第7話 呪符
「じゃあ、いくつか見本をみせたるからそれに似せて文様を描き。ちゃんと効果を想像しながらやるんや。そうすればその墨に入っとる黒霊石とジブンらの中にある呪力が共鳴して呪符ができるようなる」
初めに見せられたのは『心強符』という呪符だ。効果は体を頑丈にして耐久力を上げるという物らしい。幾何学模様のようなものが敷き詰められている。線が細くて書くのは難しい。それでも必死に隣に置いた呪符と見比ベながら書き写していく。
「次が『脚強符』や。」
二つ目の『脚強符』は速度を上げる呪符。最後に『猛強符』という呪符を見せられる。これは力を上げる呪符だ。基本的に戦う時にはこの三つは最低でも重ねがけできるようにしておく必要があるという。
三つを時間をかけて描き写すとその日は終わってしまった。まだ描き終わっていない者もいるが、さすがに刀と違い墨は貴重なのか回収されてしまい残りをやることはできなかった。もう日暮れであって、呪符の実践するのは次の日ということになった。
翌日。皆が作成した呪符をもって広場に集まることになった。まだ三つすべてできていない者でも一つは出来上がっていたから一つだけもって参加することになった。
「呪符の使い方は持って念じるだけや。呪符の出来によって効力は変わってくるがそうすれば体内の呪力が反応して発動できるようになっとる。それから呪符の重ね掛けは今のジブンらにはまだ無理やから気にせんといてええ」
なるほど。呪符の重ね掛けをするのには練習が必要ということか。これは少し大変そうだ。どの程度の頻度で作らせてもらえるのかわからないが、練習できる程度の量は欲しい。
手に持つ三つの呪符の中から最初は心強符を使うことにした。手に持ちながら『心強符』と念じる。すると呪符は光の粒になって消滅した。呪符の効果はすぐに出てきた。体内の呪力が体中に動いていくのが分かる。だが、自分ではどれほどの効力が発揮できているのかよくわからない。しかし、発動することはわかったので、次に脚強符を試してみることにした。
脚強符が消えると、体内にあった呪力にも動きがあった。しかし、先ほど心強符を使ったことによる呪力の動きが消えてしまったのだ。これでは今の俺は脚強符しか使っていないのと同じになる。重ね掛けの不可とはつまり体内の呪力の動きが後からかけた呪符の効果に更新されるから起きる物らしい。
周りを見てみると中にはうまく呪符を発動できていない者もいるようだ。
『猛強符』
そしてちょうど呪符が消え去るタイミングで九蓋は俺のところにやってきた。
「ジブン。才能ないんか」
「え?」
ぽつりとそんな言葉をこぼして再びどこかに行った。それ以降こちらに顔を向けることはなかった。才能がない。今の一瞬だけで何がわかるのだろうか。そもそも発動できていない奴もいる中でなぜ俺なのだ。他の奴にそんなことを言っている様子はない。いや、それよりも才能がない。それは俺は武士に慣れないということなのか。俺は結局、空っぽのままなのか。そんなことがずっと頭の中をぐるぐると回って残りの時間は集中できなかった。
その日、俺は自主練に参加することはしなかった。俺の様子を気にして
「大丈夫だよ。
必死に励まされながら、俺は小屋に戻ってきた。そこにはすでに残りの三人もいた。彼らは俺を見ながらにやにやと嫌な顔をしていた。いやな予感がする。
「よお、才なし。お前まともに呪符も作れないんだから飯の用意ぐらいしてろよ」
今日の当番はこいつらである。それにしても才なしか。九蓋の言葉を聞いていたらしい。今まで俺がこいつらに劣ったことなんてなかったのに、たった一つでもそれがあればそこをついてくる。気持ちの悪い奴らだ。なぜ俺がこんな奴らに馬鹿にされなければいけないんだ。
「そんなこと言うことないだろ。第一、今日は君たちの当番なんだから」
「才なしを使ってやろうとするのの何が悪いんだよ」
足元がおぼつかない。九蓋の行っていたことの意味がよくわからない。俺はなんとなく、自分の刀を抜く。言い合いをしていた連中も俺が刀を抜いたことに気が付いて自分の刀に手を掛けだした。
「やる気か!」
こいつらに負けることはない。剣術でなら負けない。二度となめた口をきけないように調教しなければいけない。そんな思いが俺を支配していた。その時、突然肩に手をかけられた。
みればそれは
「やるならボクとやろうよ」
空気の読めない女だ。お前の相手をしている場合ではないということがわからないのか。睨みつけても薄荷の態度は変わらない。
そのキラキラと光る瞳をしばらく見つめていると妙に毒気が抜けてしまった。馬鹿らしい。たった一つの欠点だ。そんな風に少し冷静に思えた。そもそもどういう風にダメだったのかさえ分からないのだから、今気にしてもしょうがないではないか。
「ありかとな」
肩に置かれている手をどかしながら彼女なりに止めてくれたことへの礼を言う。
「へ? なに、やらないの」
どうやら本気で俺とやりあいたかっただけのようである。掴みづらい女だ。これ以上この小屋の中にいても空気が悪くなるばかりだと思い小屋を出た。すると薄荷と彼岸が付いてきた。
「彼岸も励ましてくれてありがとな」
「うん。空木が止まってくれてよかったよ。もしあのままなら九蓋様になんていわれていたかわかったものじゃないからね」
彼岸の成績はあまりよくはない。同室ということと彼の気の良さから仲良くはしているが、こういうところは良くないと思っている。折檻の多さから常に九蓋はに対して恐怖心を持ってしまっているのだ。
「ああ。それにしても俺の呪符は何がだめだったのかな」
「気が付いてないの? 空木のだけ明らかに消えるときの光が多かったじゃん」
光り? それは気にしていなかった。それが出来と関係があるのだろうか。明日の鍛錬の後にでも聞いてみることにしよう。そう思った。その後まだやっていた自主練に参加してから小屋に戻った。
食事の用意はされていなかったが、すでに今日の分の食料は食べられていた。
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