たった今、自分の前世がサキュバスではないかと思いだしたピンクブロンドの男爵令嬢

黒星★チーコ

第1話 👿

 今日私は、人生で最高の場に立つはずだった。

 王宮で開かれたパーティーでキース様がそれまでの婚約を破棄し、新たに私と婚約すると発表される予定だったの。


 ☆


 今までキース様とずっと秘密の恋を育んでいたけれど、私の男爵令嬢という身分ではそれを公にするのは難しい。だけど私は諦めなかった。どうしても彼を手に入れたいし、手に入れれば素晴らしい未来が待っていると信じていたの。


「キース様ぁ、またグロリア様が私をイジめるんです。しかも今日は護衛を使って私を捕えようとまでしたんですよ? 私、とっても怖くってぇ……」

「なんだと!? グロリアめ! 遂にそこまでするようになったか。あの恥知らずが!」

「正当な理由なく私を捕まえるのは、いくら公爵令嬢でも横暴だと思いますぅ。もうこれってイジメじゃなくて犯罪じゃないですかぁ?」


 彼の腕に自分のそれを絡ませ潤んだ瞳で見上げれば、キース様は熱に浮かされたような顔で私を見つめ返してくれる。


「その通りだ。もう我慢ならん。グロリアの罪を公にし、あいつとの婚約を破棄しよう」

「え? そんな事できるんですかぁ?」

「できるとも。たとえ公爵令嬢と言えども、王家が相手ではたてつけまい」

「そうなんだぁ、知らなかったですぅ!」

「ふふふ、あいつを断罪したあとはパメラ、お前を俺の新しい婚約者に迎えると発表するぞ」

「すごぉい! さすがキース様、世界一の王子様ですぅ!」


 彼は私に約束をしてくれた。確かにキース様と私では身分差があるけれど、キース様の婚約者であるグロリア様にイジめられ、更には誘拐されて危害を加えられる直前だったという事が公表されれば私への風当たりは柔らかくなるでしょう。

 それにキース様の周りの人達も皆私に優しくて親切だったし、きっと上手く行くような気がしていたの。


 ☆


 断罪の場は多くの貴族の目があるパーティーにしようとキース様は言って下さった。だから私は断罪が始まるまでは人混みに紛れ目立たなくして、キース様がグロリア様に声をかけるのを待つつもりだった。……それなのに。


「パメラ!」


 突如名前を呼ばれて振り返れば、そこには恐ろしい形相をした男が。紛れもなくグロリア・マクスウェル公爵令嬢の護衛で、この間私を捕まえようとした人だ。なぜ彼が私を呼び捨てにするのか。それを疑問に思う間もなく強く腕を掴まれた。


「やっと……つかまえた」


 彼が左手を私の顔の前にかざす。直感的に殺される! と思った。


「きゃあああ!……あ!?」


 恐怖のあまり叫んだ直後、急にぱっと目の前が白くなったの。

 この世に運命の悪戯というものがあるならば。

 たった今、私の頭の中に表れたのがそれだと思う。だって私(自分で言うのもなんだけれど)幼少期はともかく最近はそんなに頭が良くなかったはずだもの。天啓とか、閃きとかそんなものでは決して無いと言いきれる。


「パメラ!」


 次に私を呼び捨てにしたのは、キース王太子殿下。私の素敵な素敵な王子様。私が真っ白な世界から視力を取り戻して、声のした方を見ると彼の顔は怒りで赤く染まり、近くにいたグロリア様を指差すところだった。


「いいかげんにしろグロリア・マクスウェル。お前は俺の横に相応しくない! お前との婚約は破棄すべきものである!」


 本来なら待ち望んでいた断罪、そして婚約破棄。けれどグロリア様の護衛に腕を掴まれたままこの様子を見ていた私は、血の気がどんどん引いて寒気がしてきた。

 だって頭の中におぼろ気な記憶と共に魔王の声が再生されたんだもの。


『よいかサキュバスよ。勇者一行をたぶらかし、戦力を削るのだ』

『お任せください魔王様ぁ! 私の魅了魔法で必ずや勇者どもを虜にして見せますわぁ。うふふふふっ!』


 ……そしてそのサキュバスは勇者一行の誰一人として誑かすことが出来ず、任務に失敗したのだわ。勇者と魔術師が実は女だったのはまあ仕方がないととしても、まさか残りの戦士と僧侶がゲイカップルだとか完全に想定外よ。魔王軍、事前の情報入手が出来ていなさすぎでは……?


 僧侶に聖属性のバリアを張られ魅了の魔法は効かず。魔術師に魔力をごっそり削られて他の魔法も使えず。戦士には物理的に抑え込まれて、身動きすら取れなくなった哀れなサキュバス。

 殆ど力を発揮できないまま、あっさりと勇者の聖剣に貫かれた彼女は、聖剣の効力で身体が塵のように分解と浄化されていくのを感じながら……悔しくて悔しくて『このままじゃ死ねない!』と魂を燃やして抗った。


 多分その悔しさが、彼女の魂のひと欠片をこの世に留めたのだろう。塵になる寸前のその欠片は百年もの間ふわふわと風に漂い、遂に一人の幼女に出会う。


 特にぱっとしない男爵家の長女だったその娘は、流行り病で高熱にうなされ意識がなくなり、命の灯火が消える間際だった。サキュバスの欠片は幼女の身体に宿り、彼女の命を引き継いだ。そして魔力を身体に蓄えることを優先するため、自分の記憶をある程度の年齢になるまで思い出さぬよう封じ、人間になりすましたのだ。


 ある程度の年齢。それが今。16歳である今。

 冴えない男爵家の娘……つまり私。パメラ・フォグスはたった今、自分の前世が淫魔サキュバスではないかと気がついたってわけ。


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