第13話 自信と怒り

西の城門を抜けるとすぐに広い平原に差し掛かった。背の低い草が一面に広がっている平原の間を一本の街道が走っている。俺はその街道に沿って平原を一気に駆け抜けていく。視線の先には大きな森が広がっている。あれがさっき兵舎で聞いた西の森なのだろう。


と、森と平原の境辺りに辿り着いたところで、俺はふと足を止めた。



「そういえば、魔王軍の詳しい所在を聞いとらんかった……」



かなり重要なことに気づいてしまった。信仰心が昂ったあまり、奴らの詳しい居場所を聞かずに出てきてしまったのだ。遠目からでも広い森だと思っていたが、近づいてみればその大きさを改めて実感させられる。こんな広い森の中で魔王軍を一人で探さなければならないのかと考えると、うんざりするほどに。そういえば、先ほど西の城門にアリシアの姿を見た気もするが、その時にちゃんと聞いておけばよかった。



「ちゃんと聞いてから出発すればよかったのぉ。このまま、まっすぐ進めばいいんじゃろうか……。」



そう嘆いていても、戻って確認している暇はない。魔王軍の残党はすでに目と鼻の先まで来ているという話だったはずだ。

しかし、それにしてもどうしたものか。ウロウロと当てもなく探し続けたとして、もし魔王軍とすれ違ってしまったら奴らが街に辿り着いてしまう可能性もある。そうなれば、エマたちに危険が及ぶ。それだけは絶対に避けねばならない。かといって、効率よく奴らを見つける手立ても浮かばない。



「念じるだけで奴らの居場所がわからんもんかのぉ。」



そんな風に簡単に解決するなら願ったり叶ったりなんだが、そんな便利な力が俺にあるわけもない。そうため息を吐きつつ、悪戯に瞳を閉じて意識を集中してみると、頭の中で自分を中心に円状の何かが広がっていく感覚を覚える。



「そうそう……こんな感じで潜水艦のソナーみたいにのぉ。」



一人でボソボソと呟きながら、少し集中力を高めてみると、頭の中である程度の大きさまで広がった円状の何かの上で、赤く光る無数の反応を確認する。その光の点はいくつかばらけて動いているようにも見える。



「そうじゃ……こんな感じで反応があってなぁ。」



無数の反応の中にはひとつだけ紫色の反応があった。それを中心に赤い点が散らばりながらこちらに向かってきているが、紫の点といくつかの赤い点はその場に留まっているようにも見える。方角にして、ここから西南西に800mほどの位置だ。



「なぁんて力があったら最高じゃのぉ。」



俺は目を開けてそう笑うが、ふと今の感覚のおかしさに気がついた。



(いや待て……そうだ、何かがおかしい。今、俺が感じたのはいったいなんだ?探知機が頭の中にあるような……)



想像でも妄想でもなく、確実に魔王軍の位置を把握できている感覚。そのことに驚いて、もう一度目を瞑って意識を集中させる。すると、やはり頭の中で禍々しい反応をいくつか感じ取ることに成功する。そのことについつい言葉が溢れて出てきてしまう。



「……て、できちゃうんかぁ〜い!!」



ついついツッコミを入れてしまった。だが、誰も聞いていないところで自分自身にツッコんでも、寂しさと肌寒さしか感じないので、すぐに気持ちを切り替えることにする。

いったいこの能力が何なのか。それにどうしてこんなことができるのかもよくわからないが、それはそれでこれはこれ。奴らの位置がわかったのなら話は早い。さっさとまとまった反応があった方角へと向かおう。


そう考えて駆け出した直後のことだった。



「だ……誰か!たっ……助けて!!」



森に入った途端、悲痛な叫び声が耳に届く。とっさにそちらの方へ視線を向けると、巨大な獣の魔物に襲われている女性が視界に入る。そして、その姿を捉えた瞬間、俺は無意識に魔物へ斬りかかっていた。


女性に向けられた巨大な凶爪。それが彼女に当たる寸前に瞬時に魔物の腕を切り落とす。呻き声をあげて怯んだ魔物の体が一瞬硬直する。その一瞬を見逃すことなく、俺はそいつの首を切り落とした。首をなくした魔物はドバドバと血を流しながらその場に沈む。



(え……なにこれ!わし、怖っ!)



無意識に体が動いてしまったが、目の前に転がる魔物の死骸を見てそう思った。いくら女性が襲われていたからとはいえ、こんなに凶悪で強そうな魔物をいとも簡単に屠ってしまった自分の実力に少しばかり恐怖を感じる。これが大将校まで登り詰めたという自分自身の力なのか。だが、自分に対する恐怖の中で、少しばかり自信が芽生えた気もした。

それに加えて、この剣の斬れ味も相当なものだ。こんなに太い魔物の首や腕を簡単に落としてしまうのだから。ミスリル製の刃を杖にしまいながらそんなことを考えつつ、助けた女性のもとへと向かう。



「あんた、大丈夫かぇ?」


「は……はい、大丈夫……です。」



座り込んだ女性に近づいて声をかけると、なんとか正気を保っているように見えた。彼女は俺の声を聞き、自分の命が救われたことをすぐに理解して大きく息をつく。その双丘はなかなかのもので、救ってよかったと改めて思う。



「お前さん、どうしてこんなところにおるんじゃ。」


「じ……実は、数刻ほど前に魔王軍がこちらに向かっていると騎士様が忠告に来てくださったんです。なので、村の全員ですぐに逃げようとしたんですが……思っていたよりも魔王軍の動きが早くて、逃げ出す前に村は魔王軍に襲われてしまって……」



女性は涙を浮かべて答えた。

村に来たのは斥候を担当していた騎士。彼が村に避難を促しに来た直後に魔王軍の襲撃を受けた。村は混乱し、散り散りに逃げているうちに彼女は村の外に出てしまっていたという。それを聞いて、俺は赤い光の反応が散り散りになっていた理由を理解する。あれは逃げ出した村人を追いかけていた魔物たちの反応だ。そして、奴らは紫色の点を中心に動いていた。ならば、その紫の点が上級魔族である可能性が高い。


本来ならば村人たち全員を助けてやりたいところだが、魔物の数は相当なものだ。一人一人助けに行っていては魔王軍の本隊が街に辿り着いてしまう可能性がある。それほどまでに時間的な猶予はない。どちらも尊い命に変わりはないが、俺一人で救える命は限られている。どちらを優先すべきか考えた俺は、今は敵軍の大将を落とすことだと判断する。



「そうじゃったか。その村とやらはこっちの方かぇ?」



我ながら厳しい判断をしたと思うが、その問いにこくりと頷ずくだけで彼女も何も言わない。それは、彼女自身も散り散りになった村の仲間たちがもう助からないと理解しているのかもしれない。もちろん、彼女の瞳には悔しさが滲んでいる。俺自身、それほど罪悪感は感じていないことに少し驚いたが、多くは語らずに彼女には街の方へ逃げるように伝えた。その代わりに村の詳しい位置を聞いてみると、先ほど感じ取れた魔王軍の位置とおおよそ一致していることが確認できた。



(魔王軍……なんちゅう見境のない連中じゃ。)



胸の奥に向ける先のない怒りを感じながら、俺は村へと急いだ。

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