第6話 最後の日常

 3月26日,湊斗は待ち合わせ場所で待機していた。あたりを見渡せば家族連れにカップル,無論ボッチも含む様々な人々を見ることができた。ちなみに当の湊斗はこのような場所に不慣れなため,下手をすればイチャついているカップルよりも目立っているかもしれない。もし,他の誰かに聞けば初めて都会を訪れた田舎者を彷彿とさせると言うだろう。


 広場に植えられた木を背に立っていると,正面から見慣れた人影が近づいてくる。


「ちゃんと時間前に来ているのね,関心関心」


 望月有栖──本日湊斗を呼び出し,この場所──ショッピングモールに付き合わせた張本人。その金髪を風に揺らしながら湊斗に声をかける。言葉自体は上から目線に聞こえるが,相手を不快にさせるようなトーンではない。


「それで,何を買うんだ?」


「良いからついてきて」


 湊斗の問には答えず,そそくさと歩き始める有栖。その背に小さく溜息をつき,湊斗は後を追うのだった。


 連れて来られた先は携帯ショップ。最新機種のコーナーに最短で連れてこられ,まさかの「さあ選べ」というやつである。


「……何のつもりなんだ?」


「言わなきゃダメかしら」


「なんとなくは分かるが……」


「そうよ,今日は湊斗くんに携帯を買って貰うわ。あぁ,お金のことは気にしないで結構よ」


「とは言っても無くても困らないだろ……俺らは学生なんだ」


「いつの時代の人間よ……」


 呆れ返っている有栖を横目に湊斗は1つの端末を手に取る。


「じゃあ,コレで」


「……分かったわ。手続きに行くわよ」


 有栖としては,情報端末に対する湊斗のスタンスは到底理解できるものではなかったが,説明をしながら窓口に進んでいく。このご時世,店頭窓口で契約する人がどれだけいるだろうか。担当者も何か物珍しいモノを見るような目線だった。

 余談だが、特に問題なく購入が済んだのは魔術によって年齢を誤魔化していたからである。


 契約を終えた2人は店を出る。ふと見知った人影が目に入る。


「こんなところで会うなんて,驚きですわね」


 その人影が流暢な英語で話しかけてくる。正直な話,湊斗はあまり聞き取れなかったにが。何故かといえば,何も意識していなかったから,となるだろう。


「アイビーさんはどうしてここに?」


「たまたまですわ」


 アイビー・クロフォード。その長い髪は腰まで届いている。手入れは細部まで行き届いている訳でもないが,まるで手を掛けていない訳でもなさそうだ。魔術適性は『植物使役』。植物を自分の意のままに操ることが可能になる魔術だ。一応分類としては精神干渉系らしい。自身の思考を分割したもの,あるいは魔術で作りあげた自我を植物に与える仕組みになっている。

 Sクラスには英語を話す──それも母語として──生徒は多いと湊斗は見ている。少なくとも有栖と縁がある生徒は日本語か英語がそれなりに達者なのだろう。13歳でここまで人を使っているのを見ると将来が逆に不安になるというものだ。






 結局,3人で寮に戻ることになる。最寄り駅まで電車で行き,そこからは徒歩だ。表園学園は湊斗がかつていた日本でいう岡山県に属している。前世の日本とは県の区分がどうも違うようなのだが。山間にある都合上,アクセスは悪いがどうも意図的なものらしい。150年ほど前の大地震以後,実質的な新首都になったこの地だが,学園周囲だけ不自然に整備がなされていないのだ。

 電車内で揺られながら,ふと車窓に目を向ける。


「なんだ……? 雪?」


「この時期に降るなんて……」


「珍しいですわね」


 アイビーは留学生枠の生徒だが,やってきたのは中学生の頃だ。日本の気候であれば,3月に基本雪が降らないことも当然知っている。


「それにしても,さっきまで雲1つありませんでしたのに」


「突発的に降ることもあるんだろうさ」


 空を見上げてる2人を横目に湊斗は視線を正面に戻す。


(2人揃ってシートに膝立ちとは……本当に新高1なのか?)


