タイトル未定【前編】/赤枠

追手門学院大学文芸部

第1話

※この作品は著者過去作品『幻想楼閣』『ノアと方舟』『愚かな賢者』『親愛なる』の続編として執筆しています。



「もうどうしようもないのか」

 主電源が切れ、赤色灯に照らされた実験室。男が人一人の入る大きさをした筒に語り掛ける。

「すまないね、加藤君。最後まで付き合わせてしまって」

 言葉の矛先は隣で動かなくなった助手、加藤に向けられた。もう動かなくなって何日経つだろうか。

「本当に、申し訳ない限りだよ。私が作ったもののせいで君のような未来ある若者を潰してしまうなんて——」

『システム、オールグリーン、ゼンケン、ヲ、ミスター、ツキナガ、ニ、ジョウト』

 自戒の念も自ら起動させた機械によって遮られる。罪人には許しを請う時間すら与えられない。

「そうか……じゃあお別れだね、絵美。できるなら君が嫁にいって、孫を抱いてくるまで、見守っていたかった」

 筒をなでる男の目から、そっと流れる落ちる雫。男としてはみっともなくても、それは親としての子の成長を願う一途な想いだった。

「これからも……ずっと、ずっと君を見ていたかった」

 触れた指先には熱は感じられない。冷たい、ガラスの温度。その先には目をつぶり、もう父の顔を見ることはない娘の姿。男はどこまでも忘れぬようにと目に焼き付ける。涙で前が見えなくても、娘の顔ははっきりと見えていた。

 涙を拭い、娘を送り出すための準備を進める。筒に付いた台車を利用し、部屋の奥にある通路へ非力な力で押し進めた。

「それじゃあ、行ってらっしゃい」

 少し歩いた先にある巨大な倉庫。娘のために作った船に筒を搭載させ、別れの言葉をかける。少し早い父としての大仕事だ。

「ノアよ、あとのことは頼む。絵美のことを」

 拭った涙が再び流れ出す。しかしそれでも責任を果たさねばならない。この男にはそれだけの罪があった。

 準備していたボタンを押して、装置を起動させる。次第に倉庫内は光で照らされ、すべては分子を超えて粒子まで分解していく。

「優子、絵美のことを守ってくれ」

 体が消え去ろうとする中、男が願うのは神ではない。つぶやいたのは男の愛した、この世にいない女の名前だった。




「……っ⁉」

 窓から差し込む光で目を覚ます。本来起きるべき時間より昇りきっている太陽。僕は焦ってスマホの画面を開いた。

「十一時半……遅刻だ」

 最近の目覚めの悪さにため息を吐きつつ、寝ている間に来たメッセージを流していく。その中でスパムメールに混ざり、気になる文言が一つ。

「同窓会……」

 それは小中高と同じ学校に通った腐れ縁の野郎から送られた物であった。


『おいすー

 同窓会の知らせ来てたけどみたか?』


 これが数分前に来ていたということは今日の郵便物だろうか。いつの同窓会かを確認しなければと思い、気怠さの残る体をたたき起こした。



「おはよう、翔。同窓会のお知らせ来てたよ」

 まだ寒さの残るポストに向かうのを億劫としていると、階段を下りた先にあるリビングから現れた唯一の同居人、杏奈姉さんが手紙を握っていた。

「おはよう姉さん。その手紙もらってもいい」

 姉さんから手紙を受け取り両面を確認する。どうやら小学校の同窓会のようだ。


『ういす

 今見たけど小学校の同窓会か』

『そうそれ

 参加するか?』


 腐れ縁の言葉に思考を巡らす。日程は……問題ない。顔を合わせたくないやつもいない。これだったら参加してもいいだろう。


『参加しようかな

 みっちゃんにも会いたいし』


 参加の意思を見せると同時に過去を思いふける。そこには僕と腐れ縁、そしてみっちゃんと呼んでいた御敷……何とかが幾度も遊んでいた。


『みっちゃん?だれだそれ』


 返信に感じる違和感。僕たちは何度も遊んでいた。そのことを僕は覚えているのになぜこいつは覚えていない。


『なに言ってんだよ。

 みっちゃんって——』


 文字を打ち込む指が止まる。

 みっちゃんってだれだっけ。

 先ほどまでの記憶を遡る。送ったときに誰を思い浮かべた?記憶の中にいたのは誰だ?そもそもみっちゃんと呼べる知り合いがいたか?


