四、期限の一週間
「うっ、腰が痛ぇ……」
「おはよー、英治さん!」
「何が『おはよう』だ! 本当に加減なしだったな? これだから若造は……」
「抱き潰すって宣言したじゃん」
ナツが家に来て一週間。今日、英治は死ぬ予定だった。それは当然、ナツの言った大嘘だったわけだが、実際英治は死んだ。今までの暗く引きこもっていた英治が。死んだと同時に生き返った。そんな表現が自分にはぴったりだと感じていた。
完全に腰をやられて動けない英治のために、ナツは簡単な朝食を作って運んでやる。
温かいコーヒーはインスタントではなく、わざわざ豆から挽いたものだ。たった一週間だが、ナツは英治に少しでもいいものを口にしてもらおうと努力していた。英治はマグカップに口をつけると、ぼそりと呟いた。
「おいしいな」
「でしょー?」
満面の笑みを浮かべるナツを見て、英治ふとは思った。こいつの笑顔のために生きるのもありかもしれないと。だけど、ひとつだけ気がかりなことがある。
「お前さ、会社どうしてんの? 一週間ずっと俺の世話してただろ」
「ああ! ちょうど有休消化してたんだよ。オレ、会社辞めるから」
「……は? え、ちょっと待て、会社を……辞める?」
「心配しないで。オレ、津田さんと独立するの」
「俺が引きこもってる間に独立だと?」
「よくあることじゃん! そこで英治さんにもお願いがあるんだけど」
皿の上にあったミニトマトを英治の口に運ぶと、にっこりする。
「経験豊富なディレクターがもうひとり欲しいんだよね。津田さんとやり合えるような。この意味、わかる?」
「……最初から全力疾走できねぇぞ?」
「それでもいいよ。あんたと仕事したいと思ってるのは、オレだけじゃないってこと! ちょっと妬けるけどね」
英治は不意打ちでナツに口づけると、にやりとした。
「っ!」
「俺と生きたいって言ってくれたんだ。俺もちゃんとお前に向き合いたい。それが大人ってもんだろ?」
「う……嬉しいけど、なんかガキ扱いされてない? 昨日オレの下でかわいく喘いでたの、誰だっけ?」
「最高にカッコ悪いところを見せまくったからな。少しくらい許せ」
楽しそうに朝食に手を付ける英治の横顔を眺めながら、ナツは安堵した。憧れていた人がやっと戻ってきてくれたのだ。しかもこうして近くにいてくれる。それだけで幸福感に包まれる。
「ねぇ、英治さん。これからも一緒に住んでいい? あんたがまた絶望するようなことがあったら……死ぬためにしっかり努力してもらうから!」
「なんだか憑りつかれちまったみたいだなぁ」
いきなり現れた死神が狩ったのは魂ではない。英治の苦しみだ。死神は縁起の悪いものでも、会いたくないものでもなかった。彼は英治にとっての救済者だったらしい。
「ひとつ質問していいか? 本当のお前って、何なの?」
「えー? それは教えない。英治さんがそばにいて、自分で答えを見つけてよ」
「……ちょっとわかった。つまりお前は、最高に面倒くせぇやつだ!」
【了】
死神がやってきました。 浅野エミイ @e31_asano
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