第5話

 離婚話は揉めに揉めた。


 始め真司は浮気を否定した。だが証拠の数々(探偵さんに調べてもらった密会写真に私が録音した音源など)を突きつけると、今度は一転平謝りだった。「愛しているのは奈津子だけ」「その女に騙された」「その女のお腹の子は俺の子じゃない」「奈津子との間にできた息子だけが俺の子」などなど。それらの言葉を右から左に流しながらも、心の中では彼に恋してきたかつての自分の気持ちには嘘がなかったのだということを思い出して、心が揺れた。


 だがそれも、ある事実が発覚したことであっさり決着がついた。彼は朝比奈ほのかや他の女性にかなり貢いでおり、デートやホテルなどでの逢瀬も重ねていた。そのお金がいったいどこから出ていたのか。うちのパラリーガルのお給料は、他の事務所よりはずっといいが、複数の女に貢げるほどではない。私と真司は共同の口座を持っており、それぞれのお給料はそこに振り込まれている。そこから各種支払いなど、生活費を賄っている。もちろん、それぞれの自由にできるお金も相談して決め、それは個人口座に自動的に振り込まれるようにしている。いわばお小遣いだ。


 なので、私や自分の稼ぎすべてを自由には使えない。となると別のところから工面していたことになる。


 それを解明すべく、我が家の財政をすべて調べあげた結果、息子の学資保険のひとつがいつの間にか解約されていたことがわかった。そしてその額分が真司が所有する別の個人口座に振り込まれるように手配されていた。


 息子の未来のための投資に手をつけ、女に回していたことが発覚したことで、私の未練は完全に断ち切られた。もちろんこの事実も離婚を迫るネタのひとつとして大いに使わせてもらった。最終的に双方の親も出てきて、温厚なはずの義理の父が息子を殴り倒しつつ、その手に無理矢理ハンコを握らせて離婚届に印を押させた。事実が明るみに出れば訴訟モノではあるが、変な動きを見せれば慰謝料の請求をするということをちらつかせておいたので、おそらく大丈夫だろう。





「おかえりなさいませ、緑川様。大丈夫でしたか」

「えぇ、問題ありません。ありがとうございます」


 マンションの玄関に控えていたのはコンシェルジュの男性。柔道の段持ちということもあり、いい体格をしている。


「緊急のことでなければ手を出さないよう承っておりましたから控えておりましたが……いざというときはきちんと頼ってくださいませ」

「そうします。本当にありがとうございます」


 私は礼を述べてエレベーターのボタンを押した。




 このマンションは職場へのアクセスもいいし、息子の保育園にも歩いていける距離にあるから重宝しているのだが、やはり引っ越した方がいいかもしれない。いつまた真司や朝比奈ほのかが襲撃してくるとも限らない。コンシェルジュがいるのでそうそう危ないことにはならないだろうが、私はともかく息子になにかあったら大変だ。


 真司の名前はとうに入居者登から録抹消しているし、保育園もセキュリティが行き届いているところだから安心している。離婚からくる子どもの連れ去りは保育士さんも承知しているので、そうならないようしっかり対応してくれている。


 親権は問答無用で私がとった。あと心配するとしたら、真司が父親面して息子に迫ってくることだ。生活に困って息子にたかるような父親になるかもしれない。だからこそ慰謝料は請求しなかったのだが、今後の出方次第では徹底的に戦うつもりだ。


 真司と別れられてせいせいしている。ずっと騙されたまま人生を送るより、ここでしっかり終わらせることができてよかった。その点はブレることはない。


 私には息子がいる。半分は真司の血だけど、半分は間違いなく私の血だ。半分で上等。全部欲張れば碌なことにならない。家族、仕事、友人。私の周りには素敵な存在がたくさんある。だから夫が欠けていても、問題ない。


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