「どうしたの、翔」

 悩む頭が顔に出ていたのか姉さんがコップを片手に語り掛けてくる。

「いや、なにもないよ」

 コップを受け取り喉に流し込む。注ぎ込まれる冷え切った牛乳により寝起きの頭はスッキリと冴えわたる。途中まで打ち込んだメッセージにはすべてを消して『気のせいだった』と打ちなおした。



「はい、できたよ」

 手遅れになった人間とはとことん無気力になるもので、リビングでグダグダと過ごしていると、姉さんが昼食の完成を告げる。それに僕は「ん」と返し、食卓へ昼食を運ぼうと立ち上がった。


 遠くからでも見える、絵画のように完成された一品。見事なまでに彩られた冷やし中華。そしてその中央には櫛切りで鎮座する真っ赤なトマト。

「トマト……いらな『食べなさい』」

 姉さんの有無を言わさぬ強い声。それはこちらを見ることなく発せられた。

「私なら許すかもしれないけど、わたしもそうだと思わないで」

 あっけなく落とされた望みはトマトとなって、冷やし中華に現れる。最初は二切れだったものが三切れ四切れと芸術的な皿を汚していった。

「それにいつも思ってるけど私は甘やかしすぎなのよ。甘やかすだけじゃダメ……って聞いてる?」


 姉さんが虚空と会話する。しかしその様子から返答はなかったようだ。

「……おかしい。ねえ翔、そっちから繋がらない?」

「……だめっぽい、珍し——」



いつもならどこにいても話に入ってくるであろうもう一人の家族に疑問を持っていると、BGMとして流しているだけのテレビから高音の信号音が耳へ響く。

『——組の途中ですが緊急のニュースをお届けします』

 信号音が止まり、入れ替わるように画面も笑い所の分からない芸人からスーツの堅苦しい男へと切り替わった。

『先程十一時三十一分頃、九年前に突如現れた旧東京都庁未確認浮遊球体が半径五百メートル程に光を放ち、姿を消しました。

 この光による人体への影響は不明であり、政府は周辺住民へ不要不急の外出を控えるよう声明を出しています。』



「……姉さんこれって——」

 僕は姉さんの方へ振り返る。さっきまで姉さんがいた台所へ。

 しかしそこに姉さんはいなかった。

「姉さん……っ」

 その光景は九年前を思い出させるには十分であった。

 大切にしたいものに出会い、大切なものを噛砕く歯車が動き出し、本当に大切なものを知ったあの時間。

 その始まりが今の瞬間に影を重ねる。

 もうあの時のような思いはもうしたくない。

 そんなことに頭を揺らされていると、玄関の扉が閉まる音が扉の先から聞こえた。

 今家を出るのは姉さんしかいない。僕もその後を追った。



 息を切らし、住宅街を駆け抜ける。あの日と違うのは姉さんが前にいないのと靴を履いていることだ。

 一度は靴を履かずに、姉さんを追って家をではした。しかし、その背中は遥か彼方。辺りには見当たらず、無策に走るのは愚かしかった。

 であれば、と次に確認したのは位置情報である。家に入りスマートフォンでアプリを開く。赤い頭のピンが指すのは我が家。

 まるで役に立たない。

 だからと言って、立ち止まっていられる訳もなく。僕は靴を履いて家を出た。


 ただ無策に走っているわけではない、しかし有効な策があるわけでもない。僕が最初に目指したのは家の裏にある山だった。

 あいつと出会い、数奇な運命が始まったあの場所。

 そこにいてくれと小さな願いで地を駆ける。



「あの、すみません」

 山の入り口へ向かう最中、一人の少女に声をかけられる。

 その少女は少し不思議な雰囲気を放っていた。腰まで伸ばした黒いロングヘアに、不健康なまでに白い肌、近年では地雷系とも呼ばれるファッションから、この世の者とは思えない、人形のような少女であった。

