第7話 理事棟への呼び出し
翌朝,寮内の連絡用端末に通知が入った。昨日までの湊斗のような自分で携帯端末を持たない生徒に向けた措置となっており,部屋間で連絡を取り合うのが専らの使い道となっていた。
そのため,理事棟からの連絡が入ったのはかなりレアな出来事と言える。
(朝から一体なんだ?)
そう呟き,湊斗は端末を起動する。
『本日18:00,理事長室まで来るように。1年Sクラス全員に呼び出しをかけている故,拒否権は与えない』
(怪しいメッセージ,としか言えないな)
突然の呼び出しに,まず疑ったのは詐欺の類だ。しかし,金銭や個人情報を掠めとるような手段ではないうえ,1-S全員への呼び出しとある。嘘だった場合,クラスメイトに連絡をした時点で,完全な詐欺だと発覚するだろう。そのうえ「他人への連絡をしないように」などという詐欺の決まり文句もない。
(ま,別に老人じゃないんだがな)
取り敢えず,湊斗は有栖に連絡を入れることにした。特に意識している訳ではないが,やたらと関わることが多いうえ,実際頼りになる人物だ。悪い顔をする事もあるが,基本的に他社を貶めるような事をしてはいない……少なくとも湊斗は知らない。
『今朝のメッセージについて,考えを聞かせてくれ』
『直接話したいから早めに来て』
どうも有栖は携帯端末でのやり取りに消極的らしい。今まで携帯端末を持っていなかった身からすれば,何故昨日買わせたのか,理解できない。
(昨日のうちに設定した意味……なかったな)
クローゼットを開け,制服を取り出す。なお制服のクリーニングは自費である。花の学園生活を灰色にしないため,クリーニング代をケチるような人物は殆どいない。クリーニングに出さない生徒は不良連中だけだ。……一部魔術師組も魔術で洗っているからか利用していないようだが。
(ホント面倒な事しかしないな……)
心の中で,学園に文句を言いながら制服を整え,自室を出る。昨日降った季節外れの雪はまだ降り止んでいない。ぼんやりと歩いていると,後ろから声をかけられる。
「藤室くんだっけ?朝から早いね」
「お前は……ウォンか。そっちこそどうしたんだ?」
ウォン・アジュン。名前から察せる通り,朝鮮半島出身のようで,平たく言えばイケメンだ。このクラスどころか,学年,学園で比較しても1番,あるいはそうでなくともトップクラスの美形だろう。人間としてのスペックも割と高い部類で纏まっており,無事に入学式を終えれば,学園の人気者待った無しだろう。こちらでは冷戦も起きていないようなので分裂もしておらず,貿易の活性化を発端に急成長している。そんな国から,この学園に来る理由がイマイチ湊斗には分からなかったが。
「今朝のメッセージのことでね」
「なるほど,俺もそんなところだ。お前はどう思った?」
例のメッセージは1-S生徒に大きな混乱を招いていると見ていいだろう。クラスぐるみで魔術を練習していることは隠蔽している筈だがバレていない保証もない。それは各々が認識しているはずだ。具体的な情報を掴めていなくとも,呼び出すと言って反応を見るのは効果抜群と言えるだろう。不安を突けば,人間は思いの外簡単に動いてくれる。
「いきなり不自然過ぎるからね。直接理事棟に確認してみようと思って」
「……やめておけ。罠かもしれないし,探られて痛いのは俺らの方だ。他のクラスも学年も,クラス単位で魔術練習なんてしてないからな。まぁ,どうにもならない訳じゃないだろう。既に望月も動いている。」
「望月さんが?」
やはり年下に良いように使われては年上として面目が立たないということだろうか。アジュンは少し複雑そうな表情だ。
「いつもの場所で待っているようだからな。お前も来るか?」
「……そうだね,そうさせてもらうよ」
湊斗は1-Sの状況を省みるに,クラス内の秘密は少なくて良いと考えている。”漏らすと自身にとって不利益がある秘密”は強力だ。魔術に関する告発とは不利益そのものだろう。そこを追及されるリスクを避けるためならば,多少秘密の上乗せをしても問題ない,というのが湊斗の考え方だ。アジュンも,その考えのもとに巻き込まれただけであってただ会ったから以外の理由はない。
湊斗はアジュンを引き連れて,いつもの教室のドアを開く。
「指示通り,早く来てくれて何よりだわ」
「場所がここであることに安心しているよ」
普通,早く来いとだけ言って場所を伝えないことなどあるだろうか。信頼の表れといえば聞こえはいいが単に迷惑なだけである。
「それと……アジュンくん?」
「ああ……今朝のメッセージのことだよね?」
「そうよ,練習時間前に少し考えを纏めておこうと思ってね」
「……ねえ,本当にこんなことがあると思う? いきなり全員の呼び出しなんて,普通はありえないよ」
「僕は,ありえない事をやってるからこそのこの状況なんだと思いますよ」
教室のドアが再び開かれる。入ってきたのは2つの人影だ。アジュンに反論しながら入ってきたのもそのうちの1人。
「ノアくん,べステさん」
有栖が少し驚いたようにその名前を呼ぶ。メッセージの影響か,普段より早い段階で人が集まっている。有栖としてはあまり秘密を広げたくないのであまり嬉しくは無かったが,何もしない訳にはいかず煮詰まっていた。
