第8話 才なし
翌日の鍛錬が終わった後、俺は
「なんや」
「昨日の話です。俺の呪符を見て才能ないといったのはどういうことですか」
喋り方は敬語に矯正されていた。この辺りも含めて九蓋は上下関係に厳しい人物であった。鍛錬以外で絡みに行くのはこれが初めてで少し緊張していた。それでも話を聞いておかないといけないと感じていた。
「どうもこうもそのままの意味や」
「それだと改善のしようがないです」
「才能がないからと言って呪符をつくれんわけやない」
「じゃあ呪符の効果が弱いということですか」
それは困る。九蓋はの方針は自分で使う分の呪符は自分で作るという物だったはずだ。ならば俺はこの先ずっと効果の薄い呪符を使い続けることになる。俺の質問に対して九蓋はめんどくさそうに息を吐いた後、答え始めた。
「ジブンの呪符、他の奴と違う点に何か気が付いたか」
「消えるときの光……」
「そうや、呪符は体内の呪力を動かすために存在しとる。ジブンのようにうまく封じ込められない奴は体内の呪力との結びつきが弱くなって効力が弱くなるんや」
つまり俺のつくる呪符を使えば他の物よりも効果は薄い。俺には才能がないのか。やばい。やばい。このままだと俺は……。
「それは改善することはできるのですか」
「呪符に関しての問題はいくつかあるが、それは成功する前の段階のものがほとんどや。他の、例えば発動せんかった奴なんかはそもそもの文様の描き込みが足らんかったりするんや」
それは質問の答えになっているのか。つまり、俺の場合はどうしようもないということなのか。
「まあ、とにかく練習あるのみやろ」
そうだ。練習。そうすれば俺だって効力の高い呪符を作り出すことができるはずだ。そもそもまだ一回作っただけなのだからうまくいかなくてもしょうがないはずだ。
質問に答えてもらったことへの感謝を伝えて、九蓋の家を後にする。すると遠くから様子を伺っていた
「どうだった」
「大丈夫だよ」
「よかったー」
悟られてはいけない。安心させておけば彼岸の口から特に問題がないということが広まっていくかもしれない。ここでまた取り乱してはいけない。
まるで自分のことのように喜んでくれるこの男のことを俺はどう見てるのだろうか。抱きしめてきた彼岸の背に手をまわしながらそんなことを考えてしまう。才なし。その言葉は俺に重くのしかかってきた。結局俺には才能なんてないのか。最近うまくいっていたから勘違いしてしまっていたのか。
少し遅れて自主練にも参加した。俺が才能がないと言われたことはすでにほとんどの子供が知っているようだ。ただ、それについて触れてくるものはいない。それでも俺に対しての接し方が一段下がったように感じる。今までは頼れるサブリーダーのような立ち位置を確立していた。一番は
夜が深まってくると再び外で一人刀をがむしゃらに振るう。背後の方で足音が聞こえてきた。どうせまた
「こんな時間までやっているのか」
聞えてきたのは男の声であった。振り向けばそこにいたのは水仙であった。
「何の用だ」
「いや落ち込んでいるようだったからな。少し付き合ってやろうかと思ってな」
「余計なお世話だとは思わないのか」
正直今は一人にしてほしかった。何も気にせず自分だけの世界に入っていたいのだ。才能のことなんて気にせず刀を振るって俺はできるんだということを自分に教え込んでおきたかった。
「少しやろうか」
水仙は刀を抜く。最近の剣術の授業では実際に斬り結ぶことがある。その際も木刀のようなものは使わずに本物の刀を使用している。そのため怪我をすることもある厳しい鍛錬だ。実際にそれで命を落としかけたものもいる。その時は大変なことになって、やってしまった方も精神を病んだとしか思えない行動をとることがあった。
水の構えを取った水仙とは逆に俺は刀をしまう。相手にしている暇はない。俺はそんなことをしてはいないんだ。進まなければいけない。
「やらないのか」
「ああ」
水仙の横を通り抜けようとすると手を掴まれた。
「お前だけじゃない。未だまともに呪符を発動できなかった奴も大勢いるぞ」
わかってる。そんなことは。だが才能がないと言われたのは俺だけだ。なぜこんな思いをしなければいけないのか。俺はただ頑張ってきたのに。たった一回でそれが否定されてしまう。
水仙の手を振りほどいて俺は家に帰ってきた。中には四人が寝ている。俺の布団は右端にある。左側で寝ている三人を見る。今日も俺にちょっかいをかけてきた。飯を勝手に食うていたのだ。もちろんその最中に俺たちが帰ってきたことから喧嘩に発展しそうになったが、すんでのところで喧騒を聞いた他の小屋の奴らに止められた。本当なら別の小屋に移してもらいたかったが、そんなことを勝手にやってはどうなのかという話が出たうえ、誰も九蓋にそのことを確認に行きたくなんてなかった。結果俺たちはいまだに同じ部屋の中にいる。
腰に差してある刀に手を添える。今この場でこいつらのことを斬ってしまってもいいだろうか。左から順番に口を塞ぎながら喉元を一突きすれば簡単に死んでしまうだろう。
「んん。あれ、どこかいっていたの?」
「ああ、ちょっと厠にな」
すんでのところ、実際に一歩踏み出していたところで彼岸が起きてきた。俺は何とか踏みとどまることができた。布団に入って寝る。寝る。寝る。
眠ることができない。どうしても才能についての考えが頭に浮かんでしまう。なぜ俺なのか。それは本当に改善できるようなものなのか。そもそも俺以外に発動すらできていない者もいる中でなぜ俺だけに言ってきたのだろうか。明確な差があるのだ。それが九蓋の中だけなのか。武士としてなのかはわからないが、呪符に対しての才能は明確に定義づけがすんでいるのかもしれない。俺はこの先まともに戦っていけるのだろうか。不安に押しつぶされてしまいそうだった。
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