第5話(最終話) ❤❤❤


 幼少期の私はパッとしない容姿にパッとしない家柄。ただ、男爵家の娘にしては魔力が割と高く、本を読んだり勉強するのが好きだった。だからお父様は長所を伸ばそうと魔法の教師を雇ってくれたの。その通いで週一回我が家に来ていた魔法教師の、弟子として付いてきていたのがシド。


 彼と私は一緒に魔法の訓練をして、それが毎週の楽しみだったけれど、大体私の方がちょっぴりだけ彼に勝っていた。そうなるといつも彼は顔を真っ赤にして涙目で怒っていたっけ。


「覚えてろよ! いつかお前なんて足元にも及ばない大魔術師になってやる! そしたらお前は一生俺のそばに居るんだからな!!」


 彼がワーワー言うのを「そうね」とあしらいつつも、自分のパッとしない容姿ならどこかに嫁入りするより魔法を磨いて魔術師になるのも悪くないな。大魔術師の弟子になれるならもっと良いなって思ったような気が……え、あれが、まさか?


「もしかして、大魔術師になったら一生そばに居ろってプロポーズの意味だったの!?」

「他にどんな意味があるんだよ!! それなのにパメラが急に魔法の勉強はしないとか言い出して、髪の色も態度もガラッと変わっちまったからおかしいと思ったんだよ」

「ああ……」


 私が高熱を出して寝込んだ後、急にふわふわと意識が雲に包まれたように柔らかく、夢見心地になった。自分の意思で自分を動かせないところなんて夢とそっくり。

 そして私は魔法の家庭教師を断り、代わりに淑女のマナー教師を雇うようにお父様に懇願し、ドレスやメイクで自分を着飾るようになった。喋り方も語尾を伸ばし、男性には「さしすせそ」を多用していた。まるで人が変わったように……って本当に中の人がサキュバスに変わっていたのだわ。


 魔法教師を解雇したせいで私とシドの接点は完全になくなった。その間彼は魔法の勉強に更に熱心になり、隣国に留学できるようにまでなったそう。

 この国で勇者が魔王討伐後に王家に嫁入りしたように、隣国では勇者パーティの魔術師が王家に入った事で、以後魔法国家となり魔術が非常に盛んになっている。シドはその中でもめきめきと頭角を現し、遂に先代の魔法卿であるクラフト様の養子になったのですって。元平民としてはとんでもない出世だわ。……ただし。


「俺が独身のままだったら、王女を嫁に貰えとしつこく言われてな」


 なるほど。もしも魔王や魔族が復活した時の為に、隣国の王家も魔術師の血を絶やさぬよう、そして優秀な魔力を持つ人間を王家に取り込もうとしているわけね。


「だからパメラにもう一度プロポーズしようとこちらの国に来てみたら、まるで別人みたいに……その、綺麗になってるし」

「え」


 彼が顔を真っ赤にして口ごもるのを見て、私の顔もカッと熱を帯びた。


「でも喋り方も、話す内容も変わっていて。まるで本当に別人で俺の好きなパメラじゃなかった。男と見ればを作るし、男たちも次々と君に夢中になるから何かが変だと思って養父オヤジに訊いたんだ。そしたら百年前のサキュバスの文献を見せてくれて、特徴が似通っているとわかった。でもそれだけじゃ何の証拠にもならないし、隣国の俺がヘタに君に手を出せば国家間で問題になる」

「だからグロリア様の協力を得たの?」

「まあ、正確にはパメラを遠くから見ながらヤキモキしていたら、グロリア嬢の方から声をかけられたんだがな。彼女の婚約者であるキース殿下と君が親しくしていて困っていると言われて、こちらも情報を開示した。それで君の中のサキュバスの狙いがわかったんだ」


