第6話 結ぶ

 夜になり、他の皆が寝静まったころに俺は一人で刀を振っている。今日から始まった自主錬の影響もあって少しいつもよりもつらい部分はあるが、この行為は鍛錬という意味よりも日中に溜まった不満を吐き出すという意味合いも強かった。


 広場よりも少し離れたところに村と決められた範囲を示すための打ち杭が刺さっている。その内側から外にいる九蓋くがいの式神を見ながら刀を振るう。式神の存在は知ったのはこの場に来てから半月もしないうちであった。


 あまりのつらい鍛錬に耐えきれなくなった子どもが二人共謀して脱出を企てたのだ。そして朝には広場に殺された状態で落ちていた。それを見た九蓋はなんてことはないかのように式神の存在を説明した。犬のような形をとる九蓋の式神二体。式神は特別な方法で契約した堕獣であるのだという。それを今は監視の役につけている。


 この時にはやはりと思った。まったく説明されておらず、それまで見かけもしなかった式神。九蓋は俺たちにわざと言わないでいることがいくつもあるのだろう。自分の都合のいい駒を作り出すために惜しみのない協力をしているかのように見えて都合よく動かせるように情報を絞っているのだ。他に情報を得る方法がない俺は九蓋の言うことを素直に聞くしかなくなった。この状況は余計にストレスが溜まる。


「あれー。こんな夜に一人で鍛錬?」


 後ろから声をかけてきたのは、薄荷はっかという少女だ。鍛錬での成績は良いのだが、なぜか何かと俺に絡んでくる。無視していると一人で話をし始めた。


「いやー。それにしてもあんなに積極的にみんなの面倒を見るなんて面倒くさそうなことよくやるよねー」


 自主錬のことを言っているのだろう。薄荷は不参加組だ。彼女は個人主義な部分がある。人といるのが苦痛というタイプではなく、自分が優秀すぎるがゆえに他人と一緒にいる意味を見出せないタイプだ。俺は無視して刀を振るう。


「あれ、一緒にやろうよ」


 横目で薄荷を見れば指をさしている。その先には案の定、九蓋の式神がいる。彼女は式神との戦いを所望しているのだ。それもここ一月ほど毎日である。


「まだだ。最低でも呪力についての教えがあった後に」


「えー。そんな真面目じゃなくてもいいでしょ。それに一回やってダメだったらそれでいいじゃん」


「ダメなら終わりかもな」


 こいつとの話は俺の大事な鍛錬の時間を奪っていく。ストレス発散のためにやっていることでストレスが溜まってしまえば本末転倒である。


「じゃあ、今日も空木うつぎでいいや」


 突然、方向転換して俺の振っていた刀に薄荷の持っていた刀を当ててきた。キンという甲高い音を立てて二つの刀がぶつかる。


「やめろ、刃毀れする」


「いいじゃん。毎回毎回、型を見るだけで飽きちゃった。ボクはもっと実践的なことやりたいんだよね」


「勝手にやってろ」


 付き合いきれない。本当ならばこのまま背を向けて自分の小屋に戻りたいところなのだが、以前にそれをやったところ後ろから切りかかられた。俺は水の構えを取りながら薄荷の動きを注視する。


 薄荷はいつものように土の構えだ。初撃はいつもここからの左切上だ。それを刀で抑え込みながら逆にこっちが切りこんでやる。奴の切先をよく見る。薄荷がにじりよってくる。ずり足でよる。俺もそれに合わせてゆっくりと動く、少し腰を下ろしていつでも刀の動きに反応できるようにしている。


 薄荷の踏み込みが来た。刀は下がったままだ。その上からかぶせるように俺の刀で抑え込む。取った。そう思うと同じく顔面に痛みが走った。


「ぐっ」


 顔を上げれば、薄荷は右手で殴りかかってきたようだ。その隙に刀も俺の抑えから脱している。まずいと思い一歩下がる。ほんの少し先を薄荷の切先が通り抜けるのが分かる。間一髪だった。


「おーよくよけたね。今のは無理だと思ったのに」


「切りあいがしたいんじゃなかったのか」


「えーいつ私がそんなことを言ったの? 私は戦いがしたいんだ。心が弾むようなやつをさ。その点空木は最高だよ」


 かわいらしく笑いかけてくる。改めて見ればその顔は整って見え、少しドキッとする。もしも今やっているのが殺し合いではなかったら完全に恋に落ちてしまっていただろう。


「もういいだろう」


 納刀するような仕草を見せる。ここでは完全に納刀はしない。もしまた切りかかってきた場合すぐに対応できるように少なくとも薄荷よりも先に刀をしまうことはあり得ない。


「もうちょっとだけだからさ」


 やはり、薄荷は剣を振ってくる。それはさっきと同じ土の構えからの左切上。しまうふりをしていた刀で応戦する。刀を刀で抑え込み、足で鍔の部分を踏む。


「むッ」


 動きが止まっている間に先ほどやられたように俺も右手を振りかぶり殴りかかる。拳が当たる瞬間に見えた薄荷の瞳は輝いていた。殴られた薄荷は声を出さない。今度はどんな攻撃が来るのか、薄荷のすべてを警戒している。


 蹴りが飛んでくるのが見えた。俺の片足は今鍔の部分に乗っている。このままではよけきれないと思い鍔から降りることにした。降りればそのまますぐに薄荷が刀を切り上げてくる。足も蹴ったばかりでまだ地面に戻っていない。体制を崩しながらの切上だ。一瞬反応が遅れてしまった。


 体を半身にしてよけようとするがよけきれない。左腕を少し切られてしまう。


「つッ」


 飛びのきながら腕をおさえる。血が出ているが、特別動かせないことはない。確認すれば傷はそこまで深くはないようだ。


 薄荷は刀に付いた俺の血を指で掬い取りなめる。


「へー。空木のはこんな味なんだね」


 どんな味だ。血の味なんて人によって変わったりはしないだろうに。追撃を恐れていたが、薄荷にそのつもりはないらしい。刺激をしたくなくて下手に声は出さないようにしている。


「ふああ。今日はもう眠いから帰るね」


 あくびをしてからすたすたと帰っていく。完全にいなくなるのを確認してからしっかりと左腕の傷を確認する。それほど深くはないようだが、この場所には包帯もまともにない。いや、もしかしたらあるのかもしれないが俺は知らない。


 服を破いて包帯替わりにしようかとも思ったが服は汚いからやめておいた。仕方がないので、血が止まるように腕を圧迫してから小屋に帰ることになった。このせいで少し寝不足になり、次の日の走り込みでは初めて途中で脱落してしまった。

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