「あのぉ、聞こえてます?」

 その不思議とも不気味ともとれる雰囲気に硬直していると、覗き込むように二度目の声がかかる。

「んっ、すみません。どうかしましたか」

「いや、聞こえてたらいいんですけど」

 少女がポケットからメモを取り出す。

「ちょっと今調査を行っていましてね、いくつか質問いいですか」

「……ごめんなさい、今急いでるので」

 この場を離れようとする僕の腕を少女が掴む。

「大丈夫です、すぐ終わるんで。二問で終わるんで」

 少女とは思えない強い力が腕に加わる。何があっても離さないという気概が感じられた。

「……わかりました、二問だけですよ」

「わぁ!ありがとうございます‼」

 少女がわざとらしく喜ぶ。その様は姿を見れば年相応にも見えるが何か違和感を感じられた。

「ん?どうかしました?」

「いや——そういえばあなたは?」

 遠回しながら素性を問う。

「あっ、そうですよね。私はえ——っと……そう、新渡乃亜、学生です」

 ただの自己紹介で口ごもる様子にさらに怪しさが増す。しかし、それ以上に少女の名乗った名前に僕は記憶から一人の人間を思い出した。

「新渡乃亜……って、もしかしてすぐそこの南小出身か?」

「南小って……ええはい。たしか」

 自分の予想が当たり、思わず指をパチンと鳴らしたくなる。

「やっぱり、おぼえてないかな。よく『みっちゃん』と一緒にあそ……んで——」

 かつての級友との再会、それと共に再び現れた謎の名前。

「あー‼もしかして翔君ですか‼いやー久しぶりですねぇ‼」

 何かを思い出せそうと頭を捻っているとそれをかき消すように目の前の新渡が勢いよく声をあげる。

「いやー、翔君だったら堅苦しくいかなくても大丈夫ですね。じゃあ急いでるようなのでサクサク行っちゃいましょうか‼」

 急いでいるのははたしてどちらだろうか、そんなことを口にする間もなく話は移り変わった。

「それじゃあ一個目なんですけど、六年前の隕石にそこの山に隕石が降ったのは知ってますよね」

 新渡の言葉に記憶を掘りかえす。六年前といえば僕は中三。

その時といえば……。

「確かにあったな」

 記憶にあるのはネットニュースの記事。

 そういえばあの時もあいつの声が聞こえなくなった。なんて関連性のないことを考えていると、目の前の新渡は驚きを隠せない表情で固まっていた。

『そうか……ではあなたが——』

 新渡の口が動く。しかしその口から出た声は明らかに新渡のものではない。低い、落ち着いた声だった。

 度々感じる違和感。いい加減それを問いただそうと口を開く。

「新渡?今なんて——」


 真実を知らせはしない。

 まるでそう言うかのように言葉を遮る白色の雷。それは轟音を響かせながら、目指していた山の中腹へと叩き落された。


「っ⁉——そっちか⁉」

 耳をキンと鳴らす轟音に唖然としていると、新渡はこちらに向けていた興味を山に向け、そのまま走り出した。

 ゼロからの急加速で走り出す新渡。その速度は人間の出せる速度をゆうに超えており、振り向いた時には見えなくなっていた。

「新渡……姉さん……っ」

 行先は決まった。おそらく目指す先に姉さんはいる。

 直感ではあるが確信はあった。



数十分程山を駆け上り、森が開けて太陽の光が差し込む。あのときから変わらない、不自然に開けた大地。そしてそこに立つのは二人の女性。

「新渡……その手を離せ」

 切らした息を整えながら諭すように話しかける。

 空間の中心にいる二人の女性、姉さんと新渡。それは決して仲良くというわけではなく、むしろ最悪。新渡が姉さんの首を片手で掴み、軽々と持ち上げていた。

『ここに来ることができたということは……あなたが?けど、それはここにいる。——あなたは何者』

 再び出された低く、落ち着いた声。だが、出された問いには応えない。今は気絶している姉さんを助けるのが先決だ。

『答えませんか。——そうですよね、確かに。私から名乗るのが筋というものでしょう』


 突如として吹き抜ける烈風。その激しい風に思わず目を伏せる。

『私の名前はアマノ・エミ。私の世界を守るために、あなた達には滅んでもらいます』

 風が止み、顔を上げる。そこにいるのは新渡ではなかった。



それは巨人であった。

 人の何倍も大きいその巨躯は、がっちりとした下半身から延びる二本の脚によって支えられている。


それは機械であった。

鋼鉄色の銀色を輝かせ、細部には金の装飾、目に見える肌に命のぬくもりは存在しない。


 それは兵器であった。

 機能性を感じさせるスタイリッシュな姿、それを崩すことなく配置された大小さまざまな砲身からは命を奪う、非情な冷たさを宿していた。


