第7話 再生

 それからの競売会は、少しずつ形を変えていった。

 扱うのは罪、傷、病を負った人間。それは変わらない。しかしそこで競られるのは“商品”としての値段ではなく、その能力や才能への投資額になった。その資金を元手にして、落ちた裏社会から這い上がり、足を洗う者も少なくなかった。仮面のドレスコードも健在だが、その下の面々はがらりと変わり、そこはいつしか『再生の競売会』などと呼ばれ始めた。

 そこにはテオの歌が、少なからず影響していた。趣旨が変わるのに合わせて、競売会の開幕をテオが歌うようになると、出品者の心も招待客の財布も緩み、競りが健全に盛り上がるようになったのだった。

 オスカーは相変わらず、競売人として活躍している。「旦那が新しい道を歩むなら、その道にもお供しますよ」と、たまに小言を言いながら世話を焼いている。

 そしてそんな競売会を、J氏はやはり招待客に混じって見守っていた。




「あの、旦那様。僕、あなたに贈り物をしたいんですけど」


 或る時、テオがJ氏に言った。


「私はテオにもらってばかりだが、どうした?」


 もじもじとしているテオを見て、J氏は首を傾げる。やがて意を決したように、テオは顔を上げた。


「名前。『Jaceジェイス』って名前です。むかし読んだ本で、旅をしながら人々を助ける物語の主人公の名前。今のあなたにはぴったりじゃないかなって」


「嗚呼、テオ」


 たまらず彼は、テオを細い腕で抱きしめた。


「やはり私は、お前にもらってばかりだ」


「いいえ、僕が欲張りなだけなんです。僕があなたの名前を呼びたいだけ」




 夜の帳の降りた劇場で。

 誰からも忘れられた屋敷で。

 その競売会は開かれる。

 参加が許された者に届くのは、Jの封蝋の付いた招待状。

 J氏の本当の名は、今も彼らだけの秘密。


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J氏の奇妙な競売会 灰崎千尋 @chat_gris

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