第2話 👠
そしてその途端、まるで目の前にたちこめていた霧が晴れたかのように私の視界が大きく開ける。更に今まで見えていたものも、よりくっきりと鮮明に景色が見えるようになった。
どんな風にくっきりと見えるようになったかと言えば。
「殿下、恐れながら申し上げます!
「ふざけるな! お前は自分の護衛に命じて、このパメラに害をなそうとしたではないか! たった今も、この場で!」
今まで、甘い甘い夢心地で金髪碧眼の王子様と物語のような恋に浸っていたと思っていたと思っていたのに、その王子様であるキース殿下が唾を飛ばしながら自分の婚約者であるグロリア様を罵っている様が結構醜いだとか。
「それは誤解です! フォグス男爵令嬢は魔族の力に侵されているのです!! ですから浄化をすべきと先日も殿下にご進言差し上げたはずですわ!」
逆に、私をイジメてくる怖ーい存在だと思っていたグロリア様が、私なんかより気高くて美しいし。今までハッキリと物を言う彼女が怖くて、彼女の言葉には全て耳を塞いでいたけれど、実はまともなのは彼女の方なんじゃないか、とか。
「嘘を言うな! お前が俺にそんな進言などしていない。俺は聞いていないぞ!!」
「誠に遺憾ではございますが、最近の殿下は私の言葉に耳を貸してくださいませんでしたでしょう? ですから口頭でも申し上げましたが、それとは別にマクスウェル家からの正式な書状をお送りしておりますわ! まさかそちらにもお目を通していらっしゃらないのですか!?」
「なっ、何!?」
殿下が側近候補の若手男子たちを見ると、彼等は慌てたように「いえ、そのような書状は届いておりません」「何かの間違いでは?」と口々に言うけど、その彼等はそれぞれが私と目が合うとニヘラと鼻の下を伸ばしたりウインクしたり、挙句の果てには小声で「大丈夫、君を守るから」とか言い始めた。
今まで私に親切にしてくれた、殿下の周りの優しい人達……つまりこの側近候補たちも、実は私に気があったのだと今頃になって気づいたこととか。
あと、私の横で眉間に皺を寄せているグロリア様の護衛(この人もめちゃくちゃ怖い人だと思ってた)が、茶髪に茶色の目で一見地味だけど、今見たら実は物凄く好みでカッコイイだとか。
小さい頃はどちらかというと赤毛だった私の髪の毛は、今や艶ッつやのピンクブロンドになっていて、それは前世のサキュバスと全く同じ色だってことだ。
「あ……」
指先から始まった小さな震えは、やがて全身に及ぶと共に大きくなり、私の身体をガタガタと揺らした。ちょっと待ってよ情報量が多すぎる!! 頭が整理しきれなくてパニックになりそう。何故こんなことに!? わかっているのは殿下も殿下の側近候補たちも、恋にうつつを抜かし大事なことが見えないアホになっているってこと!
でも幼少期から厳しい教育を受けてきたはずのキース殿下や高位貴族のご子息たちがこんな振舞いをするなんて尋常じゃない。これは多分……いや間違いなくサキュバスの魅了の魔法によるものでしょ!!
「ももももも、申し訳ございませんっ!!!」
私は護衛の手を振りほどくとパーティ会場の床に身を投げ出した。小さい頃に読んだ本に、遠い異国では心からのお詫びを「五体投地」というもので表すと書いてあった。今はそれが最適だと思ったの。
「パ、パメラ!? 何を……」
殿下の声には酷く動揺した色がある。殿下とグロリア様が言い合っている時には静かだったパーティ会場は、一気にざわざわと騒がしくなった。だが私はそれらを聞いても五体投地のまま、額を床にこすりつけて詫び続ける。
「キース殿下、マクスウェル様、誠に申し訳ございません!! 私は今まで殿下や周りの男性に魅了魔法を使っていたのだと思います!!」
「え!?」
「なんだと!?」
「魅了って……魔族が使う闇魔法じゃないか!!」
「パメラ……パメラ、嘘だろ!?」
もうパーティー会場はざわめくどころじゃなくなった。驚愕の叫びがあちらこちらからあがっている。
その叫びには殿下や側近候補たちの声も混じっていたけれど、グロリア様のそれは無い。カッとヒールの音が頭の近くで鳴り、私はびくりと身を固くした。
「どういうことか説明して頂戴」
グロリア様が私の頭上から降らせた声は怒りや驚きが微塵も感じられず、むしろこちらが驚くほど冷静だった。
「……も、申し訳ございません。私もたった今気がついたのです。私の前世はおそらく魔族のサキュバスで、無意識に魅了魔法を使用していたとしか思えません」
ああ、こんなもの説明にすらなっていない。何て言えばいいのかわからないわ。でも、私のせいで両親や小さな弟妹たちに迷惑がかかるのだけはごめんよ!
私は床に伏したまま、グロリア様に許しを乞う。
「これは私が独りで犯した罪です。フォグス家の両親には何の関わりもございません。どうか、どうか私にだけ罰をお与えください!!」
魅了魔法は闇魔法で通常は人間は使えない。だから魅了魔法を使った罪に対してどんな罰を与えられるかの前例はないと思う。けれども王族に魔法をかけたというだけで、充分処刑に値するのでは。
私は暗い世界で身体を震わせながら死を覚悟した。
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