゅーたん』という記事が表示されたままだった。慌てて画面を切り替える。


Z-34は、日本地図を指し示す。

「データ分析の結果、人口500人以下の過疎地域では、町議会議員選挙の当選に必要な票数が極めて少ないことが判明した。我々は、○○県××町を標的とする」

「378人の有権者。高齢化率67%。商店街の空き店舗率82%...まさに理想的な数値だ」

戦略は完璧だった。まず町議会を制圧し、そこから周辺地域へと影響力を拡大していく。メディアの届かない田舎町なら、これまでのような騒ぎにはならないはずだ。


しかし。


■誤算1:早すぎた到着


「宇宙船、着陸準備完了です」

深夜0時、××町の上空。

突如、通信機が鳴る。

「あのー、すみません。夜間飛行は控えていただきたいのですが」

町内会長からの苦情だった。

「最近の若い者は、夜中でも騒いで...昔はこんなことはなかったんですがねぇ」

「実は、我々の船は最新式で騒音は...」

「それに、私の耳鳴りが酷くなりまして」

「データ上では30デシベル以下で、図書館よりも...」

「老人会の皆さんも、夜はゆっくり休みたいと言ってましてね」

「いえ、むしろ木の葉のそよぎ程度の25デシベルしか...」

「昔から、この辺りは静かな町でしてね」

「科学的に計測すると20デシ...」

「まあまあ」

「でも実際のところ...」

「まあまあまあ」

結局、宇宙船は町はずれの休耕田に停泊。世界最新鋭の無音量子エンジンを完全停止して待機することになった。


誤算2:予期せぬ出会い

翌朝5時。作戦開始のため町に向かうZ-34たち。


「まずは、地域住民の信頼を...」

「おや、新しい顔かね?」


後ろから声をかけられる。振り向くと、鎌を持った老人が立っていた。


「今から草刈りだが、手伝ってくれるかね?」

「我々は侵略者であって...」

「は?」

「侵略者なのですが...」

「若い衆が来てくれて助かるわ」

「私は243歳なのですが...」

「は?」

「243歳です!!!!」

「まだまだ若い若い。私なんか95歳だからね」

「あの、聞こえてま...」

「いい天気だねぇ」


次の瞬間、Z-34は鎌を手渡されていた。


■誤算3:止まらぬ付き合い


「お昼ごはんにしましょう」

草刈りを終えたZ-34たちを、老人は自宅に招き入れる。

断る間もなく、縁側に通される。

「あの、我々は...」

「まあまあ」

「おばあちゃん、お客さんよ」

「まあ、どちらから?」

「銀河系アンドロメダ座からですが」

「あら、遠いところを。たくさん食べていってね」

すると、次々と料理が運ばれてきた。

おせち料理なみの三段重。

大皿に山盛りの天ぷら。

二升炊きの炊飯器で炊かれたご飯。

重箱いっぱいの煮物に漬物各種。

さらに奥から新しい重箱が出てくる気配。

「お口は手のひらにあるんですが...」

「そう言えば、うちの息子も東京で変わった食べ方してるみたいで...」

C-404が興味津々で天ぷらを手に取る。

「危険です。地球の食物は我々の体には...」

A-3の制止も空しく、すでに口に運んでいた。

「うま...げぶっ!」

青白い煙を吐きながら倒れるC-404。

「あらあら、天ぷらが冷めちゃったかしら?新しいの揚げるわね」

「いえ、そもそも我々は地球の...」

「あと、隣の家でも昨日タケノコ掘れたから、持ってくるわね」

「漬物も足りないかしら」

「お隣さんちの梅干しも取ってきましょうか」

その日からC-404の悲劇は続く。

翌日は「うちの特製こんにゃく」

明後日は「手作り味噌」

一週間後には「年越しそば(6月なのに)」

救急搬送の度に、おばあちゃんたちの差し入れが病室に届く。

「具合が悪いなら、もっと食べて元気出さないと」

Z-34は報告書に記す。

「C-404、本日9度目の救急搬送。原因:ばあちゃんの愛情過多」


■誤算4:村の歓待

その日の夕方。

緊急搬送されたC-404の様子を見に行こうとするZ-34たち。

「おや、もう帰るのかい?」

「これから病院に...」

「その前に、今日は隣の家で法事があってね」

「しかし...」

「みんな楽しみにしてるんだ」

「では30分だけ...」

結局、深夜まで宴会は続いた。

翌日も法事。明後日も法事。一週間、法事の日々が続く。

病室のC-404のもとへ、毎日差し入れが届く。

「お通夜のおさがり」

「法事のお膳の残り」

「お布施返しのお菓子」

「おばあちゃんたちが、元気出してって」


看護師が笑顔で差し入れを置いていく。


「げぼぉ...」


青ざめた顔で横たわるC-404。

そこへ新たな差し入れ。


「今日は隣町のお寺の法要で、お赤飯が余ったから...」


Z-34は追記する。

「C-404、本日12度目の救急搬送。

原因:精進料理による胃の暴走。

お布施返しの落雁を食べた途端、船の制御システムと同じ青い煙を吐き始めた。

悪いことに、看護師から『お寺の後継ぎにピッタリね』と期待の声も。

このままでは僧侶に...」


■誤算5:選挙戦の誤算


ようやく選挙活動を始めようとした矢先。

「あら、Z-34さん。選挙に出るの?」

「はい、町議会を制圧...いえ、立候補させていただく予定で」

「でも、まずは消防団に入らないとね」

「消防団?」

「うちの町じゃ、消防団に入ってない人は議員になれないって言われてるの」

「実は我々の宇宙船には最新の消火設備が...」

「まあまあ」


「火災を10秒で鎮火できる量子消火システムが...」

「そういう話は若い者同士でするもんじゃない」

「データ上の消火能力は従来の1000倍で...」

「経験と勘。これが消防の基本だからね」

「効率的な消火のために...」

「はっはっは、若いねぇ」

「私は宇宙人なのですが...」

「まあまあ」


翌日から消防訓練が始まった。

バケツリレーの列に並ばされるZ-34。

「我々には重力制御装置が...」

「まあまあまあ」


■新たな最終報告書


「母星の諸君。我々の選挙戦略は、予想外の展開を見せている。

現在、私は消防団、草刈り隊、地区の防災委員、お寺の総代、そして来年度の区長に推薦されている。

C-404は病院から退院後、毎日将棋を教わっており、A-3は地方局の番組アップルトゥデイのレポーターになってしまった。


本部への提言:当面の侵略計画中止を具申する。

理由:町内会の役員改選が終わるまで身動きが取れない」


■週次MTG


Z-34:「ところで、この町の高齢化率67%という数値は看過できない。まず、公共交通機関の整備から着手すべきだ。バス停までの距離を最適化し、高齢者の移動負担を38.2%削減する」


C-404:「あ!移動手段ですよね!この町にもLUUP置きません?」


A-3:「......高齢者がLUUP運転できますかね......人より猪の方が多い町で採算が取れると思えませんが....」(呆れた表情)


Z-34:「次に、空き家率82%の改善プラン。古民家を活用したコミュニティスペースの設計図をすでに...いや、違う。本来の目的は...」


Z-34:「そうだ、商店街の活性化も必要だ。シャッター街を量子テクノロジーで...」


A-3:「司令官、侵略計画の進捗報告を」


Z-34:「ああ、集会所の雨漏り対策を最優先で...」


A-3:「...」(深いため息)


Z-34:「あと、お年寄りの見守りシステムも構築しないと」


A-3:「...もう、いいです」

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