第14話 魔族と乙女と嘲笑

西の森には小さな村がある。

ウエストビレッジと名付けられているその村は、林業と少しの農業を行いながら生計を立てている村だ。500人ほどの集落であり、彼らが育て伐採された木々は帝国全土へ輸送され、紙や家具などの材料として使われている。


帝国にとっては重要な拠点となるそんな小さな村で今、魔王軍が残虐の限りを尽くしている。



「お前たち!1人残らず逃すなよ!全員殺すのだ!」



短めの赤毛と特徴的な一本のツノを頭に携え、露出が多めの鎧を纏った女魔族がそう指示を出す。その指示に従い、下級魔族や魔物たちが逃げ惑う村人たちに襲いかかっていく。一人、また一人と凶刃凶牙に沈む村人たちを見て、ご満悦な様子の女魔族はさらに高く笑う。



「魔王様は負けてはおらん!必ずや復活を遂げられる!それまでは我らで、憎き人類の数を減らしておくのだ!」



大笑いしながら、部下たちが村人を蹂躙していく様子に満遍の笑みを浮かべる女魔族。ふと向けた視線の先には、必死に逃げる少女の姿がある。彼女はそれを見てニンマリ笑うと、ゆっくりと少女の方へと歩き出した。



少女は必死に走り続けていた。

父が突然逃げるぞと言い出し、焦る表情の母に手を引かれて家を出ようとした矢先、村に魔物たちが押し寄せてきた。1人の騎士が村を守ろうとして、勇敢にも魔物たちの前に立ちはだかった。だが、善戦するも虚しく、後から来た女の魔族が彼の命をいとも簡単に刈り取った。

一気に雪崩れ込んできた魔物たちに村の人たちは次々と襲われ、気づけば手を引いていた母も父もいない。それでもなお、逃げ続けるのは父の最後の一言が耳に残っているからだ。


ーーー逃げろ……


父が最後に残した言葉。自分はそれを守らなければと言い聞かせ、涙を何度も拭いながら走り続けた。村の中は魔物だらけで、どう逃げていいかもわからない。どこか隠れられる物陰がないかと、必死に探してひた走る。


すると突然、目の前に突如現れた太い何かにぶつかって、その拍子に尻餅をついた。ぶつけたおでこの痛みに耐えつつ、視線を上げると目の前には笑う女魔族の姿がある。


なす術はないと悟り、怯える少女。対して、女魔族が笑いながらこう告げる。



「お前たちは豚だ。我らの家畜なのだ。脆弱で臆病でなんの力もないくせに……この世界に蔓延る害虫め!誰が逃げていいと言った!」



醜悪な笑みを浮かべながらそう豪語する女魔族に対して、少女には耳を押さえて塞ぎ込むしか手立てはない。怯えて丸くなる少女に女魔族は「雑魚が。」と吐き捨てると、鋭い爪を携えた右手を振り上げた。



「光栄に思えよ!我らの糧となれることを!!」



そう叫んで右手を振り下ろす。が、その瞬間、彼女にとって理解できないことが起きた。振り下ろした右手が空を切ったのだ。確実に小さな命を刈り取ったと思ったのに。紅く美しい鮮血と肉塊が目の前に転がるはずだったのに。

だが、まるで狐にでも化かされたかのように、そこには何もない。



「なんだ……?いったいどこへ……」



あんな脆弱な生き物に自分が遅れをとるはずもない。こちらが反応できない速度で逃げるなどできるはずがない。そう信じてやまない女魔族は、目の前で起きた状況を理解できずに混乱する。すると、後ろから突然見知らぬ声が聞こえてきた。



「弱いのぉ。魔王軍と言ってもこんなもんかのぉ。双丘を持つ娘っ子が1人もおりゃせん。男や雄ばっかで本当につまらんつまらん。」



そんなふざけた言葉が耳を突き、女魔族は我に返る。そして、すぐさま振り返ると、先ほどまで暴れていた魔物たちが全て倒されており、自分の前には先ほど殺しかけた少女と手を繋いでいる1人の老人が立っていた。



「な……なんだこれは……」



あれだけ大暴れしていた魔物たちが、全て動かぬ骸と化している。しかも、よく見れば一体ごとに丁寧にも急所をひと突きか、もしくは斬り落とされているのだ。



(まさかこいつが……!?)



そう疑心暗鬼に陥るも、女魔族はすぐに首を横に振った。こんな古びた人間にそんな力がある訳がない、と。だが、そうなると今度は、部下たちを死に追いやったのはいったい誰なのかという疑問が再び湧き上がってくる。その疑問を拭うように、彼女は目の前の老人に問いかけた。



「お前……何者だ……?いったいどうやってここへ来た。」



だが、その問いに対する老人の答えは嘲笑。「お前のような輩に名乗る名などない。」と笑って切り捨てた。もちろん、女魔族はそんな老人の態度に激昂する。羽虫のような存在に舐められた態度を取られたことが、彼女のプライドに触ったのだ。女魔族がふざけるなと声を荒げ、空間ごと薙ぎ払うように右手を振る。すると大きな衝撃波が巻き起こり、老人と少女がいた場所ごと全てが吹き飛んだ。



「クハハハハ!なんと脆弱な存在か!!」



人間風情が何を偉そうに。嘲笑はこちら側がすることであって、お前らがするなど傲慢にもほどがある。そう言わんばかりに女魔族は大きく笑う。だが、巻き上がった砂埃が落ち着に初め、視界が良好になると老人と少女の姿はどこにもないことに気づいた。吹き飛ばされて粉微塵になっていたとしても、血肉の跡くらいは残るはずだ。なのに、そんな痕跡はいっさい見当たらない。そのことが彼女の不安を駆り立てた。



「な……?!どこだ!どこへ行った!!」



辺りを見回しても、2人の姿はどこにも見当たらない。だが、気配を探ってみると、ある家屋の中に小さな反応を見つけた。おそらくそれは先ほどの少女のもの。あの老人がそこへ連れて逃げたということか。



「こしゃくな……」



そう思い、まずは少女のところへ向かおうと踏み出したその時だ。胸部に違和感を感じて視線を落とすと、背中から抱きつく形でしわくちゃな人間の手が自分の胸を掴んでいることに気づく。それはただ掴んでいるわけではなく、一本一本が意思を持っている生き物であるかのように、十指全てが満遍なく動いている。卑猥な動きで、まるでその感触を確かめるように。



「◎△$!!×¥●&%#?!」



言葉にならない叫びを発しながら、女魔族は老人を振り解こうと体を思い切りよじり暴れる。が、すでに老人は自分の背におらず、気づけば目の前に立っている。



「良い双丘を持っているからどんなもんかと思ったが……硬くてひとつも心地よくないのぉ。本当に期待外れじゃ。」


「き……貴様……!!やっていいことと悪いことがあるだろ!!」


「ん……?なんじゃ?恥ずかしかったのか?魔族とはいえ、乙女は乙女じゃったか。」


「なにを…………っ!?」



少し顔を赤らめながらも反論しようとした矢先、目の前の老人から今まで経験したことがないほどの威圧感を感じて息を呑む。



(なんだこの覇気は……!?こんな老人が……まさか!)



頭で否定していても、体は正直だ。まったく動かすことができずにいる。まさかこんな老体が放つ覇気に自分が当てられたのかとショックを受けるが、それ以上に彼が浮かべる醜悪な笑みを見て、女魔族は生まれて初めて背筋を凍らせた。

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このジジイ、最強につき! noah太郎 @satomimi

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