姫は知らない

香久山 ゆみ

姫は知らない

 なんてばかなお姫様なんだろう! そのおとぎ話を初めて聞いた時の、私の感想だ。

「お姫様は美しく成長するが、糸紡ぎの針に刺さって死ぬでしょう」

 誕生パーティーに招かれなかった十三番目の魔女からそんな呪いを贈られたお姫様。王様は国中の糸紡ぎを処分して遠ざけたにも関わらず、大きくなった姫は自ら立入禁止の場所に入り込み、伸ばした指を糸紡ぎの針に刺されて、永い眠りにつく。ばかな子だなって、幼稚園ながらに思っていた。

 けれど、私も成長とともに考えを改めた。親がしっかり説明しなかったんじゃないの。

 だって、姫は生まれてから糸紡ぎなんて見たこともないんだもん。周りの大人がちゃんと彼女が納得するよう教えておくべきだった。それを怠ったから、あんなことになったんだ。悪いのは姫じゃなくて、大人だ。

 反抗期の頃にはそんな風に思っていた。親に無垢な信頼をおいていたのが幻だったみたいに、私は家ではいつもむしゃくしゃしていた。勉強のことや学校のことや部活や友達のことに、親が口出しするたび反発した。親の期待を背負って挑んだ中学受験に失敗したことも一因だったかもしれない。ろくに勉強もせず毎日夜遅くまで友達と遊び歩いた。

「そんなことじゃ、受験に失敗するわよ」

 母の不用意な発言が火に油を注いだ。

 中学三年生の時には塾へ通うように親から強く勧められたが、私は頑なに拒絶した。努力の挙句にまた失敗するのが怖かった。

 そうして、当然といえば当然、第一志望校の入試は不合格となった。けど、自業自得だとは思わなかった。「また」失敗してしまった。こういう星の下に生まれてしまったのだ。

 そうだ、誰のせいでもない、「運命」だから仕方ない。

 そんな諦念を持つに至った私は、ますます勉強しなくなった。高校生になって、恋人ができてからは忙しく遊び回って朝帰りもしばしばだった。家で顔を合わせるたびに両親はしつこくお説教してきて、それもうんざりだった。ますます帰宅が遠ざかる。

 親は地元に残ることを望んだけれど、大学進学とともに上京して、そのまま就職した。父のコネのある地元の一流企業を蹴り、都心の会社に派遣社員で勤めた。正社員になれなかったのも、そういう「運命」なのだ。

 ようやく地元へ帰ったのは、数年経ってから。都会で結婚出産して、離婚して、幼い娘を連れて実家に戻った。

 定年退職した両親に子どもを預け、地元で職を探した。もう若くないしたいした職歴もないから手こずったが、なんとか正社員として職に就いた。幼い頃に憧れていた仕事に、ダメ元で応募したところまさかの採用だった。都会での経験が生きた。

 仕事に子育てにと、良くいえば充実、実際には目の回るような日々を送る。

「だめ」

 幼い娘はいくら言っても言うこと聞かない。

 そうか、王様もお后様もきっとお姫様には言った。「糸紡ぎに近付くな」って。口が酸っぱくなるほど。けれど、子どもは言うことなんて聞かない。親になってようやく気付く。

 ケセラセラ。それでも子どもは成長していく。

 娘も早い齢で結婚して、私はおばあちゃんになった。孫は無条件にかわいいものだというけれど、やんちゃ過ぎてかなわない。男の子ってほんと大変。ぶん殴って黙らせてやろうかと、何度も手が出そうになる。けれど、やはりかわいい。

 娘の子育てにはなるべく口を出さないでおこうと思うものの、どうしても口やかましくなってしまう。幼な子には、少しも傷つくことなく幸せになってほしいと思うから。

 十三番目の魔女は本当に姫を呪ったのだろうか。幼い姫が傷つくことのないように、予知した危険を伝えただけではないか。それで悪者扱いされたのでは適わない。けど、それもまた運命か。

 齢をとると、自分のことよりも若い人達の幸せを祈る心境だ。自分自身のことは、それなり満足いく生活を自分でつくることができるから。まあそれも体の自由が利くうちかもしれないけれど。

 チクリ、と心臓に針の刺すような痛み。お迎えの時も近いのかもしれない。どうせ旅立つなら、愛しい人達の不幸をすべて持っていってやりたいものだ。

 十三番目の魔女は、姫の死を予知した。本来死ぬはずの者を助けるには、代わりの命を差し出さねばならない。老い先短い我が身を使ってくれればいい。けれど、誰かの命と引替えに生き延びたと知れば、優しい姫は気に病むかもしれぬ。彼女がのびのびと長生きしますように、魔女は作戦を練ることにした――。

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