3 救援の知らせ

 用意された食卓を囲んで、ミルカは素朴な疑問をオクオに向けた。

「オクオはなんで、ひとりなの?」

 オークが単独で治療小屋を建てて暮らしているなんて、聞いたことがない。人里離れた奥深い地に集落を作り、狩猟採集の生活を営むはず。

 そして、人族への襲撃、略奪、拉致と暴虐の暮らしを。

「ワイはなあ……嫌いなんや、荒事が」

「は?」

 思わずミルカは食事の手を止めた。

 荒事が嫌いなオーク? 人を襲って攫って犯して……しかしそんな常識が、目の前のオークには微塵も通用しそうにない。

「でまあ、里にはなじめんし長老は小言がうるさいしで、独りでやっとるわけや」

「さみしく、ないの?」

「いや、呑気で楽しいで。ときどき里に顔出さんといかんのが面倒やけど」

 くったくなく笑って、オクオはツノジシ肉のシチューを口に運ぶ。

 驚いたことに、ツノジシの肉は実に美味かった。酷い臭味と蘞味えぐみで食用にならないという常識が覆るほどに。治療だけでなく、オクオは料理も達者らしい。人族の街ではゴミ扱いの獣肉だが、下ごしらえの方法が伝われば新たな狩猟依頼が出るなとミルカは思った。そして――。

「里は、あるんだ」

 本能的に身構えながら、ミルカは呟いた。

 オークの集落がこの近くにある、人族にとっては脅威でしかない。

 恐れる気持ちを察したのか、オクオは言葉を濁した。

「ああ……まあ、うちの里は人族を襲わん。襲っても、盗賊ぐらいやな。なるべく目立たんようにしとるんや」

 たしかに、オークの集団討伐依頼を見たことがないと、ミルカは思い出した。オークの討伐は、時おり迷宮に現れる逸れ者にしか出ていない。

「昔、人族のオーク狩りにあって里が全滅しかけたことがあってなあ。生き残りが今の土地に越してきて……地味に静かに、やっとるわけや」

 だから襲わないでくれ――オクオの言葉の陰に、そんな意味が見え隠れする。

「そんときやったかな、ワイの父ちゃん、死んだんや」

「え?」

「母ちゃんも一緒に死んだらしくてなあ。赤ん坊やったから、長老に聞いただけでさっぱりなんやけど」

 悲壮な過去を、オクオは大きく笑って明るく話した。

 ひとりでいるのが実はさみしかったのか、ミルカに対して身の上話を愉快そうに続けていく。

「ワイな、半オークなんや。母ちゃんがな、人族なんやて」

「ええ?」

「肩もみが上手いんは、母ちゃん譲りらしいで。ドミナがそんなことゆーとった」

「えええ?」

 次から次へと思いもしない話を聞かされて、ミルカは混乱するばかりだ。

 父親がオーク狩りで死んだというのは分かる話だ。攫われた人間の女性が母親にされたというのもあり得ること。しかし、母譲りで肩もみが上手い?

 それにドミナという名前……街外れに住む高名なエルフ族の女性と同じ?

「魔女の、ドミナ様?」

「そうや、知っとるんか。街暮らし言うてたもんなあ。半オークのおばはんやで」

「ドミナ様はエルフでしょう?」

「半エルフで半オークや……あれ? 知らんの?」

「ならきっと別人なんだ。オークなはずないもの」

「そうなんか、まあええわ。んでドミナが言うには、オークは他種族の血を入れて部族に『たようせい』を取り込むんやと。ワイなら母ちゃんの『肩もみ』やな」

 肩もみとオクオは言うけれど……おぼろげな記憶にあるオクオの手のひらから見えた燐光の粒子。どう考えても、神聖祈祷術の力の発露としか思えない。

 そうだとすればオクオの母親は、神殿の巫女の血筋を引く女性ということになるのでは? しかも、かなり力のある……でも、それほどの人物が攫われて殺された話なんて、聞いたことが無い……。

「ねえ、肩もみって言うけど、あなたのそれ、神聖術じゃないかと思うけど」

 あ……と思ったときには遅かった。うっかり疑問がこぼれてしまう。

「しんせいじゅつて、なんや? ワイはドミナから肩もみのコツを教わって……」

 その時――。

 窓の外から、奇妙な音が聴こえてきた。

 風を切る鳥の羽根の音に、カタカタと硬い音が混じる風変わりな響き。

 だが、オクオには何事か分かっているらしい。

「おばはんから何かきよったな」

 言いながらオクオが立ち上がり窓辺へ近づくと、一羽の銀色の鳩が舞い降り留まった。金物のように光る羽毛は、よく見れば羽根を模した彫刻による造形だ。

 鳩は、言伝を預かり届ける伝書の魔道具であった。

 生身の鳩のようにクルルとさえずる首筋をオクオが撫でると、鳥形の魔道具はとたんに固まり置物と化した。

 テーブルに運ばれ太い指先で頭を突くと、鳩の目から光を発して、空中に見覚えのある半エルフの似姿を映し出した。

「ドミナ様……本当なんだ」

 半信半疑のミルカの目には見間違いなく、街に住まう美しい魔女の姿が映った。

「なんやろな、珍しい。お、なんか言いよるで」

 ドミナの似姿が、オクオへの言伝を話し始める――。


『手短に伝える。街から捜索隊が出た。ギルド長の娘が魔獣に襲われ、行方不明になってな。捜索範囲にお前の住む小屋周辺が含まれているのだ。明け方には捜索隊が訪れる。どこかへしばらく身を隠しておけ――時間が無……』


「あいかわらず愛想ないなあ」

「あたしを探しに……来てくれるんだ」

「となると、もう出発せんといかんな。ホントはもう一晩休めて、明け方送ったろうかと思てたけど、それだと人族と鉢合わせるし」

 言いながらオクオは外を眺めた。遠い空には蒼茫の帳が下りている。

「ひとりで帰れるよ」

「アホぬかせ。昼の森でも小娘一人じゃ、また死に損なうのがオチや」

 自分の未熟を指摘されミルカは憮然とするが……たった一人で魔獣の住処である森を抜けるなど、できるはずもない。

 捜索隊も夜の魔獣を恐れて、夜は深入りしてこないだろう。

 明け方を待って大がかりに捜索を始めるに違いない。

 夜中に森を抜けて人里に辿り着ければ、オクオも捜索隊に見つからずミルカを帰すことができるという算段だ。森さえ抜ければあとはミルカひとりで、近隣の農家にでも匿ってもらえばいい。

「ただ夜中は……あいつがうろついとるのが、ちょいとやっかいなんやけど」

「あいつって?」

「ああ、いや、ま、大丈夫やろ。早いとこ支度してくれ」

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2024年12月18日 12:00 毎日 12:00

ある月夜の森の中、オークに出会った少女の話 まさつき @masatsuki

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