第4話 ✨

「ああ……」


 見る間に剣はすっと抜かれ、私はこのまま死ぬのだと思って力を抜いた。しかし膝をつくことはない。後ろの彼が私をまだ抱き止めていてくれるから。彼を巻き込んでしまうなんて……私の目に涙が溢れる。


「ごめんなさい、私……」


 彼の腕の中で身体を反転し、私を見つめる男の顔を真正面から眺めて初めて気がついた。今までよりも視界がクリアになったせいねきっと。


「シド……?」


 彼を物凄く好みだと思った理由が今頃になってわかったの。私が高熱を出して寝込み、サキュバスの欠片が入る前。小さな頃に共に魔法を学んだ男の子……初恋のシドが目の前にいる。それも、びっくりするぐらいかっこよく成長して。


「ああ、パメラ! ようやく思い出して……」


 彼は破顔し私の頬を撫でた後、髪の毛のひと房を手に取った。その私の髪の毛がピンクから、元々のくすんだ赤に変化していることに気づく。ああ、もしかして私の中のサキュバスは聖剣によって浄化されたのかしら。


「この日をどんなに待ちわびたか」


 彼は感極まったようにこう言うと、もう一度私を抱きしめた。先ほどの拘束とは違う、優しさを感じる包み込みかただった。でも私は抱きしめられながらも喜びと共に涙が再びこぼれてしまう。死ぬ間際に彼に会えたのは嬉しかったけれど、きっと彼も死んでしまうわ。だって一緒に聖剣で貫かれたはずだもの……。


「ま、待て! グロリア!!」

「待ちませんわ。殿下」

「いや、話せばわかる! 待て!」

「あら。今まで私を避けてお話をして下さらなかった方のお言葉とは思えませんわね?」


 殿下の叫びにハッとしてそちらを向けば、私たちから離れたグロリア様が聖剣を持って、今度はキース殿下に歩み寄るところだった。彼女は美しい顔でにっこりと笑みを作っているけれど、その横顔は大迫力で、青くなって脂汗を垂らしているキース殿下とは対照的だわ。


「ご存知でしょう、殿下。この聖剣は正しく使える者が振るえば、人間を斬らず魔だけを斬り、浄化を行う剣だという事を」


 グロリア様の言葉に驚いて、お腹の辺りを確認する。私のお腹どころかドレスに傷ひとつついていなかった。シドのお腹を見るとやはり無傷。


「あの二人は聖剣で斬られても死んでおりません。ですから私が聖剣の正しい使い手であると証明されたでしょう?」

「あああ、確かにそうだが……」

「私、殿下をお慕いしておりますが、そのようにグダグダ言うところはあまり可愛くありませんわね!」

「なっ、かわ……!?」

「はっ!」

「ぎゃああああ」


 問答無用とばかりにグロリア様が殿下を聖剣で斬りつけ、殿下は情けない叫び声をあげてお倒れになられた。グロリア様は殿下の状況を確認する間も惜しいとばかりに彼を捨て置き、今度はツカツカと側近候補たちに向かって行く。


「わああああ!!」

「やめっ……!」

「た、助けてくれパメラ……!!」


 叫び、逃げようとする側近候補たち。あらまあ。昔は勉学に励んで、今は私に優しく甘い言葉を吐くことばかりに励んでいたので武力の鍛錬は全くしていなかったのね。あっという間にバッタバッタと彼らはグロリア様に斬り伏せられた。


 あまりの衝撃的な展開にシンと静まり返るパーティ会場。誰かがごくりと唾を呑む音まで聞こえてきたわ。皆の目が斬られて倒れた男性陣に釘付けになっている。すると「うう……」という呻き声と共にキース殿下が身を起こした。


「これは一体……俺は?」

「殿下、ご気分は如何ですか?」

「なんだか、甘い夢に包まれていたような……でも今は晴れ晴れとした気分だ。すまないグロリア。俺は文武両道でいつも完璧な君に気後れしていたんだ。だから君を避けるようになり、フォグス男爵令嬢の甘い言葉に逃げるようになってしまったんだと思う……そこに付け込まれ、魅了魔法をかけられていたのだな」

「もう二度とこんなことはやめてくださいましね?」

「ああ、俺ももう二度と君に斬られたくはないしな?」


 キース殿下は今まで私に見せたことの無い、とても良い笑顔でグロリア様と見つめ合っていらした。


 ★


「ちょっと待って、情報量が多すぎる!!」


 私のお父様、つまりフォグス男爵は一部始終を聞くとパニックで目を回していた。

 まあそりゃあそうよね。娘に恋人がいるのは薄々気づいていたみたいだけど、それがよりによってキース王太子殿下で。その娘は幼少期に魔族サキュバスに憑依されていて。聖剣によって串刺しにされ、私の身体に憑りついていた魔族の魂や力を全て浄化された……ってだけでもとんでもない話なのに。


「と言うわけでパメラ嬢を俺の妻として貰い受けたいのです」


 と、いきなりシドが……シド・クラフト魔法卿が私の家にやってきて求婚したんだもの。

 私だってそれより前に二人きりで話した時は、びっくりして顎が外れかけたわ。


「待って、魔法卿ってそれ、隣国での……」

「ああ、王族を除けば魔術師の最高権威者ということになるな?」

「どういうことよ!? だってシドは平民だったんじゃないの!? それに隣国の魔法卿がなんでグロリア様の護衛になってるのよ!?」

「あれ? パメラ、お前全部思い出したんじゃなかったのか。小さい頃に俺と結婚の約束をしたのを覚えていないのか?」

「えええ!?」


 そんな約束なんて覚えがない。

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