 実際には片方の年齢が新中2なのだが,そんなことは関係ない。飛び級だろうと,上がったのならその場所に相応しい振る舞いを,というのが湊斗のスタンスだ。

 しかし,アイビーはともかく,有栖にはその行為におよぶ理由があった。有栖だけが気づいていたのだ。これがであることに。


「そういえば,クロフォードに聞きたいんだが」


 湊斗の声にアイビーが座り直す。遅れて有栖も座り直す。因みに,アイビーとの意思疎通のため,翻訳の魔術をオンにしている。周囲には流暢な英語で話す3人組にしか見えないことだろう。


「去年の文化祭,どうだった?」


「去年の……?」


「ああ」


「特に不思議なことはありませんでしたわ。例年通り,楽しめましたわ」


(嘘はついてないな。血の文化祭事件については何も知らないのか)


「望月に目をつけられたのは,顔合わせの後ってことか……ご愁傷さまだ」


「どういう意味!? 本人を挟んでする会話じゃないわよ!」


「その口振りだと,その文化祭で何かあったようですわね?」


 バレた……というよりバラした訳だが,誤魔化すことなく,簡単な経緯を話す。無論,踏み込んだ真相などは話さない。


「シャルロッテ・アドラー……人あたりの良い人形のような子だと思っていましたけれど……コレは認識を改める必要がありそうですわね」


「このうえで,俺たちからの提案だ。お前に師匠となる人物をつける。その見返りに,シャルロッテの捜索に協力して貰いたい」


「……有り難い申し出ですけど……お断りさせていただきますわ」


 少し悩む素振りはあったが,結局断られてしまった。

 提案した直後,湊斗は隣に座る有栖にかなりの力で足を踏みつけられた。それを見ていたのかもしれない。

 事実,この件が成れば一番苦労するのは有栖である。湊斗の人脈など無いに等しいため,アイビーに合う師匠探しは彼女の仕事になるからだ。


「でもまあ,クラスメイトのことですし,気が向いたら協力しますわ」


(コレは見られてたか)


 ちょうど電車が駅に着き,ここでこの話題は打ち切られることになった。






  アイビーと別れた後,当然というべきか,湊斗は責められていた。


「さっきの話,どういうことかしら」


「結局,何も起きなかったからいいだろう」


「魔術師呼ぶの,すごい大変なのよ?」


「元から呑むようには見えなかったしな。そのための事件の説明だ。クロフォードを事件から離すために,な」


「それでも,彼女が呑む可能性もあったでしょ?」


「お前が俺の靴を踏んだのも見ていたようだしな。ま,これ以上はなんとも」


 そうこうするうちに,男子寮の前に辿り着く。女子寮はこの奥のため,ここで解散となる。アイビーが先に抜けたのは当人曰く「寄る所がある」からだそうだ。


「とはいえ,無償の協力を得られることになったんだ。こちらからの申し出を蹴った以上,何か変な事を言ってくることはないだろうしな」


 湊斗はそう言い残し,男子寮へと消えていく。


「明日,30分前にはいつもの教室にくるのよ」


 有栖もその背中にそう言って,歩き始める。


(確かにアイビーさんの協力を取り付けた時点でプラスだわ。でも師匠をつけないならシャルロッテの捜索に利する点はないはず。何か他の目的が? ……湊斗くん,何を考えているの……?)


 降りしきる季節外れの雪の中,有栖は1人思案する。

 有栖は藤室湊斗という人物を信頼している。それは単に好きという以前に付き合いの長さからその人となりをある程度知っているから。無駄を好まない合理的な性格。

 そう思うからこそ有栖では気づけない。これがに意味のある1手だということに。











 Side: 理事長


 同時刻……密かに嗤う人影がひとつ。場所は理事棟,その理事長室の中だ。理事長の本名を知るものはいない。「理事長挨拶です──」「本学園の理事長です。今日は──」自然に振る舞っているが,実際のところ不自然極まりないともいえる状況だ。だが,それに違和感を持つものはいなかった。学校の仕組みそのものに対する隠蔽に気づいている生徒はそれなりにいるのだが。


「なるほど,40人ですか。大学の4年に1人,3年に1人,2年に2人,1年に3人……大学の層は厚いようですねぇ」


 理事長は椅子を横に回転させて立ち上がると棚からファイルを取り出す。


「それに比べ中等部は1人,初等部に至っては誰ひとりいないとは,まったく嘆かわしい限りぃ」


 乱雑に,それでいて紙は傷つけずに,ある種優雅とも取れる手付きで中から紙を取り出す。


「やはり目下の問題は高等部。いいえ,1年Sクラスですねぇ。30人全員がこの隠蔽に気づいているとは……早めに始末しておかねばぁ」


 その紙には,とある魔法陣が刻まれていた。正しくは魔術行使を補助するための紋様だ。原理のもとはルーンにあるが,高度なものは失伝し,高度なものほど複雑な紋様を必要とするようになっていた。


