第3話 羽柴秀吉

「ぎゃー、ハゲネズミ!」


 目を覚ましたら、禿げた中年男性が私の顔を覗き込んでいた。体が寧々なのに意識が前世のまりんであった私は、思わず叫んでしまった。


 男性――いや、秀吉は苦笑しながら頭を掻いた。

「いきなりハゲネズミ呼ばわりはひどいがや。まぁ、信長様から頂戴したあだ名だから仕方ないがな」と照れ笑いを浮かべる。その後、泣きそうな顔で私の手を握りしめた。


「寧々よ、おみゃぁさんがおらんようなってまったら、もうワシは生きている甲斐がのうなってまうがな」


 その真剣な言葉に、私は胸がぎゅっと締め付けられる思いだった。意識はまりんとしての私なのに、この秀吉という男性が不思議と愛おしく思えてくる。中年で禿げているのに、その明るい笑顔と人懐っこさは他に代え難い魅力だった。


 ……ああ、さすが日本一の人たらしね

 農民から太閤になった人間の魅力って、こういうところにあるのだろう。そう心の中で思いながら、私は小さく微笑んだ。


「心配をおかけして申し訳ありません。もう大丈夫です」


「そうかや、よかった」

 秀吉は猿のように顔をくしゃくしゃにして笑うと、「じゃあ、残ったカステラを食べるか」と言ってくる。


 もちろん、食べられるわけがない。小麦アレルギーを持つ私にとって、それは命取りだ。


「うんにゃ、もう食べないがね。きっと貴重なカステラを食べすぎたからバチがあたったんだでよ」

 そして私は提案した。

「正則さんと清正さんに下げ渡してはどうですか?」


 秀吉は納得し、小姓の福島正則と加藤清正にカステラを分けるよう命じた。

「寧々がそう言うなら、それでいい。ほら、正則と清正、寧々にちゃんとお礼を言うんだで!」


 その後、私は信長様へのお礼について提案した。

「信長様には、カステラのお返しに甘味を贈りたいのですが、賛成していただけますか? ちょっとお金がかかるのですが……」


 甘いお菓子を作るには砂糖が必要になる。これがとても高いのだ。なにせ、中国や東南アジアで生産された砂糖を、南蛮商人が日本まで運んでくるのだから。しかし、秀吉くらいの地位にあれば、きっと手に入れられるはず。


 秀吉は興味津々な顔をしながら聞き返してきた。

「寧々よ、いったい何を贈るつもりかや? ほら最近では南蛮菓子のコンフェイトもよく食されているとか、生半可な甘味では信長様に満足してはいただけんぞ」


「大丈夫ですよ。私に勝算あり、なのです」と自信満々に私は答えた。


 戦国時代の日本では小麦が手に入りづらいけれど、お米なら豊富にある。それを使って米粉スイーツを作れば、南蛮好きな信長様も喜んでくれるはずだ。甘味好きな信長様に米粉スイーツを献上するのは、我ながら素晴らしいアイデアだと思うのだ。


「さーて、腕が鳴るわ! まずはどんな米粉スイーツから作ろうかしら」


 まずは米粉クッキーから始めてみよう。それから米粉ホットケーキ、スコーン、甘い菓子パン……。

 もちろん、南蛮商人が持ち込むカステラに負けない米粉カステラだって作りたい。ワッフルや油で揚げるドーナツ、さらにはシュークリームも!


 そんなことを考えていると、秀吉が私の顔を覗き込み、

「なぁ、寧々や。口から涎が垂れとるでよ」

 と、からかってきた。


「あちゃ、恥ずかしい姿をお見せしてしまいました」


「いやぁ、お前とワシの仲じゃからの。かまわせんて。だがの、信長様に献上するというより、一番お前が食べたそうだぞ」


 私は少し照れながら答えた。

「ありゃ、バレました?でも、一番に食べてほしいのは、秀吉様、あなたなのですよ」


 秀吉は目を丸くしてから破顔一笑し、「それは嬉しいこと言うてくれるなぁ!」と声を上げる。


 その笑顔に胸が温かくなった瞬間、私は心の中で決めた。この時代でも、米粉スイーツでみんなを笑顔にできる未来を作ろう、と。


【あとがき】

 短編はここで完結です。読了いただきありがとうございます。


 この後、転生した寧々さんは、米粉スイーツで秀吉の天下統一を陰ながらサポートします。スイーツの力で人々の心の壁を溶かし、秀吉の『人たらし』の才能をさらに引き出していくのです。


・織田信長編

・福島正則&加藤清正編

・秀吉の側室(南殿と淀殿)編

・千利休編

・前田利家正妻・お松編

・石田三成編

・明智光秀、細川藤孝、筒井順慶編

・織田三法師編

・近衛前久編

・伊達政宗編


 いろいろ書けそうな気配がぷんぷんしています。ですが、ここで一旦おしまいとさせていただきます。


 もし続きを読みたいな、と思っていただけましたらぜひぜひ評価をお願いします(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾


【謝辞】

 本作は、天城らんさんによるエッセイ「小麦転生☆米粉無双」に触発されて執筆しました。主人公の前世の名前「天野まりん」は、素晴らしいエッセイへのリスペクトとして、最初と最後の文字をいただきました。


 もし「小麦de転生☆米粉無双 (秀吉&寧々)」を楽しんでいただけたなら、ぜひ元となったエッセイ「小麦転生☆米粉無双」もご一読ください。米粉スイーツの魅力だけでなく、小麦アレルギーの怖さについても考えさせられるエッセイです。


「小麦転生☆米粉無双」のURL:

https://kakuyomu.jp/works/16818093088239046043

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小麦de転生→米粉スイーツで秀吉様を支えます! 宇佐美ナナ @UsamiNana

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