『さて、こっちは持っていくとして……私はあなたに興味がでました。大人しく連れていかれるか、無理やりがいいか。』

 鋼鉄の巨人と化した新渡、アマノ・エミ。その左手には気絶した姉さんが握られている。

 空いてる右手がゆっくりとこちらに近づく。僕はその恐怖に腰を抜かし、一歩として動くことができなくなった。



『この瞬間を待っていた‼』

 迫りくる右手。その恐怖を打ち消すかのようにどこからともなく声が聞こえた。

 突如として僕とアマノの間降り立った巨大な影。それを避けるようにアマノは手を引いて距離を取った。

『——っ、久しぶりですね。アーク』

 大地に巻き上がる粉塵を気にすることなく、アマノは影のことをアークと呼ぶ。その様子は家族のように親しげであった。

『久しいか……たしかにそうだな。マスター。いや、ノアよ』

 今度は粉塵の中から影、アークがアマノのことをノアと呼ぶ。

『ノア?私の名前はアマノ・エミです。——それよりここにはなぜ……と聞く必要はありませんね』

『そうだな』

 アマノの問いにアークが答える。それと同時に、動いたことによるものか周囲の粉塵が一気に晴れる。

『お前を止めるためだ』


 粉塵が晴れたことによりアークの姿があらわとなる。

 その姿はアマノと同じ、鋼鉄の巨人であった。

 否、細部や武装、その他二回りほど大きい全高など、違いは数えきれないほどある。しかし、それを気にさせない程にうっすらと現れる面影は、近い、親族のような存在であることを感じさせた。


『止める、ですか。相も変わらず甘いのですね』

『甘いか。これでも非情にお荷物を待っていたのだがな』

 そう言ってアークがアマノの左手を指さす。

『たしかに。これは邪魔ですね』

 アマノの言葉に僕は戦慄する。『邪魔ですね』の先に何が続くのか、僕には一つの予想ができてしまった。

『であれば撤退しましょう』

 予想を外し少し安堵する。そんな僕を二人の巨人が気にすることもなく、アマノが後ろへ飛び下がる。


『逃がすものか‼』

 逃げようとするアマノ、それを捉えるようにアークは銃身を右腕に生やし、狙いを定める。

 全身を震わす轟音。銃身から光り輝く弾が発射された。

 だが、その光弾をアマノは空いた右手でサッと払いのける。

『距離を取るのは不利。であれば——』

 今度はアマノがアークの目前へ一足で飛ぶ。

『拳の方が‼』

 アマノの握られた右手がアークの腹部へ突き刺さる。

 その勢いは殺されることなく後ろへ吹き飛んだ。

『芽は潰す‼』

 間が開いたアークを追うようにアマノが距離を詰める。勢いそのままに今度は顔面に拳を打ち込んだ。

『昔から言っているでしょう。距離は力です。それがなければ最後に語るは己が力』


 蹂躙であった。

 反撃することのないアーク、その全身にアマノの拳がヒットする。当たった箇所からは鈍い音が響いていた。

『——作戦変更だ』

 アマノの右拳がアークの左胸に打ち込まれる。だが、アークはそれを体を逸らすことで受け流す。

『——っ、ノアであればこれぐらい‼』

 受け流した右拳をアークは掴み、合気の要領でうつ伏せで倒す。アークは流れを譲ることなく、姉さんを握る左腕をキめた。

『もらっていくぞ‼』

 アークは馬乗りとなって左腕を押し込む。力を加えられた関節は繊維が千切れ、腕と胴体を別にした。

 アマノは悲鳴を上げることなく、腰を使ってアークを跳ね上げる。できた隙を逃すことなく距離を取って立ち上がった。

『貴様……今は退いてやろう』

 アマノの背後に現れる黒い球体。それはブラックホールのようにアマノを吸収し、球体も姿を消した。

『ノア——』

 アークがつぶやく。そして力尽きたかのように膝をついた。



 戦いは終わった。理解のない、奪い合い。

 今ここにいるのは僕、引き千切られた巨人の腕に掴まれた姉さん、そしてアークと名乗ったもう一人の巨人。

 回らない頭で一日を整理していると、膝をついた鉄の巨人、アークの全身に光る粒子が出現する。

 光る粒子は全身を包み、質量保存を無視するかのように縮小していく。やがてそれは人一人程の大きさとなり、粒子は霧散した。

 アークがいた場所。戦いによって木が薙ぎ倒され、破壊されたその場所に人が倒れていた。

 僕は恐る恐る震える足で近づく。

 仰向けで眠る、少年とも言えそうな童顔の男性。僕はその顔を見て頭脳へ、本日何度目かの衝撃を受ける。

「——っ⁉そうだ……思い出した」

 流れ込む……いや、思い出すいくつもの記憶。消えた記憶の先にいる人物。

「御敷……恵流……」

 それはかつての友人であった。

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