黄金の剣
ゴブリンの脳天からは、血液らしき黒い液体が溢れている。眼球は白目を剥き、口からは涎が垂れ、そこからは絶命が窺えた。
「……」
彰良は吸い寄せられるように手を伸ばし、黄金の剣に触れる。
すると、何十、何百もの映像が頭に流れ込んできた。
瞬時に分かる。その映像は、過去に黄金の剣を使った者たちの記憶だ。どのような敵と対峙し、どのように屠ってきたかを知ることができた。剣の使い方も経験に近い形で理解できる。
そんなとき、視界の隅で捉えた。ゴブリンが彰良に向かって、地面を蹴っている。
「──っ⁉」
彰良は肩をぴくっと震わせたのち、軽いバックステップでゴブリンを躱した。
頭で身体を動かせるような状態ではない。ゆえに、それは反射だ。
彰良は身を翻し、隙ができたゴブリンの心臓を一突きにする。黒い鮮血が弾け、彰良の頬に飛び散った。
彰良は、冷静な表情で剣の感触を確かめる。
「まさか、あれ……」
道化師は眉をひそめていた。
他のゴブリンも、汚い咆哮を放ちながら迫ってくる。
彰良は眼球を軽く動かし、ゴブリンの位置関係を把握。振り下ろされた棍棒を何度か避けてから、剣を薙ぐ。その剣で刎ねられた、ゴブリンの首は宙に舞った。
仲間の死を目の当たりにしたゴブリンの動きが鈍る。
彰良はその隙を見逃さなかった。一体ずつ、一撃で絶命するよう的確に心臓を穿つ。剣の道を究めて数十年の達人がごとき動きで、ゴブリンを仕留めていく。
彰良は無我夢中で剣を振るっていたが、すこしずつ我を取り戻していった。
まったく歯が立たなかったゴブリンを圧倒していることに気付く。
「ははっ」
ふいに笑みが洩れた。
自信が息を吹き返す。諦めなくてもいいかもしれない。欲しいと願い続けたものが手に入ったかもしれない。
ならば、〝アレ〟もできるか。
彰良は期待に胸を膨らませながら、ゴブリンに肉薄していった。
「ウーノ」
剣を操りながら、彰良は呟く。
「ドス、トレス、クアトロ、シンコ」
彰良は、踊るようにゴブリンを屠っていく。
「セイス、シエテ、オチョ、シエテ、ディエス!」
十を意味するスペイン語を叫び、十体目のゴブリンを斬り伏せる。
「ああああああぁっ、やばい最高っ……‼」
彰良は身をよじらせた。
大勢の敵を相手にするときはこうしようと決めていた妄想が現実となった。痺れにも似た快感が身体を駆け上っていく。
「……こんなのがいるなんて聞いてないんだけど」
道化師は煩わしげに言う。
「計画は変更だよ。教皇は……キミを捕獲しろって言うだろうからね」
その指がパチンという音を鳴らすと、獣が洩らすような唸り声が響いた。そして、闇から異形の狼が姿を現す。
それは、オルトロスだ。それぞれ独立した意思を持つ、二頭の狼である。
オルトロスは突風のような鼻息を洩らし、早く彰良を食らいたいといわんばかりに涎を垂らしながら近づいてきた。
「欲しいのはその資格だよん。意識があれば四肢は食い千切ったっていい」
道化師は、感情が欠けた口調で言う。
彰良の脚が震えた。だが、それは恐怖による震えではない。
この黄金の剣にまだ隠された力があることは分かっていた。だから、それはその力をはやく解放したいという逸りによる震えだ。
地面を抉りながら、オルトロスが駆け寄ってくる。
彰良は深呼吸をし、その巨躯を視界に収めた。そのまま剣をゆっくりと背後へ引き、勢いよく前へ突き出す。
次の瞬間、ドッ! という世界が揺れるような音が響き、剣先から閃光が放たれる。その閃光は、オルトロスを楽々と呑み込むほどに大きかった。
少女、道化師、彰良も目を丸くする。
閃光が消え去ったのち、オルトロスは跡形もなく消えていた。土も草も姿を残していない。どうやら、空間そのものが削り取られたようだ。
暴力的すぎるその破壊力に身震いしてしまう。
「ははっ、やった……」
まさに、最強と形容しても大袈裟ではないチカラ。
魔術が使えた。必殺技で敵を倒せた。ただの犬死にで終わるモブじゃなかった。憧れていた主人公になれた。
溢れる喜びを噛み締めるように、彰良は拳を握っていた。
そんなとき、ふと思い出す。
「あっ……」
オルトロスを倒せた達成感ですっかり忘れていたが、本当に倒すべきは道化師だ。
彰良は道化師を探す。だが、その姿はどこにもなかった。
近づいてきた少女に、彰良は尋ねる。
「ピエロみたいな男は?」
「いつの間にか消えてたわよ。っていうか……」
「えっ……?」
少女はいきなり、彰良の胸倉を掴んできた。
「アンタ、なんで一般人のふりとかしてたわけ⁉ 戦えるなら、最初から戦いなさいよ!」
「いや、俺もいつの間にかチカラを使えるようになってて……」
「そんなしょーもない嘘信じると思う?」
「本当だって! 俺が剣持ってなかったのお前も見ただろ⁉」
「そんなの召喚魔法でも使えば、どーにだってなるじゃない! ていうか、私にはシャーロット・ガティネっていう立派な名前があるの! お前とか呼ぶのやめてくれる⁉」
「だったら、俺だって九重彰良って名前があるんだが……⁉」
彰良は息を切らす。初対面であるのにもかかわらず、なぜこんなに突っ掛かってくるのか。ひどく疲れる。
とりあえず、このまま言い争っていても埒が明かない。いま、彰良に必要なものは情報だ。ここがどんな世界かを知るため、彰良は甘んじて先に折れる。
「そうだな、俺が悪かった……シャーロット……」
だが、この少女──シャーロットはそれでも不遜な態度を崩さなかった。
「気安く呼び捨てにしないで。ちゃんと〝さん〟付けしてくれる? しかも、全然反省が顔に表れてないんだけど。本当に悪いと思ってる?」
次の更新予定
『主人公失格 ~何のチカラもなかった俺は~』 天海いろ葉 @irohaamami0601
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