湊斗はその2人の姿をじっと眺める。ノアは外部生だが,ベステは違う。だからこそこの組み合わせに違和感があった。
「エルマス,カッバーニと一緒だったのか?」
小声でベステに聞く。支配欲の強い彼氏のような発言だが,当人にその意図はない。湊斗はベステを綺麗だと思っているが,それだけである。周りがどう思うかは別として。聞こえていたのか,有栖は溜息をついてノアのところに歩いていった。
ノア・カッバーニ。家業を都市の離れた兄に任せ,日本にやってきたらしい。後ろで結んだ髪が印象的な丁寧な物腰の生徒だ。あまり長い時間では無いが,ここまで共に過ごして印象に残る出来事があまりない。どうにも個人間の付き合いを避けている……というより公私がはっきりしているようだ。ちなみに,魔術適性が未だに判別不可能なレアな生徒の1人。他に4人不明者がいる訳だが。
「偶然,教室前で居合わせたらしいわ」
「そうか」
せめて,興味なさげに答えた湊斗だったが,周りの視線は冷えたままだ。唯一状況を理解していないベステだけが首を傾げている。
ベステ・エルマス。留学組としては異例の初等部からの留学生。普通,初等部ならば家から通うケースが多いのだが,彼女は例外だった。殆ど実家との縁も切れているようで,親戚を頼って生活していると本人は言っていた……ここまで来て本当に留学生と言えるのかはおいておこう。あくまでも表向きの扱いの話なのだ。
魔術適性は『盛福呪歌』。基本的に文字通りの適性だが,彼女はちょっとしたイレギュラーだ。初等部の音楽祭で披露された歌声はちょっとおかしいレベルだった。湊斗は中等部に上がり,魔術を知って初めてベステの歌に魔術が込められていると知った。初等部時代でも何か違和感があったのは成熟した精神性故だったか。
中等部では同じクラスのため,何度か話す機会があった。しかし,ベステは湊斗を避けていた節があった,と湊斗は認識している。なお,日本歴が長く,母語に加え普通に日本語を使いこなしている。とはいえ,彼女も人付き合いに精を出すタイプではないため,話している姿を見ることは殆どなかった。
ノアとの違いはノアが敢えて人付き合いを避けているのに対し,ベステは単にしたくても出来ないことだろう。
「それで,直接話したい事ってなんだ?」
「……にしても,よく短い時間で設定したわね。携帯端末は初めてだったんでしょ?」
「まあな。でも取扱説明書があるんだ。読めば詰まることはないだろう。普通なら」
(明らかに逸したな)
内心で有栖が何を考えているかは分からないが,湊斗には明かしておきたくて他の生徒には明かしたくない情報があるのだろう。
「で,話は?」
話を避ける有栖に呆れた目を向ける。”秘密”に対するスタンスの違いなのだが,幸か不幸か,互いにそうとは認識していない。
(流石に誤魔化せないわね………仕方ないか)
分が悪いと悟るやいなや何事もなかったかのように口を開く。
「今朝のメッセージのことよ……ここにいる全員がそのつもりだと思うけどね」
「うん」
「そうだな」
「ああ」
「……(コクコク)」
集まった5人の目的は一致しているようだった。それを確認すると有栖は話し始める。
「──私達のことが把握されつつあるんだと思うわ」
「だろうな。学園側の魔術師勢力のことを考えれば当然と言えるか」
「待った待った……学園側にも魔術師,いるの?」
湊斗の肯定にアジュンが疑問を呈する。学園側に魔術師がいることを知っているのはレインを筆頭とする倉庫地下所属の魔術師だけだ。それもレインが場所を掴むまでは確定では無かったのだ。思考はアレだが,魔術の腕だけならレインは十分優秀だった。高い素質がある訳ではなく努力の結果なのだが,その性格ゆえ一部を除いて誰も信じてはいなかった。
「えぇ,理事棟の地下を根城にしてるみたい。ほぼほぼ,理事長認可ってところでしょうね」
その後,5人……実質的には4人で見解を話し合う。もうじき,他の生徒もこの場に集まるだろう。それまでに対応の大筋を決めておくことになった。この5人が此度の事件に対する対応の中心となりそうだ。
定例となった空き教室での1-S集会。いつもと違うのはその内容だ。魔術の練習ではなく,突如学園から送られた呼び出しのメッセージに対する対策。
「皆のところにも届いてると思うけど,今朝,学園から呼び出しのメッセージが届いたわ」
湊斗は生徒の様子を伺うが,届いていない生徒はいないようだ。
「そのことへの対応だけど,行くか行かないかを決めないといけないわ。勿論,クラスメイト全員が揃えるのは前提ね」
「何でだよ?」
クラスの中から疑問の声が上がる。
「その前にこの事態を説明させて貰うわね。この状況はチャンスでもあるわ」
その発言にクラスがザワつく。理解できないというのが大半なのは5人とも感じたようだ。少し落ち着いたタイミングで有栖は再び話し始める。
「この数日間,シャルロッテを見ていないでしょう? まずはそこから説明するわ。……彼が消息を断ったのは中等部卒業式の2日後よ」
