第5話 才能の片鱗

「そういう訳で,協力してちょうだい」


「おう,任せな」


「了解だぜ」


「分かりましたわ」


 リチャード・ラヴィーンは他2名の生徒──エミリオ・ガルーラとアイビー・クロフォードと共に望月有栖に呼び出されていた。

 用件は失踪したシャルロッテ・アドラーの捜索。リチャード,エミリオ,アイビー,いずれも英語を使いこなせていたため,魔術の存在が明かされる前から有栖と接触があった。おそらく,声をかけられたのはそのためだろう。リチャードに関しては適性が『事実解明』だったという理由があるが,他の2人にそれは当てはまらない。エミリオは『空中闊歩』,アイビーは『植物使役』なのだから。

 図書館棟に入り,各々が捜索に入っていく。リチャードも自身の適性を活かして捜索を開始するが,イマイチ自身の魔術適性についての概要が掴めないでいた。『事実解明』,読んで字の如く隠蔽された事実を明らかにする能力だ。だが,リチャードには何を以て隠蔽なのか,隠された事実を暴いて何になるのか掴めていない。


(一体どんな力なのか……実は超強い系だったりしたら嬉しいなあ……)


 相手の隠していることを暴きたいときに暴けるのなら,日常生活で便利なことこの上ないだろう。だが,バトル物のマンガやアニメの主人公のようになってみたいという思いもあった。魔術の存在を知ったとき,とっくに無理だと知っていた夢は再燃し始めた。リチャードが招待状を受け取りこの学園に来たのは,単に学びを欲していたのもあるが,日本の創作物を学ぶためだった。

 結局その夢も自身の適性が微妙──本人にしてみれば──だったせいで砕けかけているが,魔術を修めるその姿勢は本物だった。


「苦戦しているようね」


「ああ。残念ながらどうにもな」


「キチンと練習はしているみたいだけど?」


「それは──」


 有栖に自分の感じていた疑問を明かす。何が出来るとも思わなかったが,返ってきたのは意外な返答だった。


「いいわ,私が教えてあげる。といっても適性外だから言葉だけになるんだけど」


「あぁ……頼むぜ」


 有栖はその言葉を聞いて満足気に頷くと話し始める。


「大前提として,事実の存在はとても不確かなものなの」


「そうなのか?」


「その事実を知る数少ない手段の1つが『事実解明』なの。似た系統の魔術の他には特異的にその性質を持つ魔術があるくらいね」


 図書館内を歩きながら話は続く。


「でも,真実はそうじゃない。真実って何だと思う?」


「うーん。言葉にしろって言われると難しいな……答えは?」


「もう少し考えて欲しかったのだけど……仕方ないか。真実っていうのは人の数だけある不定形なものなの。正しくは知性の数だけ,ね」


「???」


「──この写真を見てちょうだい」


 向けられたスマホの画面には痩せた狼と捨てられた赤子が写っていた。どう考えても狩りである。


「コレを見て,何を思ったかしら?」


「狩りをする狼……じゃないのか?」


「事実と真実に分けて考えましょうか」


「えっと……?」


「真実は簡単ね。リチャードくんはこの写真を見て狩りだと言ったわね。それが真実よ。実情がどうあれ,この写真ではそれ以上のことは推し量れないもの。与えられた情報から推測出来る物の中で最も現実的と判断された物が真実,という訳ね」


「真実が簡単ってことは事実はもっと複雑ってことか?」


「逆よ,もっと簡単なの。さっきの写真から読み取れる事実はと言うことだけよ。少なくとも一般人にとっては,ね」


「なんだ? 例外があるみたいだけどよ」


「それが魔術の行使よ。実はこの写真,私が子供の頃,イングランドで撮ったものなの──どうしたの?」


「いや……何でもねえ」


(いや今も子供じゃねえかコイツ!13歳だろ!)


 リチャードの内心を訝しみながらも有栖は講義を続けていく。


「まあいいわ。この写真に写っている狼はこの人間の赤子を子供と認識して育てていたの。これは真実ね,限りなく事実に近いとは思うけど」


 有栖によれば,暫く観察した結果なのだから間違いない──つまるところ事実と言いたい訳だが,観察者が有栖しかいないためにそうとは言い切れないらしい。結局,リチャードにはあまり理解できなかったが。


「ともあれ,この話の真意と事実関係を見抜けるようになるのがリチャードくんの魔術なのよ」


「よくわからない」


「そうね……人は事実を通して真実を見ると思われがちだけど,実際は真実というフィルターと通して事実を見ているの」


「なんか余計分かんないんだけど」


 リチャードはもともと頭が良い方では無いため全体の半分理解できたかできないかといったところだった。


「まあ,自分限定で事実を知れるのよ。後は他人の真実にも干渉できるはずよ」


 そう言って有栖は講義を終え,図書館棟の捜索を再開したのだった。残されたリチャードは何とか魔術の跡を見れるようになっただけである。なお,慣れれば魔術の跡はこのような適性が無くても見ることができるものである。とはいえ,この習得速度は魔術適性の補正があってこそなのだ。






『後は他人の真実にも干渉できるはずよ』


 ふと,リチャードの頭を有栖の言葉がよぎる。図書館棟で聞いた話,聞いたときは理解できなかったし,今もまるで分かっていない。それでも今のリチャードはなぜか自信に溢れていた。


「やっぱりソナーを使うべきじゃないか?」


「高えんじゃねえのかよ?」


「とは言っても,手がかりすら無しじゃ俺らの首が飛ぶかもしれないし……」


 ソナーという言葉に湊斗が苦い顔をする。ソナー──この場合は魔導具としてのソナーだが,余程のものでない限り,湊斗の魔術を超えて観測は出来ない。しかし,情報を遮断しているに過ぎないため,ソナーで感知できない空間が生まれることになる。そのため使われた時点で相当不利になる。外に出れば破壊特化型の魔術師連中に狙われる可能性が高い以上,外に逃げるのは論外と判断したのが完全に裏目に出ている。


(一か八かだけど……俺なら出来る!)


