番外編 花かんむりを
「ねえ、アニタは知ってる? 花かんむりの意味」
まだ六歳の頃。カミールから問いかけられた言葉に、私はわけも分からずに首を傾げた。私たちは庭で花を摘んでいて、それを組み合わせて花かんむりを作ろうとしていたのだ。
私はどんな花を使おうか、庭の花を物色していた。できればオレンジ色が良いと、そんなことを思いながら。
だからカミールの問いかけに、顔を上げることなく答えた。
「え? 知らないわ」
「花をこうして組み合わせて、丸い円を作っていくだろ。そうすると継ぎ目のない円ができるんだ」
カミールの手が伸びてくる。私の目の前にある花を二つほど茎ごと折り、その二つを交差させる。一つの花の茎をぐるりと回して結ぶと、花同士がくっつくようになり、隙間がなくなった。別の花を加えて、それを繰り返す。
そうすると、カミールの手の中でまるで魔法かのように一つの花の輪っかが出来上がる。
「ほらこうしてみるとよくわかるよ。花同士が密着しているから継ぎ目がなくなるだろう」
「すごいわ。綺麗な輪っか」
「そうだろ? そんな花かんむりの意味はね、とても良いものなんだ」
嬉々として話を続けるカミールの手元には、輪になった花があった。色とりどりの花で作られたそれを自分の頭に乗せてくれないだろうかと期待していると、カミールは別のところを眺めながら言葉を続けた。
「永遠の幸せ。僕は、この言葉が好きなんだ」
「永遠の幸せ」
永遠とは何か詳しいことはわからないけれど、その言葉は私の心を躍らせた。
幸せが良いことだということは知っていた。当時は彼との時間も幸せで、まだ六歳だったからよく知らなかったのだ。
だからカミールが私ではなく、別の花壇で花を吟味している少女に目を向けた時も、私はまだ何もわかっていなかった。
ただ、永遠の幸せという単語が私の頭の中で回っていて、いつか、いつか彼と、永遠に――。
――目を覚ますと、そこは実家のベッドの上だった。
懐かしくも愚かな夢を見たことは覚えている。
あの頃の自分はまだ幼くて、カミールの夕陽が誰に向けられているのか、よくわかっていなかった。
だから彼が「永遠の幸せ」と言った時に、自分もいつかは――と、そんな夢を見てしまったのだ。いまはもうすっかり冷めてしまっている、夢を。
カミールと離婚をして、数日は経っていた。
私は一度、ノルドとともに実家に戻っていた。
離婚した娘を、両親は温かく迎えてくれて、ノルドは相変わらず寡黙で笑みひとつ浮かべないけれど、それでも私の傍を離れようとはしなかった。
庭でお茶をしていると、背後にノルドが立っている。前まではあまり気にしてなかったのに、最近はやけにその存在が気になってしまっている。
「ノルド。一緒にお茶を飲まない?」
「遠慮しておく。俺はまだその席には座れない」
「……そう」
即答されてしまった。彼は一度決めると頑なになるところがあるので、恐らくいくら勧めても椅子には座ってくれないだろう。
それが寂しくもあり、ちょっとした距離感が心地よくもあった。
「――そういえば」
ふと夢の光景が思い浮かぶ。
「昔、一緒に花かんむりを作ったわよね」
「ああ」
「私は不器用で作るのに苦労したけれど、ノルドは器用だから綺麗な花かんむりを作っていたわ」
六歳の頃。花かんむりを作る時に、ノルドも一緒に誘った。最初は頑なに断る姿勢を見せていたけれど、あの頃の私は少しぐいぐい行くタイプだったので、最終的にノルドが折れて、好きな花を摘んでいた。赤とかピンクとか濃い色を選んだかと思うと、淡い色や落ち着いた色を混ぜて、それはそれはとても綺麗な色合いの花かんむりを作っていた。
誰かにあげるの? と問いかけると、ノルドはそっと目を逸らして首を振っていた。
そんなことを懐かしく思い返す。
「……そうだな」
ノルドはそう言ったきり、黙ってしまった。
そのままなぜか気まずい沈黙が流れた後、お茶の時間を終えて、私は部屋に戻ることにした。
「アニタ」
珍しくノルドに名前を呼ばれた。いつもはお嬢様とかしこまったように呼ぶことが多い。
振り返ると、彼はそっと周囲を見渡して、近づいてくる。
「これを」
「これは? ――まあ」
彼が差し出してきたのは、赤い輪のような花かんむりだった。赤だけではない、淡い青や紫、それから黄色なども混ざっているからそこまで派手さを感じない。
綺麗な花かんむりだ。
「あなたに」
「私にくれるの?」
「ああ。あなたに似合うと思って、作ったんだ」
いつも表情をあまり変えない彼の口許が、ほころんだように見えた。
『永遠の幸せを』
頭の上に花かんむりをそっと乗せられる。
離婚してから、ずっと胸の奥が冷たいままだった。ノルドの告白のおかげで少し和らいだものの、どこかぽっかり穴が空いていた。
その部分に妙に熱を感じる。
それが我慢できなくて、少し俯きながらも、私はノルドに感謝を伝えるのだった。
「ありがとう」
永遠の幸せ。
それを願ってもらえることが、何よりも嬉しかった。
かりそめの妻を演じることに疲れました。そろそろ、離婚しましょう。 槙村まき @maki-shimotuki
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