第3話 この世界の設計図
サラは俺が組織に入るという結論を出したことに満足したようだ。俺も情報があるなら少しでも仕入れておきたい。この世界に対してあまりに無知すぎる。
「『第二日本同盟』に入ってくれるのね!一か月ぶりの会員だわ、お祝いしなきゃね。今みんなに伝えるからちょっと待ってて。」
サラは俺の背中を義手でバシバシと叩き、チャットで誰かに連絡をした。
第二日本同盟、それが組織の名前なのか、日本と名前がついていることから、他国の奴らもいるんだろう。それがクリアの鍵かもしれない。また第二という名前があるということは第一日本同盟もあるのか?分からないことが多すぎる。
「とりあえず、まだ分からないことだらけよね。屋上に来て、この世界のことを教えるわ。」
屋上へ出るための扉は南京錠で施錠されていたが、サラが少し回転させた義手を触れるとねじれて破壊された。外へ出ると、息を飲むような光景が広がっていた。
シンヤは自分の町が再現されていると思っていたが、そうではなかった。そこまで高くもないドラッグストアの屋上からでも、近所では見たこともない建物が点在している。街並みは日本のようだが、少し遠くを見るとそれも怪しい。
「ほら、あそこの角を見てごらん。」サラが指し示すところを見ると、一つのビルが建っていた。しかしそのビルは全く無残にも両断されており、断面からは中に入っていたオフィスが一目で見て取れた。なんだかゲーム画面のようだった。
「この世界は極めて単純な考え方で作られているわ。プレイヤーが初めてヘッドセットを装着した場所を中心に1×1キロメートルの現実世界をコピーしたフィールドが作られる。そして、そのプレイヤーが倒されると、倒したプレイヤーがそのフィールドを奪うことが出来るわ。ここまで理解できた?」
シンヤは頷いた。
「新しいプレイヤーが勧誘される度、そのプレイヤーの国籍によって場所が決定され、世界は拡大していくわ。今どれだけの広さがあって、何人のプレイヤーがいるのかは誰にも分からないのよ。」
そんな広大な世界でシュウマを探し出すことなんてできるのか?シンヤは漠然とした不安を感じていた。
そして、そのルールだと国で集まるのは理にかなっていると納得した。
「それで、この世界のクリア条件っていうのは何かわかっているのかい?」
シンヤは尋ねたが、サラは首を振った。そうだろうとは思ったが、シンヤは少し落胆した。シュウマの事を聞かないままそこで会話は終わり、俺たちは第二日本同盟という場所の本拠地。ドラッグストアの上からでも一際に目立っていた東京スカイツリーへと向かった。
東京スカイツリーの展望台。確かに守りを固めて、敵と戦うには絶好の場所かも知れなかったが電気が通ってなく、階段で登るのはさすがに骨が折れる仕事だった。昇り始めてから丸々一時間後、二人ともへとへとになりながらドアを開けると、トレンチコートを羽織って丸眼鏡をした二十代後半ほどの男が立っていた。
「こいつが言ってた新入りか?サラ。」
男が言った。サラが頷くと、男はシンヤに自己紹介をした。
「僕の名前は波沢ヨツバだ。能力は力学的エネルギーの保存だ。シンヤ君…だっけ?あの因数分解を倒したんだって?凄いなぁ。」
ヨツバの話を聞きながら見回してみたが、ざっと見たところ、展望台の中で目を引くのはエレベーターホールにあるジープだった。もともとあったものかもしれないが、タイヤに泥が付いている。
「シンヤ、リーダーが帰ってくるまであと十分ほどかかるらしいから、その辺で待ってて。」サラに言われたので、展望台を一周歩いて回ってみることにした。能力のことで実験したいたいこともあるしな。
半周ほど歩いたころ、備え付けられている展望鏡を使って遠くを眺めている白いパーカーの女の子に出会った。展望鏡はお金が入ってないのでレンズにカバーが付いている。
シンヤはポケットから百円玉を取り出し、硬貨入れに入れた。
「しているの?何を」
少女はこちらを見て確かにそう言った。その話し方に少し困惑しながらもシンヤは答えた。
「せっかくスカイツリーにいるのに展望鏡が使えないのはかわいそうだったからね。」
少女はまた不思議な口調で言った。
「見えることもある。見えないからこそ」
そこまで言うと少女は歩いて行ってしまった。
シンヤは少女が去っていったのを見ると、ポケットからもう一枚百円玉を取り出した。それを投げると、やはり一直線上を等速度で百円玉は飛んでいく。シンヤは止まれ、と心の中で念じた。すると、百円玉は空中で完全に静止した。次に戻ってこいと念じると、百円玉はシンヤが投げた時と同じ速度でこちらに向かってきた。次に、シンヤは百円玉を静止させてから、反時計回りに少し動いてから、またこちらに向かってこいと念じた。すると、百円玉はまたシンヤの手の方向へと向かってきた。
やはりそうか、この一次関数の能力は、ただ物体を一直線に投げるだけの能力じゃない。自分を原点にして、一次関数のグラフを描く能力だ、投げたものはシンヤへの方向を軸として、速度を維持しながら前進、後進、静止ができる。シンヤはさらに小銭を数個投げ飛ばした。その硬貨は全てが一直線に飛ぶ。とりあえず七個までは一気に制御できる。あとは俺が触れたものを他人が投げても能力が発動するかだな、知りたいのは。シンヤは、さっきの女の子みたいな話し方を知らぬ間に脳内でしていたことを少しおかしく思った。
その時、反対側からシンヤを呼ぶ声が聞こえた。サラの声だ、リーダーとやらが帰ってきたのだろうか?急いで向かうとエレベーターロビーとつながった土産屋にサラと何人かの人たちがいた。さっきのパーカーの少女もいる。そして何よりシンヤの目を引いたのはその土産屋の中心にある机の上に、地図のような紙が置いてあることだった。
その人だかりの中にシュウマの姿はなかった。
「君が因数分解を倒した新入り君かな?」
そう言ったのはさっきまではいなかった男だった。その人以外は展望台の中で見たことがあるので、必然的にその人がサラの言うリーダーということになるわけだが、どこからどう見ても六十代のオジサンで、頭は白くなっていてスーツを着ている姿はただのサラリーマンにしか見えず、強そうには思えなかった。
「えぇ、そうです。よろしくお願いします。」
だが、見た目からは〈才〉は分からない。そしてこの世界はその〈才〉が大きなウェイトを占める世界だ。シンヤは考えながら軽く会釈をした。
「あの因数分解の能力には僕らも少々てこずっていてね、君が倒してくれて助かったよ。僕の名前は扇コジロウ。〈才〉は相対性理論だ。」
相対性理論。シンヤはコジロウのシャツの所々に血痕があることに気づいた。そして悟る。この男はリーダーシップだけでなく、純然たる暴力によってこの地位に納まっているということに。
「君の〈才〉を存分に生かし、戦ってくれたまえ。ようこそ、第二日本同盟へ。」
コジロウの言葉にはどこか闘気を呼び起こさせるような、不思議に扇動的な響きがあった。シンヤは自分を必要としている場所がある。その一点だけでも泣きそうなほど嬉しかった。
数奇世界 @Pasifico
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