第9話 霊装

 ようやく霊装符についての学ぶことができる。俺は喜びに満ちていた。呪符の時に才能がないと言われてからすでに一月が経過している。その間は失意のままにひたすらに鍛錬を続けてきた。それでも俺の中にしこりは残り続け、周りでの評価も一段下がったままであった。


 霊装符は初めの説明ならば普通の呪符とは違うものという話だったはずだ。それならば俺にもうまくできるのかもしれない、そう思えて仕方がない。もちろんこれが希望に縋っているようにしか見えないこともわかっている。でもそうでもしなければ耐えられないのだ。


「霊装符。それはジブンらの中にある守護獣を顕現させることの出来る呪符や。顕現した時の形はジブンら次第。だから符の形もそれぞれ異なってくる。僕が言えるのはこれだけや。物は準備しとるから思うようにに描いてみ。それで出来たら報告しい」


 それだけで説明は終わってしまった。何もわからない。九蓋くがいはそのまま本を開いて読み始めた。本当にこれだけのようだ。俺たちは皆混乱しているが声を発するものはいない。基本的に鍛錬の最中の私語は禁止されている。


 誰もが何を描けばいいのか迷っている中で突如として手が上がる。


「なんや」


「できました」


「ふーん。こっちきいや」


 それは薄荷はっかであった。もう終わったのかと驚いていると確認のためか九蓋と奥へと消えていった。しばらくすると二人は出てくる。薄荷の方はそのまま講堂の外に出ていく。どうやらこの後は自由行動になるらしい。


 一人一人にある形。わからない。とりあえず目をつむり何かを考えてみる。何も見えない暗闇がそこにはあった。何をすればいいのかわからない。次第にその闇の中で何かがうごめいているのが見えてくる。


 思わず目を開けようとするが固く閉ざされていて目を開けることはできない。俺はその何かを見続けることしかできないかった。


 やがてその中に真っ赤に染まった瞳のようなものがあることに気が付く。泳ぐようにうごめき、その瞳は移動していく。ただ視線の先はずっと俺を見ていた。その瞳と見つめあう。遠くの方にあった瞳はやがて俺の目の前に来る。何か大事なものを見られている気がする。


 しばらくするとまるで何でもなかったかのようにその瞳はどこかへと消え去っていった。すると俺は目を開けることができるようになった。


 目を開けると目の前に置いてあった符はすでに完成していた。気味の悪い左右非対称な模様が描きだされている。これは俺が描いたのだろうか。周りを見ればすでに何人かいなくなっていた。前には九蓋が座っている。俺は手を挙げた。


「ついてきい」


 九蓋について講堂の奥に入っていく。奥には少し狭めの何も置いてはいない部屋があった。


「霊装符を発動すれば力は理解できる。それを僕に教えや」


「はい『空虚鈴刹くうきょりんせつ』」


 霊装符の名は不思議とわかる。唱えると、霊装符は光の粒となって消えていく。すると俺の手の中に一つの振り鐘が現れた。それを見ながら俺は首をかしげてしまう。何か違うような気がするのだ。


「それだけか」


「え?」


「いや。なんでもない」


 どういうことだろうか。もしや他の奴らは俺の霊装よりもすごいものなのだろうか。だとすれば俺は霊装でも劣っているということになるのか。頭がおかしなってしまいそうだった。


「それで効果はなんや」


「あ、えっとこの鐘を鳴らせば聞こえる相手の意識を奪うことができるようです」


「相手は指定できるんか」


「わかりません」


「だろうな。効果が分かると言ってもそれは概要だけだけやからな」


 なら聞くなよと思わないでもないが黙っておく。それよりもあのそれだけという言葉が気になってしょうがない。だが九蓋はそのことについてそれ以上何かを言う気はないらしい。


「霊装については他の奴に効果を話したらいかんよ」


「なぜですか」


「それ、ジブンに言う必要あるん? 黙って僕の言葉にうなずいとればええんよ」


「はい」


 霊装は特別な効果を持つ。例えば俺の空虚鈴刹ならば音を聞かせるだけで相手の意識を奪うようなことだ。つまりその効果を知っているアドバンテージを一人で持ち続けていようということだろうか。もしかすればいつか俺たち同士で争わせることがあったりするのかもしれない。例えばもし、九蓋の式神でも止められずにこの場からの脱走者を出してしまえば……その執行役は俺たちの中から選ばれるのではないだろうか。


「今日はもうおわってええよ」


「わかりました」


 霊装符。他の奴との効果を教えあうことができないのならば、俺のが劣っているのかわからない。もし劣っているようならば、俺の才なしという言葉は呪力関係すべてになってしまうだろう。それはこれから堕獣と戦っていくことを考えると非常にまずいことだ。


 霊装符を持ちながら村の中を歩き回る。呪符は基本的に使い捨てだ。使うと光の粒になり消え、そのまま戻ってこないが霊装符はその限りではない。霊装を解除すれば再び俺の手の中に戻ってくるのだ。


 少し気味の悪い模様の描いてある俺の霊装符。あの時に見た赤目の何かとここに描かれたもの。それと霊装として現れた振り鐘。そこに俺は違和感を感じていた。何かが違う。もちろん正確にどんなものが現れるのかということはわかっていないのだが、それでもこんなものではなかったはずだ。


 現れるのはもっとおどろおどろしくて、どろどろとした何かな気がしていた。これは勘のようなものである。それでも間違えないという確信があったのだ。何かがおかしい。俺の霊装は何かがおかしいのかもしれない。


 そう思ってみるとあの時の九蓋の言葉もなんだかわかってくる。それだけか、確かにあの赤目のなにかを知っている、感じているのならばあの振り鐘には違和感が残るはずだ。


 そう思うと、余計にこの霊装符が不気味に思えてくる。ただ、もしかしたらこんなことは俺の思いこみで唯々自分の現実から目をそらそうとしているのかもしれない。


 ここに来てからどんどんストレスが溜まっていく。問題は増え続けるばかり。そろそろ堕獣狩りが始まるはずだ。自分がどの程度戦えるのかを見極める必要がある。それ次第では俺の中にある思いも消化されるはずだ。強ければいい。戦えさえすれば呪符の才能がなくても関係ないのだ。この集団の中での評価もまた以前と同じ程度まで戻れるかもしれない。俺はそんなことを考えていた。

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空っぽな俺は剣戟の果てで自分を得る 蛸賊 @n22

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