第5話 鍛錬

 それから一月ほどは基本的に毎日走り込みの鍛錬と読み書きの練習ばかりであった。座学の時間では初日以降は読み書きについて教わることになったのだ。この世界の文字は前世の物と少し似ていて、だからこそ混同しがちな俺にはより一層難しいものだった。


 そんな生活を続けていき、漸く別の鍛錬の時間を取られるようになった。初めにやったのは剣術の授業であった。一人に一つ刀が配られた。


「これは脇差やな。武士は打刀っちゅう一回り大きい刀を持つんやけど、今のジブンらならこのくらいの大きさの方がええやろ」


 渡されたそれは一尺三十センチ程の刀であった。刀の振り方についてどうやら九蓋くがいは理論立てて丁寧に教え込むということはしないらしい。自分のやり方を見て盗めとばかりに、俺たちの前で刀を正面に構え始めた。


「これが水の構えや」


 そういい、次にその姿勢から刀を上に振りかぶった状態で止める。


「これが火の構え。そしてこれが土の構え」


 構えの呼び方を言いながら次々に構えを変えていく。土に構えは切先を水平よりも低くした構えであった。


「木の構え。金の構え」


 木の構えは左足を前に出し、刀の切先を後ろに向け鍔が口元に来るようにして構える。金の構えは右足を引いて体を斜めにし、刀を右脇にとる。切先を隠すように下げて構える形になっている。


 説明されているわけではないためこの理解であっているのかわからない。ただ見た感じではこの形である。


「基本は水の構えにしとき」


 五つの構えを確認してから再び水の構えに戻す。その後九蓋は刀を振る。上から真下に下ろす。次に斜めに。真横に。右から左から、下から上からいろんな方向から刀を振る。そして最後に突きを繰り出す。特別早い振りではなかった。だがそれはゆっくりと俺たちに見せるために振っているからだろう。


「これが刀の振り方や。見ててやるからやってみい」


 距離を取りながら皆が思い思いに振っていく。その間を九蓋は回りながら見ていく。時折、後ろから手を添えて動きを矯正していきながら剣術の訓練は行われていった。


 刀は重い。普段の体力づくりは足腰が中心となっているため、だんだんと腕が上がらなくなってくる。それでも鍛錬は終わらない。まともに刀を振り上げることができなくなってきた状態になってくるとそれでも続ける意味はあるのかと思う。


 体力づくりの走り込みもそうだが、もう走れなくなった状態でつづけることはむしろ逆効果になるのではないだろうか。それでもやり続けるのは、九蓋の目的が従順な駒を作り出すことだからではないだろうか。いかにきついことでも自分が命じたことならばやり遂げる。それを当たり前のこととして刷り込もうとしているのではないかと思う。



 剣術の授業はそれから三日に一度の頻度で行われた。そのため俺は剣術の鍛錬がない場合でも自主練として夜に刀を振るうことにしている。少しでもこの動きを体になじませておきたいからだ。


 剣術の他にも体術の鍛錬もまた三日に一度の頻度で行われることになった。これは徒手で行う組手であった。特別な型を教えるという風ではなく、いかに敵を打ちのめすかを組合の中で見つけていくという形で行われた。基本的に子供同士で組み合うのだが、たまに九蓋と組みあうこともあった。この時にはより一層技を見て盗むことを求められた。


 こういった鍛錬がさらに三か月程行われ、俺たちがここに来てから四か月の月日が経過した。その間に徐々に読み書きはでき始めてきた。しかし未だに呪符などの呪力を使ったことは教わっていなかった。だが、俺たちの方からいつ行われるのかを聞くことはできなかった。それは順当に九蓋に対する恐怖心が刷り込まれていることを意味している。


 他にも、子供たちの中で自主的に鍛錬を行うものが増えてきた。毎日倒れ込むまで鍛錬を続けていたある日、それを提案し始めたのは水仙すいせんであった。


「みんなで鍛錬が終わった後に自主練を行わないか」


「えー、毎日あんなに疲れるのにそこからまだやるなんて無理だよ」


 否定しているのは水仙と仲がいい同室の大飛おおひという少年だった。やはり同室のものたちは仲が良くなる傾向にあるらしい。ただ、俺は彼岸ひがん以外の三人との中は深まっていない。彼らは自己紹介を拒否していた連中で、俺も聞こえてきた彼らの会話の中からしか名前を聞いてはいなかった。彼らは今もすでに自室に引き返してしまった後でこの場にはいなかった。


「でも、これからどんどん厳しくなると思うんだ。そのうちに堕獣との戦いを強いられるかもしれない。そんな時に少しでも力をつけていた方がいいと思うんだ」


「でも、もし九蓋様が許さなかった」


 これを言ったのは別のグループの少女だ。名は瑠璃るりだったはずだ。彼女は気が弱くいつもびくびくとしている。瑠璃は体力が少なく鍛錬ではすぐに脱落する者だった。そういった連中は折檻を受けることが多く特に九蓋を恐れている。何をするにしてもあの男の許可を欲するようなやつまでいる。


「俺は賛成だな」


 手を上げながら意見を言う。俺はこの集団の中でよく水仙に迎合することにしている。彼がこの集団のまとめ役なのは明白だ。その人気にあやかろうとしているのだ。俺が賛成を言えば水仙はこちらを見て嬉しそうに目を細めた。


「ありがとう空木うつぎ。他のみんなはどうかな。もちろん無理にというつもりはない」


 あえて選択を迫り自主性を重んじるようだ。最初は六人しか集まらなかったが、次第に人数が増えていき、今ではこの集まりには十人ほどが集まることになった。瑠璃のように体力のない者は特に参加率が低い。彼らにとって必要以上の鍛錬は厳しい物なのだろう。


 毎日の鍛錬が終わってから半刻一時間程と時間を決めて自主鍛錬をすることになった。内容は刀を振りながら各々で意見を言い合うことである。もちろん下手に意見を聞くのは良くないという話も出たのだが、それでもやらないよりは意味はあるだろうとなった。それに明確に違う道にそれてしまえば、剣術の日に九蓋に直されることになるだろう。


 体術に関してはあまり積極的に行うことはなく自主錬のほとんどは剣術であった。それは危なくなっても止められる者がいないというのが大きい。もしもけがをしてしまった場合、今の俺たちではどうすることもできない。そのためにほとんどは剣術の型を見合うことになっている。


 合同での自主鍛錬を終えるとそれぞれの小屋に戻り食事を始める。ここで先に戻ってきていた同室の三人は必ず俺たちに文句を言うようになっている。特に俺たちが準備の日には声を荒げて罵られることもあった。そのため俺は彼岸と相談をして自主錬の前に食事の準備を済ませることにした。しかしそうすると炊いておく飯は殆どを食われてしまうのだ。こういった小さないざこざによって俺の中の不満はたまていく一方であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る