我が名は皇帝
藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中
我が名は皇帝
「長かった……」
満身創痍のわたしは最後のポーションを飲み干した。
体中に活力がみなぎり、傷は癒え、疲れも消え去った。
「この状態で最終フロアを攻略できるだろうか?」
このダンジョンは30階層からなる。次が最終フロアの30階だ。
そこにはラスボスのミノタウロスがいる。
ソロ攻略に挑む私はバランスの良い魔法剣士だが、戦闘中に回復魔法を使う余裕はない。回復はポーション頼みなのだが、そのポーションがたった今なくなった。
そうかといって、地上まで戻るのも厳しい。魔力ポーションはとうに使い切ってしまったのだ。
「フロアボスのボーナスドロップ次第か」
29階のボスともなれば、ドロップ品も高級だ。強力な武器か、優秀なスキルを手に入れればラスボスに対抗できるかもしれない。
期待する私の目の前でボスの死体が消え、後にドロップ品が現れた。それは黄金色に光る木の実だった。
わたしは光る木の実を手に取り、早速鑑定した。
<スキルの実:召喚術>
「おおっ! これは当たりじゃないか? 強力な従魔を呼べればラスボスに勝てるかも!」
はやる気持ちを抑えて、わたしはスキルの実を飲み込んだ。体の中心に力がみなぎり、心臓の位置がまぶしく光った。
<スキル「召喚術」を取得しました>
脳内にアナウンスが流れる。
「よし! 召喚術の詳細だ」
わたしはステータスボードを呼び出し、召喚術の項目を詳しく調べた。
『召喚術:MP100を消費して従魔1体を呼び出せる。召喚時間は3分間』
MP100か。わたしのMPはMAXで108だから、ほぼすべてを消費することになる。
「これだけのMPを使用するのだから、呼び出せる従魔は相当強力なはずだ」
わたしはさらに従魔の項目を開いた。
『召喚獣:皇帝。その名にふさわしいプライドと、高潔な人格を持つ』
「ふうん。『皇帝』かぁ。強そうだけど、種族とか能力は教えてくれないのか」
こっちは命を懸けようとしているのに、情報が少なすぎる。
「ラスボス戦の前に試したいけど、そうしたら本番でMPが足りなくなる。一発勝負かぁ」
詳細のわからない従魔に最後の戦いを預けることになるとは。
わたしは運を天に任せることにし、30階への階段を下りた。
階段から足を踏み出すと、なんとフロア全体がボス部屋だった!
体育館のようにだだっ広い部屋の真ん中に、ラスボスであるミノタウロスが佇んでいる。
「くそっ! 行くしかないか。皇帝を召喚するのは最後の最後だ。それまでとにかくミスをせず、ミノタウロスのHPを削る」
わたしは両手剣を頭上高く振りかざし、渾身の力を籠めてミノタウロスに斬りかかった。
「GgMooooW!」
真っ赤に燃える眼を見開き、ミノタウロスは雄たけびを上げた。
1秒1秒気が抜けないラスボス戦が始まるのだ。
……。
「はあ。はあ……。まだ、倒れないか?」
ミノタウロスのHPバーは細い線のようになり、あと一撃で倒せそうだ。だが、その一撃を出す力がわたしには残っていなかった。
「こうなったら皇帝を出すしかない。召喚! 皇帝!」
目の前がまばゆく輝いた。現れたのは――。
「我は皇帝なり。いざ、主人のために戦わん!」
勇ましいセリフを吐いてポーズを決めたのは、1羽のペンギンだった。
「いや、皇帝って皇帝ペンギンかよ!」
到底強そうには見えない。ステータスを確認してみると――。
「えっ? つよさ1、すばやさ1、頑丈さ1? 雑魚じゃん!」
わたしは皇帝を鑑定し、能力の詳細を調べた。
「魔法:なし。スキル:念力(小石を動かせる)だって? 使えね―!」
他に何かないのか?
「特殊スキル:残業。残業って何だよ?」
『残業:消費MP8。帰還後、1分以内にもう一度呼び出すことができる。呼び出し時間は10秒』
「何それ? 能力強化とかないの?」
それ以上は何もなかった。
「もういい。とにかく戦え! ミノタウロスを倒せ!」
「承知!」
皇帝はキリリと表情を引き締め、ミノタウロスに突進した。
秒で吹っ飛ばされた。
「無念……」
皇帝は光の粒となり消えていった。
「もうだめだ~。くそ、何か手はないか? あ、『残業』がある」
わらにもすがる思いで、わたしは叫んだ。
「残業! 皇帝、召喚!」
再び目の前が光り、皇帝が現れた。むっ? 何か違うぞ?
「黒皇帝参上!」
全身が黒くなっただけだった。能力は相変わらずカスだ。
「GmOOOOw!」
ミノタウロスは大剣を振り上げ、黒皇帝に叩きつけてきた。
「無駄無駄無駄―! 念動力!」
その瞬間、ミノタウロスは動きの途中で固まり、白目をむいてぶっ倒れた。
「えっ、何? どうやって倒したの?」
「ふん。奴の心臓をちょっと捻ってやっただけだ。死因は心筋梗塞だな」
悪い顔をして黒皇帝は笑った。こいつ根性までブラックになってやがる。
黒い光の粒となり、黒皇帝は消えた。
「残業ってこういうことか。やっぱりブラックには過労死がつきものだな」
俺は就職先にはホワイトな職場を選ぼうと心に決め、地上にワープした。
(完)
我が名は皇帝 藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中 @hyper_space_lab
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