 私はふうっと息を吐いた。


「……聖剣ね」

「そうだ。グロリア嬢を蹴落とし、君が王太子殿下の妃になれば聖剣を壊すか捨てるチャンスができる。そうなれば魔族たちは一気に勢力を取り戻すだろう」

「ええ。そうでしょうね」


 だから私は夢見心地で、キース殿下をどうしても手に入れたいし、手に入れれば素晴らしい未来が待っているとのか。

 彼は左手の中指に嵌めた指輪を見せる。


「これはオヤジに貰った魔力蓄積の魔道具だ。ここに魔力を貯めれば通常の倍の強さの魔法を一度だけ放てる。それでグロリア嬢の護衛に扮して君を捕まえた時に、魔力を放出してサキュバスの魔力をほとんど削った」

「ああ、あの時!」


 私の頭に白い世界が広がり、様々な景色が見えたのはその影響だったのね。


「君はそれで正気に戻り、グロリア嬢に謝罪を始めた。ほっとしたよ。あれで俺の考えは間違っていなかったと証明されたからな」

「私はてっきり、高熱を出して寝込んだ時に自分の魂は消えて、今の自分がサキュバスそのものなんだと思ってたわ」

「ああ、それも魔族の悪あがきだったのかもな。君の記憶を少々いじり、元からサキュバスだと信じ込ませれば聖剣に斬られない可能性もあると思ったのかもしれない」

「確かにそうだったのかもね……」


 私は自分が犯した罪を反芻しながら考え込んだ。聖剣で貫かれて私のみそぎは済んだという事にされている。


「でも本当にこれでいいのかしら……私は罰を受けなければいけないような気がするわ」

「なんでだよ。君の意思じゃなかったんだから、もう充分だろ?」

「だってシドが私を抱えて自分ごとグロリア様に斬られる覚悟が無かったら、解決していなかったかもしれないのよ? 私の勇気じゃなくて全部シドのお陰じゃない……」


 そう言った時に気づいた。私が考え込んでいる間に彼は私のすぐそばまで来ていて、あのとても優しい目で私を見つめてくる。


「それ言うか? 誰の為に俺がここまでやったと思ってるんだ?」

「えっ、それは……私の、為?」

「そっ。昔から大好きだった、俺より賢くて俺より魔術が上手かった女の子の為に俺はここまで成り上がったんだぜ。その子が今更罪人になられたら困るんだけど? もし罪悪感があるなら大人しく俺の妻になって隣国に来てくれれば、それでチャラになるんだけどな」

「もう……」


 顔がまたまた赤くなるのが自分でもわかった。彼がそっと私を抱き寄せようとする。


「待って!」

「え、ダメなの?」

「違うの、違うの!」


 私は首を左右に振って言い募った。だって罪悪感で彼の妻になると思われたら困るもの。


「あのね、私だって昔からシドの事が大好きだったのよ! だから貴方と結婚出来たら嬉しいわ!!」

「!……パメラ!!」


 彼は小さな頃とおんなじの、とっても明るい最高の笑顔で私に抱きついてきた。


 ★


 私はクラフト魔法卿と結婚し、隣国に渡った。そして先代のクラフト卿の下で魔術の修行をしたの。元々魔法の素質が高かった(だからこそサキュバスに狙われ憑りつかれたのだけれど)私は、シドほどじゃないけれどかなりの高位魔術師になる事ができたわ。


 最近では少しずつ復活している魔族を討伐する為、国を越えて協力しグロリア様のお手伝いをしている。彼女は百年前の勇者にも劣らない素質があるらしい。彼女の夫であるキース国王陛下は勇者の素質はないけれど、国を豊かにする才能はあったそうで、王妃兼勇者の彼女を支える事を誇りにしているそう。


「はぁッ!!」


 聖剣でバッタバッタと魔族をなぎ倒す、最強で美しいグロリア様。私たち夫婦は今日も魔法で彼女をサポートしている。



(了)

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たった今、自分の前世がサキュバスではないかと思いだしたピンクブロンドの男爵令嬢 黒星★チーコ @krbsc-k

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