40(終) 怪力亭

 ラケル姫を助け出したという栄誉を、カイルはジュリアスに譲った。

 仮にカイルがラケル姫を助け出したと言ったとしても、カイルがラケル姫と結婚する目はないからだ。

 ラケル姫が騎士団を盗賊に仕立てて狂言を打ったのも黙っておくことにした。

 もちろん悪いことだとラケル姫はちゃんと分かっているが、それでも姫君という立場上、変な過去がついて回るのはよくない、とジュリアスが判断したのだ。

 そしてそれを知っているラケル姫付きの騎士団員は、一人も生きていないのである。


 冒険は終わりだ。

 ラケル姫は笑顔でイルデルベルトの城に帰っていった。

 ジュリアスも一緒だ。

 カイルは、ジュリアスにならラケル姫を譲って構わないな、と思っていた。

 それくらいジュリアスを信頼していたし、似合いの二人というやつだと思っていた。

 城下町で二人を見送り、カイルはイルデルベルトの門で、シンシスに帰るターニアと話をしていた。


「カイル、わたし本当にシンシスに帰っていいの?」


「ああ。帰りたいだろ? 神官も変わったって聞くし、いいんじゃないか?」


「そう? 確かに帰りたいけど……」


「おう。いろんな人が、ターニアが帰ってくるのを待ってる。そんで、俺たちのことをみんなに話してくれ。俺のことを、村のひとがふさわしいって判断したなら、俺はターニアを迎えにいくよ」


「……ばか」


「なにがばかだ?」


「どうやって知らせるの。わたしも村のみんなも、読み書きができないのよ。手紙なんか出せないわ」


「……そうか。そうだった……」


「それに、村のひとたち、わたしとカイルと結婚するのに反対するわけないじゃない」


「……そうなのか?」


 ターニアは花が咲くような笑顔で、三つ編みにした髪をいじった。


「だってカイルはわたしを助け出してくれたんだもの。つまり村のみんなを助けてくれたのと同じよ。ね?」


「それもそうか。そうだな……でもいま手元には店舗兼住居の家賃と食材の代金しかない。結婚式を挙げるには手持ちがないんだ」


「じゃあ、すっごく立派な式を挙げられる貯金ができたら、そのとき迎えにきて。楽しみに待ってるから」


「おう。立派な式ってどれくらいだ?」


「そりゃもう、イルデの姫とファサラスハルトの王子の婚礼と同じくらい豪華な式」


「……それは無理だな」


「冗談よ。……カイル、顔になにかついてる。とってあげるわ」


「え?」


「ほら、少しかがんで」


「お、おう」


 ターニアは、カイルに優しく口付けをした。

 カイルはびっくりして飛びのく。唇の柔らかな感触が残っている。


「じゃあね! 待ってる!」


「お、おう!」


 ターニアは街道に出ていった。ときどきカイルのほうを振り向くので、カイルは全力で、大きく手を振り続けた。


 ◇◇◇◇


「料理と酒 怪力亭」


 業者に頼んで書いてもらった看板が出来上がった。早速店の前に出す。

 きょうの夜からカイルの食堂「怪力亭」の営業が始まる。仲卸業者に頼んで取り寄せた新鮮な海の幸は、ぜんぶ一度凍らせて、ファサラスハルト風の生魚料理にして出す。イルデの人間には生魚料理はなじみが薄いので、表面を軽くあぶって提供するつもりだ。

 うまいブドウ酒も吟味して選んだ。ふつうの食堂の値段で宮廷料理風のものを出すのが自慢の店、というのが「怪力亭」のコンセプトだ。

 オルトからタルで取り寄せた豆油もある。あとは仕込みをして、開店の時間を待つのみだ。

 カイルは騒がしい大通りに一歩出た。


 たくさんの騎士が、通りに張ったロープに緩みがないか、武器を持った人間はいないか、確認して回っている。

 きょうはラケル姫がファサラスハルトに輿入れするための行列が出発する日だ。

 そのめでたい日を選んで「怪力亭」を始めるのだ。きっと繁盛するだろう。

 次第に大通りに人が増えてきた。そろそろ輿入れ行列が出発するのだろう。カイルは開店の支度をすることにした。


 製氷箱から魚を取りだし、解けたところで三枚に下ろす。火で身をあぶってから薄く薄くそいで、皿に盛りつけ製氷箱に入れておく。生魚料理は鮮度が勝負だ。

 続いて紺ナスや秋のイモ、硬瓜といった秋野菜を下処理する。煮えにくい硬瓜から鍋に入れる。水と豆油、酒、そういうもので味をつける。

 宮廷風秋野菜の煮込みだ。これも料理長に教わった料理である。

 大通りからざわめきが聞こえてきた。

 輿入れ行列が出発したのだ。

 ラケル姫の幸せを願いながら、カイルは料理をする。

 誰かがおいしいと食べてくれるものを作る。それがカイルの、いまいちばん成し遂げたい夢だ。

「よし!」

 カイルは鍋のスープを味見してみる。うむ、うまい。

 輿入れ行列が通り過ぎたらしく、人が大通りから路地に戻りつつあるようだ。


「怪力亭、本日オープンです! うまい肴にうまい酒、ぜんぶ銅貨でお支払いいただけます!」


 そう声を張る。雑踏のむこうで何人かが反応した。


「お? 新しい料理屋か?」


「ぜんぶ銅貨で払えるなら一杯飲んでくか。めでたい日だしな」


 数名の客が、ふらふらと店に入ってくる。


「へいらっしゃい! きょうのメニューは秋野菜の煮込みと魚のファサラスハルト風です!」


「おお、ファサラスハルト風の料理があるのか。どっちももらうよ。それから酒も」


「かしこまりました!」


 カイルは手早く魚料理と秋野菜の煮込みを出す。魚料理には白ブドウ酒が合う。

 ラケル姫の白ブドウの味を思い出して、ちょっとせつなくなりながらも、食卓に料理を給仕する。


「へえー……ファサラスハルトじゃ魚を生で食べるのか。あんちゃん、これ中ったりはしないのか?」


「製氷箱できっちり凍らしたんで大丈夫ですよ!」


「どれどれ……おお、うまい。このタレはなんだい?」


「オルト名産の豆油です。ファサラスハルトだと魚醤で食べるのですが、それより豆油のほうがイルデの人間にはよさそうなので」


「へえ……ぷるぷるしていてとてもおいしい。ブドウ酒とよく合う」


「ありがとうございます」


 カイルはしたり顔になった。

 秋野菜の煮込みも好評だ。硬瓜を入れて煮たので淡い黄色の汁になっている。


「この硬瓜は口に引っかからなくてうまいな」


「面取り、というやり方で処理していますので、皮が口に引っかからないんです」


「へえ……兄ちゃん、気にいったぞ。近いうちにまた来るよ。酒おかわり」


「うぃっす」


 酒を注ぐ。


「おおーいカイル。やっとるか」


 ……神だ。近くの飲み屋から連れてきたらしい女の子をたくさん従えている。


「どうぞ、空いている席におかけください。本日の献立は魚のファサラスハルト風と秋野菜の煮込みです」


「うまそうじゃの! みんな腹いっぱい食え、わしが払う」


 女の子たちはおいしいおいしいと食事をしている。神もモグモグと幸せな顔。

 こりゃ早くターニアに来てもらわないと仕事が回らんぞ、とカイルは思った。(了)

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怪力料理人の冒険 金澤流都 @kanezya

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