第4話 座学

 翌日、日が昇るのと同じに起床し食事の用意をする。昨日は残りの三人にやらせてしまったため今日は俺と彼岸ひがんの二人でやる羽目になった。ご飯を炊き、みそ汁をつくり漬物を出す。作業量自体はそうでもない。さすがに水汲みまで二人でやり切るには時間がかかってしょうがないため、食事の準備をしない方がするということになった。基本俺の順番は彼岸と二人でやることになり今後一層こいつとの関わり合いは多くなるだろう。


 食事が終わると駆け足で広場に向かう。今回はさすがに遅れる者は出なかったが、昨日の無理で体が痛くうまく動けていないものも多かった。九蓋くがいはそんなことは気にしないようで昨日と同じように鍛錬が始まった。走り込みの時間は昨日ほどはなく、日が真上に上がる少し前で終わった。それでも二刻半三時間程は走り続けているだろう。


 走り込みの鍛錬は昨日と同じく脱落者には厳しい折檻が行われた。少し無理をしながら俺は一応最後まで走り続けることができた。それが終わると一際大きい家、講堂へ集まるように言われる。中は全員が入っても大丈夫なほどに大きく、いくつもの長机が置いてあった。前の方には一人用の机と一緒に黒板が置いてある。やるのは座学になるだろう。


「それじゃあ、今日は座学や」


 それから座学が始まった。もちろん私語、居眠りは厳禁である。俺は彼岸と隣り合って座った。彼は今日も最後まで走り切ることはできておらず、走り終わった俺のことをすごいすごいとほめてくれていた。


 授業は淡々としたものであった。一応黒板は置いてあるのだがそれを使うことはなく、ひたすらに九蓋の言葉を俺たちが聞くという物であった。初めの授業ということもあり今回はこの地のことについての説明であった。


 俺としては興味深い内容だったのだが、俺たちは直前に走り回ったばかり。疲労から睡魔に襲われているものも少なくはない。中には首を落としそうになっているものまでいる。そういう者には九蓋が横に行って一度蹴り飛ばす。その後再び眠らないように壁際で立ったまま話を聞かされるのだ。


 座学の内容を簡単にかみ砕きながら言うと、この場所は瑞穂の地と呼ばれる。頂点には帝がいて、その帝が霊力と呼ばれる力を使い安定させているのだという。安定させるということの意味が分からなかったのだが、質問を受け付けてくれるようなやつではない。わからないままにそういう物だと思い込むしかなかった。


 そんな帝を守護する役目を受け持っているのが都にいる上級貴族たる公家と呼ばれる存在だ。そして武士は下級貴族として地方に散りながらそれぞれの国の守護する役目を受け持つのだという。その際貴族たちは呪力という力を使い堕獣と戦う。この呪力という物を引き出す儀式こそが初日に俺たちが受けた儀式のことらしい。あの儀式を行うことで人間に宿る守護獣と呼ばれるものを覚醒させるのだ。


 その儀式を経て人は呪力という力を持つようになるのだが、呪力はそのままでは使えず呪符を介さなければいけないらしい。その呪符とは、特殊な製法によってつくられた墨を用いて作られるらしい。呪符は基本的に売買はされておらず、自分の分は自分で作るものらしい。ただ中には部下に任せる怠け者も多く九蓋はこういった連中のことは認めていない様子であった。


 そして堕獣。堕獣とはそこら中にいる妖力を持った獣のことだ。下位、中位、上位、大位、王位の五つに分類されるらしい。俺たちは最低でも単独で上位の堕獣を打ち取れるほどになるまで鍛えるらしい。上位の堕獣の単独討伐ができるようになればそれは武士の中でもかなり強い方に分類されるらしい。今の武士は個人の武勇というよりかは連携の強化で強大な堕獣に挑むというのが主流らしい。


 つまり武士たちは単独などという危険は冒さずに何人かでまとまり被害を少なくしながら鍛えられていくということだ。俺たちは切り捨てていいような存在であるからこそ安全性を捨てて無理やりに鍛え抜こうとしているのかもしれない。


 守護獣。呪符。これらの話は本来武士でない者には語ってはいけないことだろう。そしてそのような知識を教えてくれることからこの教育が適当なものではなく本気で使える人材を作り出そうとしていることが伺える。


 そして最後に教わったのは霊装という物だ。これは守護獣を武器として扱うすべのことらしい。霊装には特別な力があるらしく他の技よりも強い力を使うことができるようで、その代わり破壊されればしばらくの間呪力を失う。諸刃の剣のようなものだ。霊装を使う際の呪符は他とは違い特別に霊装符と呼ばれる。霊装符には決まった文様がない。個人でその形が変わるらしく教えるのは難しいらしい。


 これが今回の座学の内容だった。座学が終わるとこのまま各自の部屋に戻り休みを取ることが許された。



 深夜になった。俺は自分の守護獣について考えていた。あの儀式の時に俺に襲ってきた熱は間違いなく異常であった。彼岸に聞けば俺以外に倒れた者はいないというし、熱も俺が感じたほどの物ではなかったようだ。これは俺の持つ守護獣が強すぎるのか、それとも転生者として何か特異なことが起きているのか。これがいいことなのか悪いことなのか俺には判断が付かない。不安ではある。だが俺は止まることはできない。


 武士になる。それは現実味を帯びている。これからどれほどきつい鍛錬があるのかはわからない。死に危険もあるだろう。それでも、それさえ乗り越えれれば俺は何者かになれるのかもしれないんだ。空っぽじゃない俺に。

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