 リチャードは意を決して魔術の行使に踏み切る。

 小さく詠唱し,魔術を発動する。詠唱文は不思議と頭を駆け抜けていき,元から知っていたかのように口から出ていく。


「【其が持つは無限の顔,信じる道を示し給え──固有現実パーソナル・リアリティ】」


 リチャードの魔術が世界に干渉する。そして祈る間もなく,効果を目の当たりにするのだった。


「よし,ソナーを使う──ん?コレは……」


「なんだ?」


「ホコリの上に足跡が残ってる。ご丁寧に3人分な。ご丁寧に魔術の跡まで残ってるな」


「ようやくツキが回ってきたか」


 そう言って1人が窓から飛び出て行く。


「俺も連絡入れるとしますか」


 もう1人も倉庫から出ていく。その様子を有栖と湊斗は驚きの表情で見ていた。湊斗は隠し玉を持っていたのかという驚きだが,実情を知る有栖は違う。普通,そこまでの速度でユニークスペルを習得できる筈がない。まして,『事実解明』の基本すら覚束ない状態のリチャードがいきなり超がつくほどの応用の魔術を完成させ,行使したのだ。驚くなと言う方が無理だろう。


「お前,そんな──いや,今はここを離れるほうが先か」


「──そ,そうね。早く行きましょう。窓からの方がいいわね」


「? どうしたんだよ?お前ら」


 リチャードは2人の驚きなど他所に怪訝な表情を浮かべて早く逃げようと催促するのだった。






「追手は完全に撒いたな」


「顔も見られなかったのは幸いね」


 3人は窓から脱出し,魔術を駆使しながら監視カメラと感知トラップを避け,寮の一室へと駆け込んだ。もちろんというべきか,湊斗の部屋である。

 安心出来る段階かと問われれば頷けないが,ひと段落ついたという状況だ。顔を見られまいが追手を振り切ろうが意味をなさない可能性がある。それが対魔術師戦である。今回,相手に探索や追跡を得意とする魔術師がいなかったのは3人にとって僥倖といえるだろう。


「はぁ,リチャードくんに聞きたい事が出来たわね」


「同感だ。あんな魔術を隠してるなんてな」


「違うわよ,湊斗くん。彼はあの瞬間に習得したの。そうよね?」


「ああー,そうだな。うん,そんな感じだ」


 湊斗の誤解を解きながらリチャードに確認を取る有栖。ひとりベッドの上に寝転がりながら顔を2人に向けている。なお,湊斗は椅子,リチャードは床だ。さもありなん。


「普通,あの速度の習得はありえないわ。あんな高度な応用,誰もが出来る訳がないもの」


「ん?てことは俺……天才!?」


「コレは望月も否定できないんじゃないか?」


「そうね……」


 有栖の反応を聞き,飛び上がって喜びを示すリチャード。ちなみに,この部屋は3階なので湊斗は階下の住人に対し少し申し訳ないと思っていた。ふいにリチャードが真顔になりフリーズする。困惑の表情を向ける2人に対し,こう言い放つ。


「悪いな,俺,先に部屋に戻るわ!」


 玄関に駆けていき,すぐに扉が閉まる音がする。


「ラヴィーンの奴……一体なんだったんだろうな」


「そ,そうね……」


 残された2人は何か気まずい空気に包まれるのだった。


「ところで今後の予定のことなんだけど……」


 湊斗が沈黙に耐えかねようとしていたところで有栖が口を開く。


「取り敢えず……学校関連はこんなものだな」


 これ幸いにと,気まずかった空気が払拭される。湊斗が取り出したのは学校行事の書かれたカレンダー。今日は3月18日の土曜日。といってもあと数時間で日付は変わるのだが。

 カレンダーに記された行事は入学式──4月7日まで何もない。実際には1-S魔術教室を開催するため,それなりに忙しいのだが概ね暇な時間が続くという訳だ。他クラスの生徒は遊び呆けていると思うと湊斗としてはどうも複雑だった。


「えっと……来週の土日……空いてないかしら?」


「空いてはいるが,またどうしてだ?」


「ひとつ,買い物に付き合って貰おうと思ったの」


「……分かった。3月26日の日曜日でいいな?」


「えぇ,よろしく頼むわね」


 そう言葉を残し,有栖もまた部屋を去るのだった。


 湊斗は部屋にひとり残される。自室ではあるのだが。ついさっきまで有栖のいたベッド上に寝転がり,消灯する。侵入から逃走まで,実際理事棟にいた時間はそこまで長いわけではないが,極限状態を乗り越えた身体は疲労しており,すぐに眠り落ちるのだった。


─────────────────────


キャラクターメモ

『藤室湊斗』

読み書き特化とはいえ英語ができるという理由で留学生交流クラスであるSクラスに配属された本作のメイン視点。黒髪黒目で外見上はあまり目立たない。魔術適性『情報統制』を持つ。

彼に関する情報は多くがネタバレとなるのでキャラクターメモが対してキャラ理解の役に立たない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る