実際は卒業式後の顔合わせ会その日である。そのことは湊斗も知らない。本当かどうか疑ってはいるが不用意な口を挟む程の疑念でもなかった。
淡々と話し始める有栖。実際の失踪時刻は有栖以外全員が卒業式2日後と認識している。有栖はコレを存分に利用させて貰うことにした。これから話すのはシャルロッテを利用して侵入を美化し,クラスメイトを味方につけること。内心を外に出さぬよう気合を入れ直し,話を続ける。
「実は消息を絶つ前日……シャルロッテが一通のメッセージを送ってきたわ。それがコレね」
有栖はそう言って自身の携帯端末にコードを取り付ける。すると有栖の携帯の画面──シャルロッテからのメッセージがプロジェクターによって映し出された。
『学園側が1-Sを潰そうとしているようです。理由は分かりませんが明日作戦会議を行いませんか?』
「コレだけを見れば意味不明のメッセージだけど……翌日に本人が行方不明,今朝私たち全員に学園からメッセージが送られた事を考えれば……後は言わなくても分かるわね?」
状況証拠は揃っている。個人をターゲットにしたものではなく,クラス全員をターゲットにしたもの。そうなれば,バラバラに動くのは危険でしかない。密かに裏切りを決行しても最終的に処分されるのは免れない可能性が高い。機を見て優勢な側に乗り換える連中など,手元に置きたがるバカはそういない。
「それを受けて私は逆に探りを入れることにしたわ。勿論秘密裏にね。まずは捜索。結果として図書館棟に不自然な魔術の跡を見つけたわ。協力者はアイビーさん,リチャードくん,エミリオくんの3人よ」
有栖の発言に,注目が名前を呼ばれた3人へ向く。有栖に促されたリチャードはそのあらましを話し始める。その一方で湊斗はふと疑問に思う。
(何故図書館棟なんだ?望月は当たり前のように図書館棟と言っていたが……そのソースはどこだ?まさか学園中探し回ることも出来ないだろうし)
リチャードの話は終わり,エミリオの話になる。2人の話を総合すると,魔術の跡は図書館の2階から非常用出口まで続いている。途中は薄くなっており読み取れなかったが,僅かな痕跡と大体的に残っていた2階と非常用出口の跡から状況を割り出せた。ということらしい。もっとも,湊斗は考え事で聞いていなかったが。
(俺が失踪を知ったのは水曜の午後だ。シャルロッテを最後に見たのはその週の月曜日……失踪は最速で月曜の午後という可能性もゼロじゃない。なら何故言い切った?直接連絡を取っている訳ではないのは正しく理解している……ハズ。それとも何か見落としが?)
事をクラスに打ち明けるとなった時,重要になる点は大きく2つある。
ひとつめ,何故このクラスがターゲットになったのか。魔術を使えることが発覚した……だけではない。理事棟侵入の足掛かりを掴まれたとも考えるべきだ。前者はともかく後者は湊斗,有栖,リチャードの3人が先走った結果と言えなくもない。先手を打った攻勢なのは否定のしようもなく非が無いと言い張るのは厳しい。
ふたつめ,姿を現さないシャルロッテの現状に対する見解。一度も魔術教室に姿を現していない,それどころか連絡がつかない彼の扱いをクラスに害をなすためではないと証明しなくてはならない。約束を守っておかないといけない湊斗と有栖の思惑が乗っているものではあるが……クラスの分裂,疑心暗鬼を避けるためにも事実に関係なくシャルロッテを善人に仕立て上げなくてはならない。
そこで新しく携帯を買った俺が新しいメールアドレスでシャルロッテからのメッセージを偽装,有栖が日付,時刻が直接出ないメッセージアプリのインストールをしたうえでプロジェクターに映すという計画が実行された。
(これでシャルロッテを善人に見せかけつつ理事棟侵入が後手の反撃だったと言い張れる)
勿論アイビーにはシャルロッテの行動をある程度知らせたため,多少疑われるのは避けられない。が,彼女もここで場を乱す程愚かでないはずだ。
思考を巡らしている内に気づけば理事棟内の話にシフトしていた。指名された湊斗はこの件を打ち合わせ通りに話し始めるのだった。
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キャラクターメモ
『ウォン・アジュン』
学園トップクラスのイケメン。だいたいどこが出身なのか一瞬でバレる名前である。
魔術適性『空間把握』を持つ青髪の少年。空間関係の持ち主が弱いはずないですよ。きっと活躍してくれるに違いない。
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最新話まで読んでいただき感謝!
べステの紹介に文字数を使いすぎですね……(ふりかえり)
彼女の過去にはいずれ焦点を当てる予定です。
そしていよいよ異世界転移へのカウントダウンが進みます。
シリアスさんは布団から這い出てきました。
序章は毎日更新!あと4日間はありますね!
次の更新予定
Ⅰ転生先で異世界転移Ⅰ 〜龍と理想郷〜 鳥乃 雛 @TorinoHina
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