「30人ともなると厄介ですが……まとめて始末する良い機会だと考えましょうかぁ。禁忌とはいえど,使う他ありませんねぇ。未だ誰ひとり始末できていないのは予定外なのだから」


 そう呟きながらファイルをもとの棚に戻し,席に戻る。その口調は禁忌を忌むのではなくむしろ行使を歓迎しているかのようなもの。


「【我が敵を写せ──敵影察知エネミーサーチ】。な!?」


 1-Sを敵として認定し,敵探査の術を行使した理事長に予想外の事実が襲いかかる。


「コレは……面白くなってきましたねぇ。良いですとも! こちらには,コレがありますからぁ」


 禁忌と,自分で発言した紙を抱き寄せる。実際,昨日までの彼女には,禁忌を使うつもりなど無かった。しかし,Sクラスという存在への危惧が,ここで見た敵の場所が,彼女──理事長に禁忌を手に出させることになったのだ。











 Side: ???


「探知か。理事長は随分慎重なようだな」


 上を見上げ,そう口にした人物は,再び眼下に街を見下ろす。

 肩に触れる程度に伸ばされた──一般にロブと称される髪型のその人物は表園学園に所属している生徒だ。制服がそれを物語っている。


「おや? 貴方様がどうしてここに?」


「別に良いだろう。あの場には私もいたからな」


はいいのですか?」


「問題ない。ここには私と,眷属であるお前しかいないからな。──さて,このまま行けば,後数年で限界が来る。 上手く事を運ばなければ,この世界の民が多く死ぬだろう。……まぁ,私が撒いた種ではあるが」


「彼はこのことを知っているのでしょうか?」


 質問をしているだけの初老の男。うっすらと白髪の混じった,全体として灰色の髪だ。痩せ型だが,弱々しさはない。


「知らないだろうな。……ともあれ,行動しなければ,か」


「最後に……2の粛清はいつに致しましょうか?」


 老人の眼光が鋭くなる。2を心の底から憎んでいる目だ。


「何度も言うが,そのつもりはない。2人は自分たちの安寧のため,学園のためを思って行動したに過ぎない。結果として私は今も命の危機にいるが,そのような事は些事だ」


 言葉を返すその人物も強いプレッシャーを放っている。緑色の眼光は老人以上に鋭い。何もするなと,そう言うかのように。


「結局のところ,それは私のミス。彼の人物とは相性が悪すぎた。あの仔は──蓮弥は強く平和を望んでおったからな」


「だ,だとしても!土御門など!そのようなことを!」


「2人は私にこう言った。守ってやる,と。死の淵まで追い込んでおいて,笑い話だとは思わないか? 傲慢にも程があろうよ。普通,そんな人物と組むのは間違いだろうが……けれど,愛おしいと思えた。人間とはかくも面白い生命体であったな,と」


 白い髪を風に揺らしながら,立ち上がる。


「もはや,力は殆ど振るえぬ。あの仔土御門の封印は強力だ。強すぎると言って良いほどに。だが,既に道は見えている。──最終的な勝者の1人は私。確実にな」


 沈黙する老人を一瞥すると,再び街へと視線を落とす。


「そろそろ戻らないと事件になるぞ? お前はお前ですべき事があるであろうに」


「そうですね。であれば私も行動致しましょう。……手始めに軍部に連絡すべきですかな」


 その老人は踵を返し,屋上から降りていく。階下──このビルのエントランスだが──に待たせているSPたちをいつまでも待たせる訳にはいかない。それもそのはず,この男,この国の総理大臣なのだから。


 その場に残された生徒は離れていく老人の車を確認すると立ち上がる。白く綺麗な髪も,煌めく緑の瞳も夜闇に溶けて見えなくなっていく。

 その生徒はかつて直下地震にて壊滅した東京を発ち,西に向かっていく。


「いよいよ大詰めか。私も最期の仕事に取り掛からなければな」










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 キャラクターメモ

『アイビー・クロフォード』

 魔術適性『植物使役』を持つ赤ピンクの髪色の少女。英語が母語という理由で有栖に目をつけられた3人のうちの1人。

 基本的には真面目だが,年相応でもある本作では珍しい一般人枠……のハズ……ハズなんだ……

 お嬢様口調は翻訳魔術の影響だと湊斗は思っている。


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 最新話まで読んでいただき感謝!

 理事長の狙いは何か,白髪の人物の正体はなんなのか,次話以降で分かったり分からなかったり。

 今の所シリアスタグが息をしていませんがご安心ください。シリアスさんは低血圧なだけです。そろそろ布団から出てくるはずです。

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