第3話 ⚔


 けれども、グロリア様から発された言葉は想像もしないもので、私のすぐ側にいた彼女の護衛に向けられたらしかった。


「クラフト、あなたの言った通りだったわね。ここまで人が変わるとは流石に想像していなかったわ」

「はい。……後は手筈通りに」

「ええ、もう陛下もお越しになるでしょう」


 え!? 超展開に次ぐ超展開についていけないと思ったその瞬間、その言葉は現実になった。衛兵たちがラッパを吹き「女王陛下のお成りである」と声高らかに宣言したの。


 流石に床に伏せたままではまずいと思って立ち上がり、周りの人たちと同様、女王陛下に向かって臣下の礼を取った。


「皆の者、面を上げよ」


 陛下のお許しを得たので頭を上げる。女王陛下は年を経てもなお美しく、そして強さが内面から溢れ出ているような御方だった――まるでグロリア様のように。ああ、そういえば昔マクスウェル公爵家には先々代の王女様が降嫁しているのだったかしら。グロリア様にも間違いなく王家の血が流れているのだわ!


「キース」

「はっ」

「話は聞きました。お前には以前、グロリア以外の女性とは必要以上に親しくなるなと忠告したはずですが」

「そっ、それは、その、グロリアがパ……フォグス男爵令嬢に危害を加えようとしたので、私はそれを止めようと」


 キース殿下が言い終わらないうちに、女王陛下は手のひらを前に向け制止した。


「もういい。ここにきてまだおのが失態を認めないとは。たった一人の我が子だからと大事にした私の教育が間違っていたのか。それともまだ魅了魔法が抜けていないのかしら。貴女はどちらだと思う? グロリア」

「恐れながら申し上げますが、後者かと。私がお慕いしている殿下が本心からこのような事をなさるとは思えません。それと……」


 グロリア様は殿下の側近候補の方をご覧になった。


「陛下と閣下が選りすぐった側近候補のご令息も同様です。マクスウェル公爵家からお送りした書状の返信が無いのはおかしいと思っておりましたが、おそらくどなたかが握り潰されたのでしょうね」

「そう。ではを」


 陛下が大臣にそう言うと、後ろからしずしずと一人の従僕が登場し、その両手に捧げ持った剣を恭しく陛下に差し出す。私は身震いした。初めて見た。あれが、聖剣。

 


『あ……あああ!』


 私は無意識に……いえ、自分の意思に反して叫んでいた。獣のように。


『それを寄越せぇ!!』


 壇上の女王に向かって駆け寄ろうとした途端に、ぐんと身体を引っ張られその場に留められる。見ると先ほどの護衛が私の手を掴んでいる。彼はそのまま更に私を引き寄せ、しっかりと後ろから抱き止めて拘束された。


『やめろ! 何をする!!』

「何をするかわかってるだろ? 百年前と同じだよ」


 ああそうだ。百年前、確かにサキュバスは戦士にこうやって抑え込まれ、腹を貫かれた。あの憎き聖剣で!!

 女王がその聖剣を抜く。その刀身は鞘から現れると同時にまばゆい光を放った。


「グロリア、私はもう老いた。お前に託します」

「私が、ですか?」

「歴代の勇者のうち、最も上手く聖剣を扱えたのは女性だった。勇者が魔王を倒し封印したあと、王家に妃として迎えた理由のひとつは、勇者の血を引く女を絶やさぬ為。この剣はキースよりも貴女に相応しいのです」


 女王からグロリア様に聖剣が手渡される。彼女が剣を手にした途端、刀身の光は更に強さを増し、もう光の剣にしか見えないほどになった。

 グロリア様が私達に近づいてくる。その間も私は『やめろ! 放せ!』と叫びじたばたしていたが、急にくにゃりと力が抜け、抵抗しなくなった。代わりに首を上げ、後ろから私を抱きしめている男を見る。


「パメラ?」

『お願いクラフトぉ。私まだやっぱり死にたくない。助けてぇ……』


 勿論、これも私の意思じゃない。私はまた以前のように夢心地でふわふわと、目の前で起こっていることを観客のように見させられているのだった。

 ――じゃあ、このクラフトという名前の護衛に、涙目で可愛らしく訴えているのは一体誰の意思なんだろう。


「大丈夫。心配するな」


 彼は初めて微笑んだ。笑うと茶色の目が優しげな目付きになるのも凄くかっこいい。彼は私を抱き抱えたまま、くるりとグロリア様に背を向けた。ああ、彼も魅了されてしまったのかしら。私を逃がそうとしているの? それはダメな気がするわ。

 彼が私を好きになってくれたら嬉しいけれど、サキュバスの力で彼を虜にしたいわけじゃない!


「はっ!」


 後ろからグロリア様の声が聞こえた直後、身体の中を何かが通り抜けた感覚があった。そしてパーティー会場から一斉に悲鳴が上がる。


「あ……」


 何が起こったのかは、目を落とせばすぐにわかった。私のお腹のあたりから白い光の刃が突き出ている。グロリア様は護衛の背中から、彼ごと私を聖剣で串刺しにしたのだ。

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