第2ボタン・ノーリターン

子鹿白介

第2ボタン・ノーリターン (1/1)

「あの、先輩、ボタン、ください。第2ボタン」


 たくさんのつぼみをつけた桜の木のしたで、わたしは要望した。


「ダレニモワタサナイデネ」


 ロボ先輩はそう言うと、ガラスケース付き自爆スイッチになっている第2ボタンを胸から外して、わたしにくれた。

 虎色で縁取られたガラスケースのなかの、真っ赤な第2ボタン。わたしはそれを両手で包んで、照れくさくなってはにかんだ。



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 一年後。わたしは某国の諜報機関に追われている。

 卒業したロボ先輩は平和を目的とした人道のための戦いを宣言し、手始めに各国の核兵器を無力化して回った。

 ロボ先輩に敵わず軍事力を失っていくばかりの大国連中は、彼の目的を阻止するため、その弱点である自爆スイッチを狙ってきたのだ。わたしの元へ。でも、そうはさせない。第2ボタンは誰にも渡さない。


 一介の女子学生に過ぎないわたしは卒業を待たずして空手、柔道、弓道、護身術、カンフー、ジークンドー、ガン・カタ、ハッキング術、危険物取扱資格、調理師免許を修得してこれに対抗した。


「しつこいったらありゃしない!」


 撃退した刺客たちを歌舞伎町の路地裏に転がして、夜の街をわたしは走った。

 懐に隠した第2ボタンをぎゅっと握ると冷たいけれども、ロボ先輩の温かな吐息、もとい背部ファンからの排熱が思い出される。


(――先輩、将来の夢ってなんですか?)


(ボクノユメハ……ブキヲステテ、タイセツナヒトヲ、ダキシメルコトデス)


 両手の指がビーム砲になっていたロボ先輩。でも誰よりも優しいひと。

 背中から抱きついたらサウナのような排気で、わたしはヤケドしそうになっちゃったっけ。

 ふふっと思い出し笑いしたとき、目の前のスクランブル交差点が山のように隆起して、地面から巨大メカが姿を現した。


『『そこの女! 抵抗をやめなさい! スイッチを引き渡せば、命までは奪わない!』』


 全長30メートルのオオサンショウウオ型巨大兵器だ。万事休す。逃げ道を探して視線を泳がせた、そのとき。


「イケマセン! アナタノコウイハ、ハカイカツドウデス」


「……先輩!!」


 遥か上空から飛来したロボ先輩が、オオサンショウウオメカの前に立ちはだかった。


「ほんと遅いです! 助けにきてくれたんですね!」


「マチナカデハ、タタカエマセン。サア、ツカマッテ」


 数秒間うろたえていたオオサンショウウオメカが、大きな口をガパッと開けた。

 わたしは前からロボ先輩の首に両手を回した。第2ボタンのない胸部へ、体重をあずける。


「オッケーです!」


「デハ、ニゲマショウ」


 ロボ先輩が脚部ブースターで離陸すると同時に、オオサンショウウオメカの口から無数のミサイルが発射された。殺到するミサイルの間をすり抜けて、わたしたちは空の彼方へと飛んでいく――。



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 鉄板焼きチェーン〝道とん堀〟のお座敷席の黒く熱い鉄板の上では、豚キムチお好み焼きが油の音をたてていた。


「ゴメン、キケンナメニアワセルツモリハナカッタ。ボタンヲ、カエシテクダサイ」


 自分用のお好み焼きをひっくり返しながら、わたしはロボ先輩を無視した。


「誰にも渡しませんよ。先輩の言ったとおりにね」


 焼け具合をたしかめて、ソースと青のりとかつお節をたっぷりかける。


「コマリマシタネ……」


「それよりも先輩、ほら」


 お好み焼きをヘラで指すと、ロボ先輩はカメラアイをそっちに向けた。


「見てください、かつお節が踊ってますよ。この現象の名前を教えてください」


「……ムム……」


 検索中のまま固まってしまったロボ先輩をテーブル越しに見つめてわたしは、両頬が熱くなるのを感じるのだった。

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第2ボタン・ノーリターン 子鹿白介 @kojikashirosuke

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